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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(12)

 

 まず目に入ったのは、素足。凶器と化すハイキックを繰り出すそのものの軸があんなかわいい足の親指にあると思うと、神秘的なものを感じる。

 そして、すらりとした、見ようによっては細すぎる脚。ただし、その中身は鍛え抜かれ、これこそ本当の凶器であることは疑いようがない。蹴られると、本当に金属のような音を出す脚だが、ブルマ姿の葵を見慣れているから、それはよく見るものとも言える。

 次に目に入ったのは、そのまま視線が上がれば当たり前だが……というかそこを凝視するのはいいのか?

 浩之は殴られるよな衝撃を受けながらも、おいそれは色々とまずくないのか、と思われるほどきっちりと確認した。少しは恥ずかしがれ。

 まあ、一応ちゃんと表現すると、葵の大事な場所を隠しているそれは、ちょっと、いやかなり不安になるほど、心許ない。はっきり言えば面積が小さい。そしてかなり切り上がっているし、横はヒモでくくってあるだけだ。

 そして、薄いお腹とかわいらしいおへそ、脇腹がうっすらと見えるほど絞られた身体を上がって、しかしなかなか胸を隠す生地にたどり着かない。

 決して豊かとは言えない胸は、その大事な部分こそ隠されてはいるが、後の部分は完全にヒモで構成されていた。前にも心配したように、この体勢で動けば、それこそかなりの確率で色々と見えてしまうような気がする。少なくとも、泳げはしないだろう。

 さらにあがって、健康的な鎖骨と、細い首。その上の顔の表情は、死地に立つ戦士を思わせる。

 葵の年齢で着るには、いや、どの年齢を加味したところで、着るのは絶対に躊躇どころか御免被りそうな、見まごうことなき、ビキニだ。

 そして特記すべきは、この水着、黒である。はっきり言って、葵に似合う色ではない。葵に似合う色は、黒や赤ではなく、スマートな青、清楚な白、明るいオレンジ、可愛らしいピンクなどだろう。おおむねこの順番に似合うと浩之は思っている。

 だが、そのギャップがいい、と言われれば、浩之も否定出来ない。健康的な葵だからこそ、そういう色をつけたときの背徳的な雰囲気が、浩之を狂わせる。

 時間にすれば、十秒弱ほど、葵はまったく微動だにしなかった。それは動くと色々見えてしまうから、という訳ではなさそうだ。そして、浩之の視線が外れないまま、葵の顔色が、徐々に赤みを帯びていき。

 今度は、三秒も経たない内に、葵の顔が、熟れた林檎のように真っ赤になった。

「や、やっぱり駄目です!!」

 本当に覚悟して、という葵には悪いが、かかなり無意味な覚悟で、葵はそれを着たのだろうが、我慢出来たのは、十秒と少し。思考が停止していた時間分、なかなか長くがんばった方だろうが、当たり前で、さっさと限界が来た。

 葵は、胸元を押さえて、浩之から身体を隠すように後ろを向く。

「ぶっ!!」

 葵の後ろ姿を見た浩之は、思わず吹き出してしまった。笑ったのではなく、驚きを隠せなかったのだ。

 胸の後ろは、言ったように完全にヒモなので、背中がほとんど丸見えだ。ちゃんと見えないように大事な場所は隠しているとは言っても、背中だけで言えばほとんど裸を見るようなものだ。まして、葵の背中は、鍛えられている所為か、少女らしいか弱さと、造形としての綺麗さを兼ね備えていた。芸術品とすら言える。

 だが、浩之が吹いたのは、その所為ではなかった。原因は、もっと下。

 前は、まあかなりきわどかったが、一応布で隠れていた。しかし、後ろを向いたおしりの方は、まったくそうではなかった。

 それは、こちらも大事な場所は隠されてはいるものの、しかし、その小さなおしりの方は、ほとんどあらわになっていた。きゅっと引き締まっでいるにも関わらず、小桃のように形の整った、未成熟でありながら柔らかそうなそれに、浩之の視線は釘付けにされていた。

 浩之は、決してお尻派ではない。どちらかと言うと胸派だと、自分では思っていた。しかし、それがあっさりと揺らぐほどの衝撃に、浩之は打ちのめされていた。いや単にエロスに鼻の下を伸ばしているだけなんだが。

 吹き出したものの、その後に浩之がまったく反応がないのをいぶかしく思ったのだろう、そうっと、覗くように葵は振り向き、浩之が一体どこを見ているのか確認して、自分もそちらに視線を送る。

 自分からは見えないとは言え、一体浩之がどこに注目しているのか、葵はすぐに理解した。

「きゃっ!?」

 戦う者にあるまじき可愛い悲鳴を上げて葵はおしりを両手で隠す。が、まあその仕草もそれはそれで良いものだったりする。浩之としてはお腹一杯な気持ちだが、満腹になるにはまだまだそれは惜しい。正直に言えば、いつまでも干渉していたいところである。

 が、まあ、浩之もエロではあるが、限りなく広いエロ心を持ってはいるが、というか役得の場面を自ら捨てることには血の涙を流すほどもったいないと心から思っている訳だが、それでも、葵をいじめて楽しむような気はなかった。

「葵ちゃん、カーテン、閉めたら?」

 完全に気が動転して、一番浩之の視線を隠せるものの存在を忘れている葵に、浩之は断腸の思いで助け船を出す。

「え、う、あ……っ」

 それでもしばらくは状況を整理できなかった葵だが、浩之に促されるままに、カーテンを閉じる。

 ああ、あの天国のような時間が終了してしまった。俺は何てもったいないことをしてしまったんだ。このまま後一分は粘れたんじゃないのか? バカ、俺のバカ!

 葵を我に返させることを優先させた自分に、浩之は本心から叱咤する。だが、そうであっても、あの場合はああするしかなかったのだ。あのまま本気で恥ずかしがる葵を放置するなどという酷いことは出来ない。まさに悪魔のささやきのように甘い誘惑だが、振り切るにあたって、躊躇はなかった。まあ、浩之としては、後悔するぐらいは許して欲しいものだった。それほどまでに絶景であったのだから。

「セ、センパイ、い、今のは忘れて下さい!!」

「あ〜、いや、ばっちり脳内に記憶した」

「ちょ、センパイ?!」

「大丈夫、このことは墓にまで持っていくから。主に俺の脳内で」

 びしっ、と葵の見えないところで浩之は親指を立てる。葵には悪いと思うが、しかし、あそこまでナイスなものを見て、忘れるなどもったいない。

「センパイっ、酷いです!! 忘れないのなら、頭を殴ってでも……」

 ギリッ、とカーテンの向こうの葵に、殺気がみなぎる。やると言えばやる。葵は口だけの子ではありません。

「や、忘れる、忘れるから、マウントは勘弁して!!」

「ほ、ほんとですか?」

 葵の声が泣きそうになっている。いや、泣きたいのはこっちの方だ、と浩之は思った。実際、浩之が無理矢理見た訳ではなく、葵から見せて来たのだから、それを理由に葵にボコられるのは、理不尽だろう。

「ああ、だから、さっさと着替えた方がいいと思うぜ」

「う……やっぱり、センパイ、エッチです」

 とは言うものの、葵の声は幾分機嫌を直していた。浩之は、ひとまず一息つく。葵にへそを曲げられたら、いつもは素直なだけに始末に負えない。殴って終わりとかそういうことこにはならない気がする。いや、葵がマウントでパンチ連打とか、正直浩之とて生き残る自信はない。

 しかし、実に良い思いをした、と浩之はうんうんと頷く。葵のあんな姿は、まず見られるものではない。水着を買うのに付き合うというインポッシブルな作戦の元を取れるだけのものだった、とすら思えた。

 だから、物事は、ちゃんと等価、または損する方向に流れるのだ。いや、それすらも、次の幸福の為の複線と思えば、そんなに辛いことはない。ないよね?

「ふーん、へー、ほー、浩之く〜ん、鼻が地面につきそうになってるわよ?」

 ぴきり、と浩之は硬直した。ぎぎぎぎ、とさび付いた機械のような動きで、浩之は振り向く。

 まあ、弱みを見せるにはあまりにもあまりな相手が、実は浩之が葵をじっくりねっとり観察しているところから見ていたことに、エロス全開の状態の浩之は気付けなかった。やはりいくら用心しても、エロの前にはただ無意味ということだろう。むなしい真理である。

「まさか、ほんとにあの水着で攻めて来るとは。葵、怖い子」

 どっか別の方向を向いて誰かに言う綾香は、次に、ちらり、と浩之に視線を向ける。

「そして浩之、エロい子」

 もう何か完全敗北だ。浩之は、両腕を上げて、全面降伏をするのだった。

 

続く

 

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