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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(15)

 

「だ、大丈夫、沢地さん?!」

 ハイテンションの御木本からは全員目をそらし、今にも倒れそうなランに、部員達が駆け寄る。いや、自分の脚で歩いてはいるが、本当にそのまま倒れかねないほど顔色が悪いのだ。もともとそんなにテンションの高い方ではなかったが、それでも最近は慣れたのか、部活ではけっこう笑うようになっていたからこそ、そのギャップに皆心配したのだ。

「大丈夫と言えば大丈夫だけど……酷い目に遭った」

 冗談の口調ではなかった。そもそも、ランは弱音を吐くタイプではない、と空手部の人間には思われている。ランも、空手部の人間には数名を除いて弱音など吐かないので、今の状態がどれほど憔悴しているかが分かろう。

「ちょっと、御木本先輩、何やったんですか! こんなに沢地さんが弱るなんて、何したんですか。事と次第によっては私刑ですよっ!」

「って俺の話も聞かずに俺の所為かよ!」

 いや御木本の所為以外ありえないだろう、というのが三秒ほど話し合い、それは話し合いとは言わずに断言と言うのだが、の結果でたどり着いた部員の総意だった。

「そう、御木本……いやあのクズの所為で……」

 こんなに弱っているランのお墨付きもついた。まあ、ランが否定したところで結果は変わらなかっただろうが。

「ってランてめえ言うに事欠いてクズとは何だっ」

 「クズだろ」「そりゃクズよね」「つうかクズに悪くね?」「よし、御木本先輩に合う言葉を考えましょ。個人的には御木本を動詞にしてしまうのが一番手っ取り早い……」などという暖かい言葉が御木本に注がれる。

 最近は真面目に部活に出てくるし、一応後輩の指導もするし、そもそも元から空手の腕は良かった、親しみやすい先輩に送られる言葉は、まあこんなものだ。

「ああ、相変わらず御木本は人気高いなあ」

 唯一の三年、芝崎がにやにやしながら思ってもないことを口にしている。もちろん皮肉だ。まあ、親しまれているという意味においては、非常に親しまれているだろう、ただついでになめられているようではあるが、御木本の地位はいつだってこんなものだ。

「沢地さん、一体何だあったの? 悪いようにはしないから、おねーさんに話してみなさい」

 同級生の田辺がランを抱きしめるようにしながら諭すように聞いて来る。もちろん悪のりしているのだ。ちなみに、そんな喧噪とはまったく離れたところで、田辺の彼氏である健介は、まだ頭を抱えていた。御木本よりも自分の追試の方が重要なのだろう、実に現実的で良い。

「報酬に釣られて、酷いことの手伝いを……」

「何、どんな犯罪を?! 沢地さんは悪くないわ、悪いのは全部そこの御木本先輩だから!!」

「いや待て、何か雲行き怪しい、黙ってるとこのままスペイン宗教裁判みたくされそうなんだが?!」

 スペイン宗教裁判:15世紀以降、スペイン王の監督の下にスペイン国内で行われた異端審問のこと。イメージ的には無実で死刑にするような感じ。実際に死刑になったのは百人に一人程度だったようだ。まあ御木本は確実死刑されそうなのだが。

 が、今日の御木本は一味違う。無策でここに来た訳ではないのだ。御木本の手には、必殺とも呼べる武器があった。

「……ふっふっふっふ、これを見ても、お前ら同じ言葉が言えるかな?」

 不適な笑みと共に、御木本の薄っぺらい鞄から取り出されたのは、一つのカラフルな紙袋。あまり大きくはなく、別段これと言った特徴もない。少なくとも、この状況を打破出来るような武器には見えなかった。が、もったいぶったその態度から、部員達の興味はひくことに成功した。

「で、御木本先輩。一体何なんですか?」

 興味をそそられたのだろう、御木本を責めるのを一時中断して、森近が皆の気持ちを総意して聞く。御木本の術中にはまったとも言える。

「慌てる乞食はもらいが少ないってな。まあそう急かすな」

 おもむろに、御木本は紙袋を開けると、実に自然に中の物を取り出す。その動きに、淀みはなかった。

「……何ですか、それ?」

 御木本が手にしているのは、赤い布のようなもの。それが何か一見しただけでは分からず、部員達は、怪訝な顔をしてそれを見ていた。驚きは、これが何であるか、御木本の口から出た瞬間に来た。

「水着だ!! セパレートのハイレグ、しかも赤!!」

「……」

 いや、驚きはした。驚きはしたが、一体何を言っているのかこの変態は、と皆驚いているのだ。というか、セパレートと言うからには、まあ間違いなく女物の水着だろう。

 しかし、考えようによっては、それは驚異と言って良いだろう。

「ま、まさか……」

 あまりのことに、部員達が驚愕の表情になる。ランがどんな被害を受けたのか、察したのだ。

「何で、私がこんなバカと水着を買いにいかないといけないんですか……」

 ざわりっ、と部員達の間にざわめきが起こる。

「いや、ちゃんと報酬払っただろ。いやー、流石の俺も、女物の水着売り場に男一人ってのは無謀だからな。やはり持つべきものは報酬に目がくらんだ後輩だろ」

 というか連れがいてもそこに入るのは、あの浩之をもってしても敗走寸前であったことを考えると、この男、勇者である。変態な意味で。

「ち、ちなみに、報酬はいかほどで?」

 ランがそんなことを承諾するぐらいだ、よほど割が良かったのだろう。好奇心に負けて、田辺が御木本に聞いてみる。

「色々ふっかけられたから、全部で二万ぐらいにはなったかなあ? 俺がその程度のことで揺らぐと思ったランがバカだったんだな」

 皆には内緒だが、この御木本、マスカレイドの一桁台の選手であり、そのファイトマネーはけっこうな額になる。二万程度では揺らぎもしない。

 まあ、それにしたって。

「さすが御木本先輩。面の皮が地球上に存在しない鉱物とかで出来てるんじゃない?」

 もちろん褒めてない。

 だが、いくら報酬をもらったとは言え、ランのダメージは大き過ぎた。

「店員には恋人と間違われるし、憤慨物でした……」

 部員達からは、「それは酷い」「それはあんまりだ」「死ね御木本」とランを慰める言葉しきりである。

「で、変態はそんな水着どうするんですか?」

 まったく武器になっていないというか、御木本の立場を余計に悪くする道具に、一応の言い訳を聞いてみる自費深い田辺。

「はっ、決まってるだろ。好恵にプレゼントするんだよっ!!」

「は?」

 今まで蚊帳の外であー御木本相変わらずバカだなあ今殴れないからどうしたものか、と思っていた坂下は、いきなり話を振られて、気の抜けた声を出す。

「赤いハイレグ来た好恵だぞっ?! 見たくないのか、お前ら!!」

 み……見たい。見てみたい。

 このとき、坂下以外の部員全員の気持ちが一つになった。

 お腹は田の字に割れるぐらい鍛えてある坂下の身体は、確かにスタイルは良い。まして、あの坂下が、ハイレグ姿など、そう見れるものではない。

「……えーと、バカ御木本、私は怪我してて、合宿には行くが、泳ぐなんて無理だぞ」

「別に泳がなくったって水着は着れるだろ。大丈夫だ、ちゃんと着易いように横をヒモでくくるタイプのやつ買って来たから」

 さあ、うけとれっ! と水着を突きつけてくるバカ御木本。そして、遠慮しながらも、期待のこもった目で見る部員達。

 坂下は、少し考えてから。にこやかに、眉間に青筋をたてながら。

 御木本に向かって、親指を前に突き出すと、思いっきり、親指を下にかっ切った。

 死ね、と。

 

続く

 

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