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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(18)

 

 合宿に向かう先は、電車で一時間ばかりのところにある合宿場だ。人数もまあそこそこにはなるが、それでも距離が近いこともあって、今は電車に乗って向かっているところだ。道具自体は顧問の先生が一足先に車で持って行っているらしいので、皆自分の荷物だけを持っている。

 わいわいきゃいきゃいと楽しそうな合宿に向かう高校生の一団、に、明らかに浮いた人間が数人いた。

 まず、一番に目立つのは言うまでもなく、綾香だ。

 青いキャミソールに、上からシースルーの長袖の上着を着て、下は太ももまでばっちり見えるほど短いミニスカートに、白いニーソックスをはいている。何でも、空気と熱は通すが紫外線は反射する、最新のニーソックスらしく、暑くはないらしい。一応、紫外線対策はこまめにしているようだ。

 ただ街中をそんな格好でいるだけでも、男は目を取られるのだから、それを着ているのが、アイドルすらも凌駕するほどの美少女となれば、目立たないはずがない。ジャージ姿の一団の中では、目立たない方がどうかしている。

 そういう意味では、葵も目立っているのだが、いかんせん綾香が目立ちすぎているので、まだ普通に感じる。それが良いことかどうかは分からないが。

 浩之としては、綾香のことだから、お嬢様っぽく白いワンピースとかで決められてきたらどうしようかとも考えたのだが、さすがにそこまではしなかったようだ。綾香の長い黒髪に白いワンピース、ついでに麦わら帽子まで用意すれば、完璧なお嬢様が出来上がる。中身までは変えることはできないだろうけれど。

 ただ、綾香を初めて目前で見た部員達への衝撃は、そんな服装の問題ではなかった。それは、もう明らかに桁の違う美少女だ。坂下も格好いいし、葵もかわいいが、そういうレベルで語れないほどの美少女なのだから、いくら並のことには動じないぐらい坂下に教育されていたとしても、驚いて仕方ない。

 さて、ついでに、もう一人おまけで目立っている人間がいる。

「やー、みんな若いねー。おねーさんちょっと負けそうだよ」

 明らかに、高校生ではない。胸とお尻は大きくふくらみ、それに反してウエストは驚くほど細い。スタイルがいいと言えばその通りだが、ここまで来ると、アンバランスさすら感じるぐらいだ。そして格好は、言ってしまえばピンク。綾香にまったくひけを取らない露出度、というか胸元辺りは明らかに出し過ぎな感じがあるその姿は、それはもうどこにいたって目立つのは間違いない。かわいいとは思うが、街で声をかけるのはかなり躊躇われる感じがする。

 合宿に向かう高校生の中にいれば、綾香よりも違和感が大きい。しかし、それを本人はまったく気にしていないようだった。気さくに、というか馴れ馴れしく横に座っている坂下に話しかけている。

「サクラさん、嬉しそうだねえ」

「そりゃ、私学生のころ、合宿なんて行ったことなかったし。みんなの青春のお裾分けをしてもらうと思えば、テンションも上がるわよ〜」

「いや、そんなにいいもんかねえ? まあ、それなりに楽しくはあるだろうけどね」

 坂下にしごかれるのが楽しいというのならば、それはまあ楽しいのだろうが、そんなマゾは空手部にだっていない。いないと信じたい。ちょっと健介辺りやばいかもしれない。

 ご存じない方も多いだろう、というか、名前が出るのは初めてだ。この見覚えのない女性は、サクラと呼ばれている。さて、本名なのかどうかは分からないが、かなりの確率で偽名だろう。ニックネームにも近いかもしれない。マスカレイドでピンクのミニスカートのナース服を着て怪我人を手当てする救護班の人間だ。怪我をして不自由している坂下の為に、今回この合宿に特別に参加することになった。部員には、知り合いのナースが好意で助けてくれるという説明をしてある。

 ただ、坂下はすでに自分の脚で歩いているし、日常生活は全て自分でこなせるほどに回復、もとい無茶をして行っているので、本当に無理だと思ったときのストッパー以上の意味はないのだが、どうもその話をサクラ本人が熱望したらしい。

「いやー、あの上司、ろくすっぽ休みもくれないから、こんなことでもないと海に遊びにも行けないのよね〜。給料はいいけど、それだけじゃあねえ」

 上司とは、マスカレイドを取り仕切っている赤目のことだろう。というか、ちゃんと給料が払われていることの方が気になる。坂下の講座にもかなりの額が振り込まれているし、よほどもうかっているのだろうか?

 綾香、浩之、葵の席に、がんばってランが入り、坂下の横にはサクラ、前は池田に、その横は御木本で、御木本はかなりむっつりしている。どちらかと言えばテンションが駄々高い御木本であるのに、今日の態度は明らかにおかしかった。

 綾香と葵、見知らぬはずの美少女、それにサクラというかわいい女性がいるにも関わらず、まったく言い寄ろうともしないのだ。これは、空手部のメンツにとっては衝撃だった。何か悪いことでも起きるのでは、とひそひそと話し合ったぐらいだ。坂下と池田がガードしているので話しかけられないという可能性もあったが、それにしたって、あそこまで明らかに不機嫌なのは、坂下の様態が悪かったときぐらいなのだ。

 まあ、説明してしまえば実に簡単な話で、御木本にとってみれば、この状況はまったく楽しくないのだ。

 まず、サクラだが、これはサクラが御木本の正体に気付いているかどうかは分からないが、御木本はすでにばれていると思っている。カリュウは、マスカレイドでは硬派で通っているのだ。そのギャップを見られるのも嫌なら、どこか見透かしたようなサクラの態度にもまったく好感が持てない。そもそも、御木本は坂下一本で、実際のところ、他の女性にはあまり興味がないのだ。声をかけるのも、空手部ではそういうキャラであることと、女性に対する礼儀のつもりだった。

 ついでにサクラが坂下の横に座っているのが気に喰わない。細かいこととは言え、坂下の横に座っても誰も文句を言わないような状況で、のうのうとサクラが横に座った所為で、御木本はそのチャンスを逃したのだ。

 そして、綾香には、声をかけるどころか、視界に入れるのも嫌だった。葵と浩之はそのとばっちりを受けているに過ぎない。

 御木本も、綾香に勝てないどころか、一矢報いることすら出来ないというのは理解している。綾香が坂下と戦う前ならば、勝てないまでも、という思いがあったが、今はもうまったく自分では相手にならないだろうと感じている。

 だが、許せる相手ではない。御木本にとって大切な坂下を、殺す寸前まで痛めつけ、今でも坂下は口にこそ出さないが、日常生活を苦痛と戦って過ごしているはずなのだ。どれほどの回復力があっても、完調までにはまだまだ日が浅い。

 犬死する気はない。しかし納得した訳では決してない。だから、不機嫌になって、視界から外すぐらいしか出来ないでいるのだ。

 そして、その二つからは遠くかけ離れたレベルで、少しだけ思うところがあるのは、ランのことだ。

 綾香と葵、御木本でも恨みさえなければ目を奪われるあの美少女達の中に、浩之をあきらめきれずに入っていくその姿に、正直いらっとしていた。

 それは、綾香への復讐にしろ、坂下への恋慕にしろ、明らかに不利で勝ち目のない戦いを強いられる自分を見ているようで、腹がたつのだ。同情の余地はない、それをランが望んでしているのだから。だが、その姿は、自分の現状を御木本に思い知らせるという意味で、非常に御木本のかんにさわる。

 そんな色々な状況が重なり、御木本は非常に不機嫌だった。まあ、御木本の様子がどうであれ、それを気にする坂下ではなかったし、横のサクラも直に言われても動じそうになかった。

 高校の空手部の合宿に向かう姿とは思えないような異様な光景がそこには広がっている訳だが、さすがは坂下に教育された部員なのか、危機感が足りないのか、十分もすれば誰もがそのことを気にしなくなり、それぞれにおしゃべりやトランプに熱中しはじめる。まあ、1時間はそれほど長い時間でもない。すぐにこの状況は終わるだろう。

 始まるのは、これよりもさらに混乱を極める、空手部の合宿なのだ。ここで根をあげるようでは、後一話分も持たないことは明白だった。

 

続く

 

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