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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(24)

 

 海、である。

 海が見える位置に合宿場があるので、改めて言うまでもないことなのだが、ただ見るのとこれから遊ぶとなると話が違って来る。

 まだ早い時間なので、人はそう多くはない。とは言え、すでに所々に海水浴客目当ての屋台も出ており、すぐに人で溢れかえるのは明らかだった。こうやってゆっくり周囲の風景に目をやれるのも、後少しだろう。

 街から電車で一時間ばかりのわりには、けっこうな田舎である。駅が近いこと以外、これと言って特記すべきものはないが、海水浴に来てレジャー施設が必要な訳でもないから、これはこれで十分目的を満たしているのだろう。それに、考えようによっては、田舎の方がいいとも言える。電車で一時間ならば、行き帰りにそう疲労も溜まらないだろう。丁度良い位置にあると言っても過言ではないのかもしれない。

 もちろん、浩之には不満はない。もともと自然の中の海水浴場で遊ぶつもりで来ているし、泊まるところにも不自由しないのだ。文句を言う場所もない。

 それに、かわいい女の子達を連れているというのは、男としては自然に楽しくなって来るものだ。

 綾香は、まあさすがに綺麗過ぎて近寄りがたいだろうが、葵などは本当に気をつけねばならないだろう。ナンパ目当ての男も、今はまだいないが、そのうち沸いて来るのは確定だ。その邪魔者を、浩之と健介が女の子達から遠ざける効果は、多少なりともはあるが、それでも空気を読まない人間はどこにでもいるのだ。

 とは言え、正直、ナンパした方に同情すべきメンツなんだけどな。

 男が気後れさえしなければ、おそらくは一番声がかかり易い、エクストリームチャンプ、綾香。この危険度は言うまでもない。さらに問題があるとすれば、綾香が、そういうときに暴力を振るうことを躊躇しないことだろう。

 そして、一番ハードルが引くそうな、もちろんレベルが低いという訳ではない、真面目だから簡単に騙されそうという意味だ、葵も、大の大人を一撃で吹き飛ばす打撃を繰り出すのだ。こちらは暴力に訴えるまでに時間があるかもしれないが、暴力慣れしていない分、手加減は期待出来ない。

 ナンパをするつもりで近づくのは命に関わるので、やめた方がいいと浩之などは思うのだが、この二人だけでも非常に目立つというのに、ここにさらに三人も加わっているのだ。近づいて来ない理由がなかった。

 まず、初鹿。さすがは均整の取れた身体に、綾香にも匹敵するほどなめらかな素肌、ワンピースのベージュのストライブに、腰にはパレオを巻いているので、派手という訳ではないが、動くと見える素足についつい目がいってしまうのだから不思議なものだ。

 白い日傘をしており、見るからにお嬢様という見た目だ。多少ハードルが高いと思っても、声をかけてくる男はいるだろう。いや、お金に余裕のある手合いからは、むしろ見た目の上品さから余計に声をかけられるかもしれない。

 実際、浩之と初鹿が出会ったときは、初鹿はナンパされていた。まあ、今思えば、まったくもって助ける必要などなかった訳だが。

 その正体は、裏路地で行われていた格闘大会、マスカレイドの無敗の一位、チェーンソー。全身をライダースーツで覆い、チェーンを武器に、坂下を後一歩まで追いつめた、異能の必殺技を使う、浩之から見れば明らかな怪物だ。

 さらに言えば、いや、むしろこちらの方が驚きだが、あの寺町の姉である。空気読めない遠慮もしないどこから見ても恐いものを理解できないだけと思われる格闘バカ、寺町が、何故か、いや、理由を知りたいとは思わないが、無条件で恐れる相手。

 もし、浩之が出会ったときに、ナンパを放っておいたら、どうなっていたのだろうか? 寒気しか覚えない。だが、それを完璧に隠すことが出来るところに、初鹿の本当の怖さがあるのかもしれない。

 二人目は、多分、確率的には一番ナンパされるだろう、サクラ。れっきとした脇役だが、不自然なほどにくびれた身体に、大きな胸、水着もけっこうきわどいピンクのハイレグビキニ、そして多少濃い目のメイクをしていれば、遊んでいると見られるのは仕方ない。真面目なタイプよりも、こういう女性の方がナンパにはかかり易いだろうから、実際の被害は一番被りそうだ。まあ、あまりしゃべっていないので、それを嫌がるのかどうなのかは、浩之には分からないが、しかし、サクラに声をかけると、もれなくもう一人がついてくる。これはもう穏便に済みようがない。

 身体は、まだ包帯が取れていない。肩が抜けたはずの腕を、それでも普通に使ってはいるが、さて、本当に普通に動かせるだけ治っているのか怪しいところだ。黒いセパレートの水着はかなり意外で、胸はそう大きくはなくとも、一見の価値があると思うのだが、むしろその黒色と、包帯の白色の差が目立つ。

 というか、こんな潮風のあたる場所に出てきて大丈夫なのか? というのが浩之の素直な感想だった。

「なあ、坂下。傷は……」

「ん? ああ、心配かけさか。大丈夫、もともと外傷は少ないからね。せいぜい、傷と言えばこっちの皮膚移植の跡ぐらいだよ」

 坂下は、苦しいのを外に出すタイプではない。むしろ、余計に強がりそうなタイプだと浩之は思っていた。それはまあそう間違ってはいない。しかし、実際のところ浩之に思われるよりも、よほど冷静に物事を判断出来る坂下は、意味のない無理はしない。

 そう、少なくとも、外傷自体は大したことは本当にない。痛いか痛くないかは別の話として

「いや、それならいいんだが……というか皮膚移植って何だ」

「この前、どっかの鎖でやられたやつさ。私は別に良かったんだが、何かまわりがこぞってしろって言うから、仕方なくね」

「いや、気にしろよ、仮にも女だろ、お前」

 その言葉には、浩之ではなく、健介がつっこみを入れる。ちなみに、健介も皮膚移植を強く勧めた一人だ。事情を知っているので、余計に強く言ったのだ。

 というか、言葉使いはともかく、健介から坂下をいたわる言葉が出るとは、浩之は思っていなかった。健介は健介でちゃんとそれなりに良い関係を空手部で作っているようで、浩之としては一安心だ。これでさらに迷惑をかけていたら、やっかいものを押しつけたことになる。押しつけたのは葵だが、浩之にも責任はあるだろう。

 浩之に怪我はないが、坂下と健介はまだ怪我が癒えていない。しかし、まだ十分に治っていない健介は、どう見ても坂下の護衛のつもりでここにいるようだった。いくら坂下でも、今の状態では、綾香につっこみを入れるぐらいがせいぜいだ。しかし、性格は変わるものではない。ナンパなどされたら、無茶をしかねない。

 負けるとは絶対に思えないが、今無茶をすれば、余計に怪我の治りが遅くなるだろう。だから、かわりに健介がケンカをするつもりのようだった。言ったように、まだ健介も怪我が完全に治りきった訳ではないのだ。しかし、浩之に飛び蹴りをかませるぐらいの思い切りの良さはある。まあ、相手は地獄を見ることになるだろう。

 浩之としては、このメンツでは、やりすぎて傷害罪で捕まらないことを祈るばかりである。

「しかし、これじゃ海にはつかれないか?」

 怪我人の二人は、さすがに水につかることは出来ないだろう。健介の方は、海に足をつけるぐらいは出来そうだが、坂下の近くから動く気はなさそうだった。

「そうですね、とりあえず、どうしましょう?」

 二人を置いて行く訳にはいかない、と思った葵も、どうしようか悩んでいるようだった。

「いいからいいから、元気な人間だけで遊んできな。ほら、綾香はさっさと一人で海に向かってるし」

 浩之が慌てて振り返ると、他の人間を放っておいて、綾香はさっさと波打ち際まで移動し、波と戯れるようにしている。絵にはなるが、まわりのことを考えろと言いたい。

「……わかった、とりあえず、綾香の面倒はこっちで見ることにするぜ」

「それだけでも十分ありがたいよ」

 がっくりと肩を落とす浩之に、肩をすくめながら、しかしあながち冗談でもない口調で、坂下は笑った。

 

続く

 

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