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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(25)

 

 怪我人の組と別行動を取り、三人は人の少ない場所まで来ていた。まあ、そもそもこの時間はそう人が多い訳でもないので、すぐに三人がはしゃいだぐらいでは平気なぐらいに空いた場所が見つかる。荷物も持って来ていないので、荷物番を置く必要もない。

「さて、ここなら思いっきり遊べそうね。ほら、浩之も行くわよっ」

 綾香に引っ張られそうになった腕を、浩之は寸前のところで回避した。綾香がむっとするのが分かったが、浩之はひらひらと手を振る。

「いや、俺はちょっと綾香達をゆっくり鑑賞したいからちょっと見学させてくれよ」

 言葉自体は口からの出任せである。鑑賞するのならば遠いよりも近い方がいいに決まっている。まあ、海の中で遊びながらゆっくり鑑賞は出来ないだろうが、そんな理由では、あまりない。

「……エロいのね。まあいいわ、すぐに参加しなさいよ? さ、葵、行くわよ」

 浩之の方をぶすっとして見ていた綾香だが、すぐに気を取り直したのか、葵の手を取る。葵は逃げなかったので、簡単に綾香に腕を取られた。

「え、は、はいというか、鑑賞とかはスルーしていいんですか?」

 浩之から身体を隠すようにして、ちらちらと浩之の方を見る葵に、綾香はちっちっちっち、と指を振る。

「いいのいいの、どうせ色仕掛けはするつもりなんだから、手間が省けていいじゃない」

「ちょ、ちょっと綾香さんっ?! さすがにそれを聞き流す訳にはっ」

「いいからいいから、ほらほら、せっかく海に来たんだから、遊ばないと損よ。じゃ、浩之、海で待ってるから、さっさと鑑賞を済ませて参加しないさいよ?」

「ああ、じっくり鑑賞したら、俺も混ざるさ」

 有無を言わせないまま綾香は葵を海まで引っ張って行ってしまう。葵も馬車馬のような馬力があるとは言え、動揺させられて不意を突かれればこんなものだ。

 手を振る浩之を置いて、二人は波打ち際に行って、海につかる。女の子二人が手をつないで波打ち際で遊ぶ姿、のはずだったのだが。

 「わっ、つ、つめたいです、綾香さん!」「あははっ」「笑いながら人を投げ捨てないでください!」と何か不穏な会話が繰り広げられている。ちなみに、最後の言葉を、葵は宙に浮きながら言っている。

 ザパ〜〜〜〜ンッ

 本当ならきゃいきゃいとはしゃぐ姿を見れるのだろうが、綾香が葵の腕を掴んで海に投げ込んだので、別の意味で見逃せない光景になっている。葵の身体が小さいとは言え、ああもあっさりと人間の身体は宙を飛ぶものなのだろうか?

「ぷはぁっ、ひ、酷いです、綾香さん!」

「あ、葵、ブラずれてる」

「ええっ!!」

 慌てて葵は胸を隠すし、浩之の無駄にいい耳はそれをききつけて視線が葵に釘付けになるが、これと言ってずれている様子はなかった。二人の慌てる様を見て、綾香はにやりと笑う。

「嘘〜」

「……」

「え、冗談だって、何本気な顔して、ちょっと、何もここで特訓の成果を出さなくても……わぷっ!」

 バシャーーンッ!!

 腰までつかった葵が繰り出した、震脚からの一撃は、容赦なく水しぶきというよりは津波のようになって、綾香の身体を押し流す。

「ぺっぺっぺっぺ、くっ、このっ」

 起きあがった綾香の身体が浮いたかと思うと、波の表面を切るように連続の回転蹴りが、シャワーのように葵に水を打ち付ける。

「わっ、凄いです綾香さんってプププププッ!」

 それは芸術的なまでの動きだが、それを褒めようとした葵は、その水しぶきをもろに受けることとなった。

「ひ、酷いです、この……」

 さらに葵が力まかせ、というか技まかせの一撃を繰り出すが、これを綾香はまるで水の中を走るように移動して回避、ぺちぺちと軽い攻撃で葵の顔に水をぶつける。さすが器用さでは綾香に一日の長があるようだった。

 しかし……何か予想通りになってるな。

 わ、冷た〜い、この〜、とか、え〜い、やり返してやる〜、とかそういう正直絵にすら描かれないようなやりとりを期待した訳ではないが、それにしても酷いものである。

 どう言ったところで負けず嫌いで、けっこう大人げない二人だ。水の掛け合いですら真剣勝負の様相を呈している。

 これが単なるか弱い女の子ならば、それこそ微笑ましい光景になったのだろう。これだけの美少女二人だ、絵にならない訳がない。しかし、残念ながら、この二人は普通の少女ではなかった。外見的な意味だけならば大歓迎だが、二人ともそれに加えて、プロも真っ青の格闘家なのだ。いや、綾香は賞金を稼いでいるので、プロと言って差し支えない。

 まあ、プロ格闘家だからって、あの動きはおかしいと思うけどな。

 段々と怪獣大決戦のようになってきている二人の水の掛け合い、というか水を使った戦いに、まだ早い時間だったので少なかった海水浴を楽しんでいた人の数が、さらに逃げて減っている。まあ、他人を巻き込まないぐらいの常識はあるだろうから、そこは心配しなくても良いだろう。

「……でも、俺が参加してたら容赦なく巻き込まれてたよなあ」

 結局、すぐに参加しなかった理由はこれだ。あんなものに巻き込まれたのでは、遊ぶどころではない。浩之も自分がなかなかの負けず嫌いだと理解しているからこそ、余計にだ。

 とりあえず、あそこまで派手に動かれると鑑賞も何もあったものではないが、自分に被害が来ないだけで平和な気持ちになれる浩之は、まったりと二人を戦いを眺めていた。

「な〜んか、予想してたのと違うな。俺はもっとほのぼのした光景を思い描いてたんだが」

 と、浩之はふいに横から声をかけられた。

「いや、あの二人の組み合わせじゃ無理……」

 別に何の疑問も持つことなく声をかけられた方を振り返り、浩之は動きを止めた。三秒ほどそのまま硬直してから、ゆっくりと前を見る。相も変わらず、二人の戦いが繰り広げられていた。

「……平和ってどこにあるんだろうな?」

「さあな、とりあえず、あっちで戦っているのは、一応平和そうだけどな」

 そりゃお前から見れば対抗できる力があるんだからそうだろうけどさ、と浩之は声には出さずに思った。そして、一番重要な、聞かなければならないことを、ちゃんと言葉に出して聞く。

「なあ、何で修治がここにいるんだ?」

「俺が海にいて不思議か? 夏なんだから、海水浴ぐらい来るさ」

「いや、まあ、とりあえず無理矢理納得するとして……後ろの師匠は?」

「ふむ、老人が海水浴に来るのは不思議かの?」

 いや、あんたらが来ることが不思議を通り越して不自然なんだって、絶対分かってるだろ!!

 この海水浴で、一番混沌とした参加者が、満を持しての登場だった。

 

続く

 

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