「……とりあえず、何か言う前から疲れたんだが、全力でつっこんでいいか?」
「まあ、いいんじゃないか? どっちにしろ、俺とジジイがここにいるのは変わらないしな。というか、つっこむなら、まずはあっちで遊んでる二人にすべきだと思うぞ」
修治の言うことはもっともである。浩之だってそうしたい。しかし、目の前に突っ込まなければならないものがある以上、スルーは無理だ。それが死亡フラグであろうとも言わずにはおれない。それこそが浩之のつっこみ役としての矜持だ。というか、つっこみ役が少なすぎる。
「まず、根本的な話なんだが、どうして二人ともここにいるんだ?」
「そりゃもちろん、浩之達の来るのに合わせて来たからだろ。ここはけっこう俺達も使ってたから、勝手知ったる場所だしな」
そう言えば、ここは大学の合宿やプロ選手の練習の場所としても使われることが多いらしいのを浩之も聞いていた。ほどよく都会から近く遠く、まわりにこれと言った遊ぶ場所もなく、身体を鍛える為だけならば、悪くはない場所だ。浩之達が泊まっている合宿場以外にも、何個か同じ目的の建物があったのも見ていた。
「知ってたのかよ。話したときは、何の反応もしなかった癖に」
「相手の意表を突く、戦いにおいては初歩の初歩よ。それを実戦したまでのこと」
「いや師匠、戦いとは関係ないような」
まったく関係ない。多分浩之が驚くのを楽しむ為だけに来たのだろう。超暇人である。というか、修治は何をやっているのだろうか、ニート? まあ武術家など、今のご時世では穀潰し以外の何物でもないだろうが。
「なあ、浩之。何か失礼なこと考えてるだろ」
「いででででででっ!! あ、頭が割れる!!」
有無を言わさず、というか回避もさせないスピードで伸びて来た修治の手は、浩之の顔を掴み、なかなかいい感じにアイアンクローをかます。修治の握力ならば、このまま浩之の顔を握りつぶすことも出来るかもしれない。ぽいっ、と簡単に砂の上に投げ捨てられた浩之は、痛む身体をさすりながら、トマトのようにつぶれる自分の頭を想像してぞっとした。
「そういや言ってなかったな。一応、これでも大学生だよ。二流大学だけどな。別に浪人も留年もしてないんだ、穀潰しとか言うなよ?」
「……ああ、学生だったのか」
正直、修治が学生というのは想像がつかない。いや、年齢を見れば別に不思議ではないのだが、修治が大人しく勉強をしている姿が想像つかないのだ。ニートでなければ、きっとケンカ屋でもやってるのだろうと思っていたのだ。まあ、実際もうけようと思えば、マスカレイドのような場所が他にもあるかもしれず、修治の強さを持ってすれば、それこそいくらでももうけられるかもしれない。
というか、実際めちゃくちゃ気になるんだけど。何の教科を専攻しているのかとか、交友関係とか、その他もろもろ、修治は謎なことが多過ぎる。まあ、道場でしか付き合いがないのだからそれも仕方ないのかもしれない。
「現役女子高生でプロすら戦うのを避けるあそこのお嬢ちゃんよりはよっぽど学生っぽいつもりなんだがな」
「まあ、綾香はまだ外見が完全に女子高生だからな」
修治は確かに若いが、どこか年齢不詳の雰囲気がある。高校生と言っても通じないだろうが、さて、二十歳を超えると何歳なのかは分からない。
「ほほ〜う、俺は老けて見えるってことか」
「いや待て、頼むからアイアンクローは勘弁、今度こそ頭がつぶれる」
修治が冗談でも、受ける方は冗談にならない。まあ、修治が浩之にある程度厳しいのは、浩之の打たれ強さを信じているからなのだが。しかし、迷惑なことにはかわりない。
「そっちも気になるんだが……いや、二人でポージング決めなくていいから、師匠、おたずねしたいんですが」
「ん、わしの方か?」
「ええと……話題にあげていいのかどうか俺もさすがに判断に迷ったんですが……何故に、ふんどし?」
どういう思考の経路でそういう行動に出たのかまったく理解できないが、その引き締まった、というか筋骨隆々としか言い様のない肉体を誇示するかのようにポージングをつけた二人。修治は、まあ普通のハーフパンツ風の水着だが、雄三の方は、見事な赤いふんどしだった。
老人とはまったく思えないほどに見事な筋肉の怪物のような姿に、絞られるように絞められた赤いふんどし。目立ちまくることこの上なかった。しかし、それがまたよく似合っているのが余計に嫌だ。
「男が海とくれば、ふんどししかなかろう。というか、わしはいつもふんどしだが?」
「師匠、頼むんで、お尻のくぼみを強調しないで下さい」
「別に強調などしとらん。裸になって無防備な格好になれば、身体が戦いを予感して引き締まるのは当然の話よ」
いや、そんな話は寡聞にして聞いたことないんですが、とつっこもうかと思って、浩之はため息をついて、あきらめた。まあ、お年寄りがふんどしならば、別に不思議……いや、やっぱり目立つのは避けられない。普通のじいさんならばいいが、何せ、雄三はセバスチャンともためをはれそうなほどの肉体なのだ。目立たない理由がない。
「だいたい、そんな履き物では、簡単に掴まれるぞ。このようにふんどしをきつく縛っておけば、簡単には掴まれたりはせん」
突き詰めれば、確かに雄三の言う言葉は何も間違っていないようにも聞こえるが、考えてみるといつもは袴姿で、簡単につかめる格好をしている雄三が言うと、説得力があるのかないのか分からなくなる。
見事な胸、と言っても、男の大胸筋とかを説明するのは嫌過ぎるので、これ以上の二人の描写はやめておく。浩之ももうそれにつっこむのは止めた。
「……で、修治、気になってたんだけどさ」
「ん? どうかしたか?」
浩之が小声になったので、修治は身を寄せる。半裸の男に身を寄せられるのは、非常に嬉しくない話だ。
「何で師匠と海に来てるんだよ。それともあれか、下見か?」
「……」
「まあ、ここらは見たところ海以外何もないし、普通の女の子と来る場所じゃないのかも……て、おい、修治、どうしたんだ?」
浩之の言葉を最後まで聞くことなく、あの修治が、まるで綾香の全力のパンチを顎に受けたかのように、力なくその場に座り込んでいた。
「……おーい、修治、どうした、大丈夫かあ?」
「……」
修治の反応はまったくなかった。
今浩之が話していたのは、修治に相談されたことの話題だ。
女の子と仲良くなりたいんだが、どうしたらいいか、という浩之自身も返答に困る内容だったが、むげに扱うのも悪いと思った浩之は、とりあえず、嫌われていないのなら、遊びにでも誘ったらどうかと言ったのだ。海に一緒に遊びに行く、というのはいささかハードルが高い気もするが、やるのならば下見をするのは間違いではない、などと思っていたのだが。
困って横を向くと、雄三が笑いをこらえきれないように肩を振るわせていた。
「……師匠は、修治が何でこんなになってるのか、理由を知ってるんですか?」
「くくくくっ、ああ、知っておるよ。こやつ、本命の女に手ひどく撃沈しおったらしい」
……わあ。
浩之も、言葉がなかった。砂の上にうずくまる修治に対して、慰めの言葉も思い付かない。
撃沈したということは、まあそんなにうまく行ってはいなかったのだろうが、相談されて自分が言った言葉がとどめを指した可能性もあり、それはかける言葉を思い付かない。
才能の欠片もないと雄三に断ぜられながら、高みにまで届こうかと言うほどの強さを持った者であろうと、やはり、色恋はまだ別の話であり。
一言で言うのならば。
武原修治、敗北!!
続く