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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(27)

 

 力なくへたり込んだ修治を目の前にして、浩之はどうしたものか、と腕を組んだ。ここに放っておくのはさすがにかわいそうだし、これから増える海水浴客の邪魔になる。かと言って動かすにはいささか修治の身体は大きいし、声をかけようにも、さすがにかわいそうで言葉もない。

「……えっと、師匠、どうしましょうか?」

 腕力でも修治の身体を動かせそうな雄三に、浩之は助けを求めた。ただ、雄三の場合、ここですでに半死している修治に、色んな意味でとどめを刺しそうな気もすることが気にはなる。まあ、修治ならば頑丈そうなので大丈夫だろう、と浩之はけっこう薄情なことを考えていた。

「ふむ、とりあえず、少しは気分が晴れるかと思って海の特訓に誘ったのだがのう。まったく、色恋の一つや二つでここまで役立たずになるとは、つくづく役に立たぬ男よ」

 一応、あんたの孫じゃないのか?

 死者に鞭打つ雄三に容赦はない。まあそんな雄三に助けを求めた浩之も、結構非情だ。

「だいたい、お主はやることなす事不器用過ぎる。技一つ覚えるのに、一体いくら時間をかければ気が済むのだ。そんなことしておれば、死ぬまで経っても免許皆伝は……おい、聞いておるのか?」

「いや、師匠。ここで説教とかさすがに酷すぎでしょう。それに修治には聞こえてないと思いますが」

「ふむ、確かに、聞こえてないのでは、効果は半減だのう」

 ここでも本気でいじめるつもりだったらしい。最近、浩之の周辺にはサドが多すぎる気がする。交友関係には気をつけよう、と心に誓う浩之だった。何せ、多分雄三は浩之が同じような状況になっても、嬉しそうにいじめてくることが予想出来るからだ。

「まあよい。身体を動かせば、少しは気が晴れるだろう。こいつを連れて少し離れた練習にうってつけのところで汗を流すとしよう」

「師匠、泳がないんですか?」

「しばらくはここにおるからのう、後でも良かろう。それよりも、今のこいつを海につけると、そのまま沈んでしまいそうだからのう。さすがに格闘技以外で死なれるのはまずい」

 格闘技に関わっていれば、死んでもいいらしい。さすがは一般人とは意識が違う。というかかなりぶっとんでいる。

 がしり、と雄三は座り込んだ修治の首を掴むと、そのままずるずると引きずって歩き出した。修治の身体は、縦にも横にも大きい。その身体を、あっさりと片手でひきずっていく雄三は、さすがというか、やはり規格外である。これが浩之の今の師匠であり、決して他人ではないところに、浩之は一抹どころではなく不安を感じないでもない。

 ずりずりと動こうとしない巨体を引きずって平気で歩く赤ふんどしのマッチョなご老人。言葉に出すだけでどれほど異様か分かろう。まだ少ない海水浴客も、皆見て、そして目をそらす。

「やーん、おじいちゃんすご〜い」

「うわっ、凄い身体〜。かっこいい〜」

 何か女子大生っぽい女の子に声までかけられている。いやお嬢さん方、さすがにそれは危険人物なので声はかけない方が、と言いたい言葉をぐっと飲み込み、浩之は近づかないことにした。

「ええい、どけ、小娘。せめて三十過ぎてから出直して来い」

 雄三は軽く女の子達をあしらう。しかし、言葉通り、何か修治よりもよほど女性慣れしているようだ。まあ、あれだけの年齢になれば、すでに枯れていても……いや、正直、そんな気はしない。雄三は、いつもギラギラしているような気もするし。

 そうして、カオス成分を含んだ二人は、人々の注目を集めまくってとりあえず退場していった。正直、何をしに出て来たのか分からないが、凄さだけは見せつけて言ったような気がする。

 と、浩之は、先ほど雄三に声をかけた女子大生くらいの二人組が、自分の方を見て近づいてきていることに気付いた。反射的に、まわりに目を向けるが、あるのは、歩いていく家族連れとか、海とか、少し沖の方で怪獣大決戦をまだやっている二人ぐらいだ。まあ、泳ぐつもりなのだろう、と思考すら必要ない理由付けをして、別にそれ以上は注目していなかった。

 ただ、修治を引きずっていく雄三に声をかける猛者と思うと、なかなか凄い女の子達である。浩之ならば、例えそれが綾香ほどの美少女であったとしても、あんなものを引きずっている相手に声をかけようとは思わない。まあ、別に浩之はナンパはしないが。いや、声をかけるぐらいならば、けっこうやっているのか?

 別に声をかけたからと言ってナンパという訳じゃないのか、ととりとめのないことを浩之が考えているところだった。

「ねえねえ、君」

「はい?」

 明らかに自分に向けられた声に、我に返って浩之は振り向いた。そこには、先ほど雄三に声をかけていた猛者な女子大生二人。

 雄三と話していたのを見られたからだろうか、と一瞬浩之は考えたが、それでも、別に女子大生達も、雄三にお近づきになりたかった訳ではないのだろう、と思い、自分が声をかけられた意味が理解出来ない。

 とは言え、そこは男のサガか、じっくりとではないが、女子大生を観察していた。化粧は少し濃い気もするが、なかなか綺麗な二人組だ。水着姿も、そこそこ大胆で、目を取られる。まあ、化粧をする知り合いがいないからそう感じるのだろう、と浩之は自己完結した。ちなみに、ちゃんと皆分からないぐらいうっすらとではあるが化粧はしているのだ。ほとんど化粧をしないのは、せいぜい葵ぐらいか。

「ねえねえ君、高校生だよね?」

「あ、はい、そうですけど」

「一人で来てるの?」

「いや、友達と来てますけど……」

 とりあえず、考えても声をかけられた意味が分からなかったので、普通に返答を返す。

「男の子と一緒に来てるなら、お姉さん達と一緒に遊ばない?」

 そう言われて、浩之はやっと自分がナンパされていることに気付いた。ナンパしている場面ってのもなかなか見るものではないが、自分がされるとは、さすがに思っていなかった。

「あ、いや……」

 どう答えていいものか分からない浩之は、思わず言葉を濁してしまった。

「てれちゃってかわい〜」

「最近、何かすれた男の子ばっかだから、新鮮だよね〜」

 からかわれているのだろうなあ、と思いながらも、別段悪い気はしない浩之だったが、さすがに一緒に遊ぶとは答えられない、断ろうとして、口を開こうとしたそのときだった。

 浩之は、腕をがっちりと掴まれた。しかも両方から、浩之が身動きすら取れない力で。

「ごめんね〜、お姉さん達、これ、私たちの連れなのよ」

「ええと……はい、まあ、そういうことです」

 にこやかな、しかし浩之には分かる怒気を含んだ綾香の声と、そして、とまどいながらも、しかしどこか不満そうな葵の声。

「あ、彼女つきか。まー、かわいかったから仕方ないかあ」

「というか、かわいい顔して二人相手って、なかなかできることじゃないわよね〜。ちょっと残念。じゃ、あきらめて次の相手探すことにするわね」

 女子大生は、驚くほどあっさりと背を向けて、新しい相手を物色に歩き出した。まあ、別に浩之でなくとも良かったのだろうが、切り替えの早いことである。

 しかし浩之は、今は女子大生のことを気にするのではなく、むしろがっしりと掴まれた両腕のことを気にすべきだろう。というか、折れるのでは、という力がどちらにもかかっている。

「いや、声をかけて来たのは向こうだし、断ろうとしてたところなんだぜ?」

 誰に言われるでもなく、浩之は言い訳を口にしていた。命が惜しいのだから、むしろ当然のことである。女々しい? そんなもの命が助かってから考えればいいことだ。

「別に何も聞いてないわよ、ねえ、葵?」

「はい、センパイが気にするようなことは何もありません」

 と言いながら、言葉が非常に恐いのは、絶対に気の所為ではないだろう。

「ときに、綾香さん。私、何かこのままセンパイに、ちょっと悪戯したい、具体的に言うと海に放り込みたい気分なんですが」

「あ、それ何か青春っぽくていいわね。それいきましょう、それ」

「お、おい、ちょっと……」

 浩之は抵抗する間もなく、波打ち際まで引っ張られる。というか、いつの間にか両方から持ち上げられ、浮いた脚が空を切るばかりだ。

「ブリッジの要領で、こう、大きく弧を描くようにね」

「投げ技は得意じゃないんですけど、まあ遊びですしね」

 かわいい女の子に両方から抱きしめられる、そんな夢のような状況であるにも関わらず、すでにあきらめた浩之の顔は、まるで菩薩のようだった。まあ、投げ込まれるのは水の上なので、そのまま仏になってしまうことはないだろう。

「それっ」

「えいっ」

 二人のかわいいかけ声とは裏腹に、浩之の身体は、ちょっと洒落にならないぐらいに、高く天に向かって放り投げられた。

 ドッポーーーーーーーンッ!!

 浩之が着水して出来た水柱は、なかなか見事であったことだけは記述しておく。

 

続く

 

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