「……何やってるんだ、あいつらは」
少し離れたところで荷物番をしていた健介は、浩之達の様子を見ながら、心からあきれた声を出した。
「ビーチバレーだろ?」
いや、坂下の言葉はもっともなのではあるが、そんな言葉で説明するのはかなり言葉が足りないと健介は思うのだ。というか、誰が見てもそう思うはずだ。
「どこの誰が海につかってビーチバレーするんだよ」
ビーチバレーと言えば海だが、それはあくまで砂浜でするからであって、まかり間違っても海の中でボールの打ち合いをすることではない。あれではまるで水球だ。ちなみに、日本ではマイナーな水球であるが、あれは脚のつかない状態で激しい無酸素運動を行う、かなり過酷なスポーツであったりする。それと比べれば泳がなくて良い分浩之達の水上ビーチバレーは楽かもしれないが、陸にいるときと違わないほどのスピードで動く三人は、かなり異様だ。
「スポーツしてるから健全そうだけど、ビーチバレーするのに、男一人に美少女二人だし、もてない男がいたらひがみの一つでもしそう」
「私から見ると微笑ましく見えますが」
順に、サクラ、初鹿の言葉だ。あれを見ても、大して問題を感じないらしい。何故かここでは常識的なはずの健介の方が分が悪い。というか、絶対こいつらがおかしい、と健介は言葉に出さずに思った。
ちなみに、健介は初鹿の正体は知らないが、そもそも、あの寺町の姉となれば、普通の女の子として見るのは不可能だ。恐いもの知らず、というか恐怖が完全に麻痺しているような格闘バカの寺町をあそこまであっさりあしらう少女を、普通とはとても考えられない。サクラの方は、マスカレイドで何度も見ているし、何度もしゃべったことがあるので、今更常識を求めようとは思わなかった。一応覆面で顔を隠していたとは言え、多分健介がビレンであることは知られているようだが、何も言って来ないので、健介としては気にはならない。
「まあ、あれと同じようにビーチバレーが出来たら混ぜてあげる、と言われて入れる男の子がいるとは思えないけど」
サクラの言葉に、違いない、と健介は心の中だけで思った。言葉に出さなかったのは、正直、あまり関わり合いになりたい相手ではないからだ。
「……と、それを言うと、健介君もハーレムじゃない?」
「ぶっ!!」
そんなことを言われなければ、そのままずっと無視するつもりだったのだが。
「……おい、あんた。初対面だからあまり強くは言うつもりはねえが、一応俺も彼女いるんだよ。あんまり不審なセリフは吐かないでくれないか?」
「ふーん、初対面、ねえ」
サクラはにやにやと笑うが、健介は相手にしないことにした。いくら坂下は状況を知っているし、初鹿は何のことか分からないからいいだろうが、マスカレイドの話はなるだけしたくはなかった。
「勘弁してくれ、これが田辺の耳に入ったらと思うと……」
こういう手合いは、ムキになればなるほどからかいがいがあると思って調子に乗ることを、健介は良く知っていた。だから、わざと自分からある程度の弱みを見せて、話を切ろうとした。まあ、はたから見れば一発で分かるほど、田辺との付き合いは見え見えで、隠す必要はないのだが、それを坂下の前で言わされるのは、あまり居心地の良いものではなかったが、この際仕方なかった。
「彼女いるからって、大した余裕ね〜。ちょっと横からつっつきたいかも。彼女さんはそこまで胸大きくなさそうだし、ちょっと君を胸で抱きしめたりしたら、面白いことになるかもね〜」
「……おい、いい加減にしねえとそのイカれた格好を警察に通報されるぐらいの格好にするぞ、このアバズレ」
適当に長そうとしたのだが、何故かサクラがからんでくるので、健介もカッとなって、悪態が口から吐き出される。もともと柄の悪いところにいたものだから、その手の言葉の方が健介にはなじんでいるのだ。
だが、言った瞬間に健介は無意識に身をすくめる。坂下の恐怖政治が骨の髄まで行き渡っているようだった。健介を格好悪いとは言うまい。坂下の鉄拳で教育されれば、どれほどの根性があったとしても、怖がるなと言う方が無理だ。最低、身体は条件反射で反応するだろう。
だが、来ると思った鉄拳は来なかった。まあ考えてみれば、健介が怖がるぐらいの拳を、いくら坂下でも今は出すことは出来ないだろう。坂下の身体の怪我は完治と言うにはまだまだほど遠いのだ。
「サクラさん、あんまり健介をいじらないでやってください。生意気ですが、彼女を巻き込まれると黙ってはられないでしょう」
「うーん、坂下ちゃんに言われたら引き下がるしかないか〜、ごめんね〜、こう見えても私、生意気な年下好きで好きで」
知ってるよ、そういうタイプの選手にところかまわずに声かけてたしな、と健介は心の中で思いながらも、曖昧に頷いて流した。正直、つい口に出てしまった悪態を恥じていたりする。柄が悪いのを駄目だとは思っていないが、先ほどはサクラの言葉を流すつもりだったのに、ついかっとなってしまったのを恥じているのだ。しかも、その後に坂下にフォローされるなど最悪だった。穴があったら入りたいとはこのことだった。
この女が一筋縄じゃいかないのは知ってるが、そっちの格闘バカの姉も、一筋縄じゃなさそうだな。
こう見えても、健介のガンは恐い。脅しだって、相手を怖がらせないと意味がないのだ。少なくとも、普通の女子高生相手なら、十分に怖がられるだけの迫力はあったはずなのだ。それを横から見て、柔らかく笑ったままでいられる初鹿の異常さは、目立たないからこそ異様だった。とは言え、それはあの格闘バカの姉と思えば、不思議ではない気がするのだから、やはりバカの存在は偉大だ。同時に邪魔で面倒ではあるが。
ちなみに、健介としては、この状況を好ましい、とは思っている。しかし、それはあくまで、坂下に少しでも恩を返すことが出来ていると思っているからだ。正直、いくら綺麗でも、横の二人はいらない。
そんなときだった、健介としては背景としか思っていなかった通行人が、坂下達に声をかけてきたのは。
「ねー、彼女達、俺達と遊ばない?」
健介がそこにいるというのに、まるで目に入らないような態度だった。
普通、ナンパは無理なことはしない。少なくとも、メンツの中に男がいれば、どれほどの上玉でも声はかけない。成功などする訳がないからだ。お話の中では、相手の男にケンカを売るような形を取ることもあるが、あれはあくまでお話の中の話だ。連れの男にケンカを売ってぼこぼこにしたとしても、その女の子達と楽しく過ごせる訳がない。そもそも、街中でケンカをすれば警察のお世話になるのだ。バカでも考えれば分かりそうなものだ。
三人組は、皆日焼けをして、耳にはピアスをつけ、決して柄がよさそうには見えなかった。
「悪いが、部活の合宿だ。他をあたってくれ」
坂下は、三人組のその男達を威圧するでもなく、当然おどおどするでもなく、堂々とした態度で、普通に受け答えする。
「そんなこと言わずにさ。この近くに、けっこう雰囲気のいい喫茶店あるからさ、そこでお話しようよ」
「そうそう、そこの男なんて放っておいてさ〜」
「もちろんこっちのおごりだからさ、ほら、丁度三人同士だろ?」
男の一人の手が、一番大人しそう、に見える初鹿の腕にかかったのを見て、健介はその男の肩を掴む。
「おい、ナンパなら別のを当たるんだな。こっちは部活中だ」
「……ぁあ? なんか言ったか?」
正直、本物達を見て来た健介から見れば滑稽にしか見えないのだが、肩をつかまれた男は、健介をにらみつける。
「何、こいつ? 一人でいきがって俺らの邪魔しようっての?」
「なあ、やっちまおうか?」
「肩つかまれたし、正当防衛だろ」
一人でも男がいるのにナンパをしてくるということは、ナンパが目的ではないか、無理やりナンパすることに抵抗がないか、どちらかだ。これを見る限り、後者だった。
つまり、こいつらはケンカするのも無理矢理女の子を連れて行くのも問題ない、と思っているバカ共だ。
「おらっ!」
中の一人が、有無を言わせずに健介に殴りかかってきた。健介は、それをあっさりと避ける。
「あ? よけんじゃねえよ」
健介は、二、三秒ほど怪訝な顔をして、やっと納得したように手を叩く。
「……ああ、ケンカか。そうかそうか、ケンカなのか」
「ああ? バカか、こいつ?」
「俺らが恐くて現実みえてねーんじゃねえ……」
男の言葉は、途中で止まった。健介の顔に浮かんだ凶相に、言葉が切れたのだ。口元をつり上げながら、健介は笑う。そこには、空手部で無様な姿をさらしている男の姿はなかった。
「……いや、悪かった悪かった。何か、最近そういう世界から遠ざかってたんでな、思わず確認しちまったよ」
「あ、何だ、こいつ……」
男達は、自分達が数で勝っているというのに、気圧されていた。
まあ、当然だ。健介は、並のスポーツマンとは違う。ケンカを生業にしていたと言ってもいいほどの非常識な高校一年生なのだ。マスカレイド十五位、九位のアリゲーターを相手に奥の手を使わせるほどに追い込んだビレンは、素手であろうと多少の怪我があろうと、そこらのちんぴら三人に負けるようには出来ていない。
結局のところ、健介はケンカが好きなのだ。それは強い相手と戦うのも、バカ共をのすのも違わないぐらいには。
「なあ、ちょっと痛い目見させるぐらいいいだろ?」
それでも、坂下に確認を取るだけ、成長したのだろうと健介本人などは思うのだが、さて、それに同意してくれる人がどれほどいるものか。
いや、健介としては、この男達に感謝して欲しいぐらいなのだ。バカ共が声をかけたのは、ちょっと格好いいだけの少女ではないのだから。
続く