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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(30)

 

「なあ、ちょっと痛い目見させるぐらいいいだろ?」

 一応、部活で来ているのだから自重しよう、そう思った時期が健介にもあったかもしれない。しかし、結局、健介は腕力と暴力を好む質であり、さらに言えばこういう低脳共を相手するのに、遠慮などない。

「てめ、いい度胸じゃねえかっ」

 まあ、暴力に訴えるのは、向こうにも抵抗がないようで、それを聞いた瞬間に、三人で健介を囲む。はっきり言って、それでも健介は負ける気がしないし、そもそも、この中で一番危険な相手に背を向けた三人に同情すら感じる。

「あー、別にかまわいけど……ちょっと遅いかねえ」

 そして、坂下も案外そこらには非常識であり、健介がケンカするのを止める気はあまりないようだった。気にかかることと言えば、どうにも歯切れが悪かったことだ。

「あ? 何だよ、らしくねえなあ。言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ。まあ、今更止める気はないけどな」

「それはそうと、健介、かがめ」

 健介の言葉へ対する坂下の返答は、意味にはなっていなかったが、健介は反射的にその場にしゃがむ。考えることもなく、坂下の言葉に従うのは、恐怖政治の所為なのか、健介が素直なのか。まあ後者はなさそうなので、やはりねじ曲がった人間を真っ直ぐにするにはより強い力でねじ曲げるしかないのかもしれない。

「お?」

 健介を囲んだ三人が、健介の不可解な行動に気を取られはしたものの、一体何が起こるのかさっぱり理解できなかったのだろう、動きはなかった。だから、いきなり健介の頭の上から飛び込んで来た男のボディープレスに似た突撃に、反応出来る訳がなかった。

「「「おおおおっ?!」」」

 何が起こっているのかわからないまま、ナンパの三人組は盛大にその飛んできた男と一緒に砂の上に盛大に叩き付けられる。まあ、何が起きているのかは健介にもわからないのだが、とりあえずは後ろからの不意打ちには対処出来たようだった。

「ぐ、はあ、し、死ぬ……」

 とか口をしながらも、その突っ込んできた男は、三人組よりも先に立ち上がり、息は完全にあがっているものの、それでも悠長に砂を払う。が、汗だくの身体にひっついた砂は手で払ったぐらいでは取れそうにはない。まあ、その長身のフラインブボディーアタックをまともに受けた三人は、砂がついた程度では済んでいないだろうが。

「……おい、御木本。てめえ、さっき俺狙わなかったか?」

 健介は、息も絶え絶えな御木本を睨み付ける。正直、健介も、まさか後ろから御木本が飛んでくるとは思っていなかった。あの格闘バカ、寺町ならばそんな可能性もあるとは思うが、御木本はふざけてはいるが、そういうタイプではない。

「くそっ、誰だよ、ランニング距離、十五キロに、設定したヤツは。死ぬかと、思っただろうが」

 健介の視線をあっさりと無視すると、御木本は顔を上げた。もちろん、そこに転がっている三人組でも健介でもなく、女性陣の方を見る。というかガン見である。さらに言えば、胸が不自然なぐらいに大きいサクラでもお嬢様のような初鹿でもなく、坂下の方ばかり見ている。

「思ったよりも早かったね、御木本」

「くそっ、好恵てめえ、何で準備運動の、ランニングがあんなに長いんだよ。おかげで、陸上部員も真っ青なタイム出しちまったじゃねえか」

 少しずつ御木本の息が整っていく。僅かな時間で息を整える、どれほどのスピードで走って来たのかはわからないが、御木本も流石と言えるだろう。

「ゆっくり走れば御木本のスタミナなら何も問題ないだろ?」

「バカ言え、この後好恵が水着を着るって聞いてるのに、悠長に待ってられるか」

 エロの信念は恐ろしいものがあると言える。いや、まあある意味純情なのかもしれないが。とりあえず、一途ではあるだろう。それで相手に好印象を与えられるかどうかは微妙なところではあるのだが。

 と、御木本はそこでがらにもなく照れたように視線を外して、鼻の先をかく。

「あー、何だ、俺が進めた水着もいいかなと思ったが、その水着姿は、それはそれでいけてるぜ」

 というか、横で見ている健介の方が赤面してしまいそうだ。御木本はもう少し女慣れしていると、有り体に言ってしまえば軟派だと思っていたのだが、どうもそれは健介の買いかぶりだったようだ。まあ、だからと言って御木本のことを見直す気にはなれない。そもそも、世が世なら健介の恋敵だったのだから、仲良くしようとはとても思えない。何より、先ほどいきなり後ろから、明らかに健介を狙って飛んで来たのだ。坂下の言葉がなければ、危なかった。自分を攻撃してくるような相手とは仲良く……まあそれに関してはあまり健介も言える言葉はないような気もする。

「まったく、御木本は、相変わらずエロいやつだ」

「エロじゃねえ!」

 坂下が、怒りもせずに御木本を一刀に切って取る。さすがに、御木本でもそれは否定したようだった。まあ、エロい気持ちがない訳ではないが、片思いの女の子からそう言われるショックは考えてみると大きすぎる。心が弱いと自暴自棄になってしまいそうなぐらいに痛いような気すらする。

「ま、水着姿を褒められたんだ、素直に喜んでおくよ」

「……ああ、そうしてくれ」

 坂下に完全に軽くあしらわれた御木本は、うなだれるように答える。それでも嬉しそうなのは、やはり坂下の水着姿を見れたからだろうか? しかし、あの包帯では、露出度も何もあったものではないのか、と健介などは思うのだが、そういう意味では、もしかしたら健介の方がエロいのだろうか?

 世の中には隠した方がエロく見えることもある。それが若い健介にはわからないのだ。いや、もうそっちまで話が行くと個人の趣味の話なのだろう。

「てめえ、何しやがる!」

「くそがっ、殺すぞ!!」

「一人増えたぐらいで勝てると思ってんじゃねえよ!!」

 先ほどまで空気であった三人組が立ち上がり、御木本に怒鳴り散らす。

 そう言われて、御木本はやっと三人の存在に気付いたように目を向け、先ほどまでの照れたような表情を消した。代わりに浮かんできたのは、鋭すぎる目。健介の柄の悪い部類の視線とも違う、こちらは、本当の殺気をはらんだ、冷たい目だ。

 思わず、三人はたじろぐ。健介の視線はまだ同じ種類のものであったが、御木本のそれは、明らかに常軌を逸しているのに、いくらバカでも気付いたのだろう。

 それはそうだ。最終的には三位にまで食い込んだマスカレイドの生え抜きカリュウ。健介だって一般人とは比較にならない強さなのに、さらに一回り以上強いのだ。健介は、御木本の正体は知らないが、それでも御木本の強さは感じられる。

 そして、こっちの方が重要であるのだが、御木本は坂下の為ならば殺人もまったく厭わないのだ。坂下が止めていなければ、二人ぐらいは殺していてもおかしくない。そういう意味では、一番危険なのかもしれない。

「何だ、さっさと失せろ」

 まあ、後ろから突っ込んでくるぐらいだ。坂下達が質の悪いナンパに遭っていたのは理解しているのだろう。つまり、この三人は御木本にとって敵だ。

「ああっ? コケにされて黙って帰れると……」

 三人組が後先考えずに、足を踏み込んではいけない領域に足を踏み入れようとしていたとろこに、まるで救世主のようにそれは来た。

「はっ、はっ、はっ、はっ、さすが、御木本さんは、速いですね。俺が、置いて行かれるとは。やはりストライドと、体重の、差が大きい、のでしょうね」

 全力で走って来た御木本とそう違わない時間で走って来たので、さすがに息が切れて、いつもの笑い声も切れ切れだが、しかし、バカみたいに、失礼、バカなので楽しそうに笑いながら膝に手をついて息を整えている男一人。

「ふむ、やはり、御木本さんとは、一度本気で……おや、こちらは?」

 ある意味、この中でもっとも拳を振るうことに抵抗がないどころか喜びを感じる格闘バカ、寺町の到着だった。

 坂下に声をかけた時点で尽きているのだが、まあ、どっちにしろ、この三人の命運は尽きているようだ。

 

続く

 

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