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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(31)

 

「こちらの人はお知り合いで?」

 とうとう集まってしまった、浩之を除いた今回のメンバーの男の上から三人だ。怪我が治っていない健介はともかく、御木本も寺町も、まず外見からして強そうだ。少なくとも、同数になって戦いたいと思う相手ではないのだろう、男達はうろたえる。

 特に、寺町のがたいの良さと御木本の長身の外見は、それだけでも相手に与えるプレッシャーは大きい。基本的に、こういう手合いはケンカを売る相手を外見で決定しており、単純に強そうな相手にはケンカを売らないのだ。

 だが、こうなってしまえばその手も使えない。適当に頭を下げてさっさと逃げるという手もあるのだが、そんな殊勝なことができるほどの頭はなかったし、頭に血も上っている。それでも、明らかに有利でなくなった以上、このままではまずいと思ったのだろう。

「ちっ、数が増えちまった。ダチ呼ぶか?」

「せっかくの上玉なのに、分け前が減るけど、しゃーないか」

 ぱちんっ、と携帯電話を男の一人が開く。これも不良の常套手段だ。一人では二人には勝てない。そういうものなのを、経験で理解しているのだ。どれほどの人数が来るかわからないが、男達にとってはそもそも不利な状況で戦うのは論外なのだ。自分が必ず勝てる状態でなければ、戦おうとなどはしない。まあ、それはそれで正しいという話もある。

 しかし、色々と男達は間違っていた。とりあえず、まずはその理由を今行われたことから順におって説明しよう。

 男の手から、いつの間にか携帯電話がなくなっていた。抵抗どころの話ではない。何故自分の手の中から携帯電話がなくなったのかすらわからなかった。

 男が慌ててまわりを見渡すと、ナンパしようとした女の子の中で、上品な雰囲気を持った少女の手に、自分の携帯がこれ見よがしに握られていることに気付いた。

「お? てめえ、返しな!」

 男は殴りかかるような勢いで、上品そうな少女、まあ、言うまでもなく初鹿のことなのだが、に手を伸ばす。が、その手から、初鹿はスルリと逃れる。それこそ、幽霊か何かをつかんだように男に感じられるぐらいのスピードだった。

 柔らかい笑顔を少しも崩すことなく、初鹿は苦もなく男の手を逃れ続ける。男の仲間から見れば遊んでいるようにしか見えないかもしれないが、携帯を盗られた男としては必死だった。ただ、あまりにも初鹿が余裕を持って動くので、そう見えないだけなのだ。

「人が増えたからと言って愚弟とお二人が負けるとも思いませんが、面倒を増やすのも何なので、自重していただきますね?」

 そう言うと、初鹿は無造作に盗った携帯を寺町に投げ渡すと、いつもよりも少し重い口調で、寺町に命令する。

「昇、少し遊んであげなさい」

 いつもよりも口調が重くなったのは、内容の問題ではなく、寺町相手だからだろう。初鹿と寺町の力関係はもう完全に決まっており、つまり初鹿の言葉は寺町にとってみれば絶対に近いものがあるのだ。

「そう言われましても、姉さん、状況がわからないんですが」

 と言いながらも、寺町はぽいと無造作に、しかしスナップを効かせて、最小の動きで携帯を海に投げ捨てた。

「て、てめえっ!?」

「昇、ゴミを海に捨てては駄目ですよ。後から拾っておきなさいね」

「おっと、確かにゴミのポイ捨ては駄目ですね。後から拾っておきます」

 激怒した男のことをまったく無視して二人は会話をしていた。というか、状況がわからないというのに携帯を海に投げ捨てる寺町の行為はどうかと思われる。

「この人達は私達をナンパしようとしてんですよ。あまり質が良くなさそうなので、昇に相手して欲しいのだけど」

「子細理解はできませんが、とにかく遊べばいいんですね」

 初鹿も初鹿なら、寺町も寺町だった。まったくもって理解しているようには見えないのに、寺町は構えを取る。というか、ここにいる男の、残りの五人と比べて、明らかに浮いており、そして実に楽しそうだった。

「さあ、この寺町昇が相手だ。何なら三人がかりでもいいぞ?」

「てめ……ふざけやがって!! おい、やっちまうぞ!!」

 一人が完全にしびれを切らせて、前に行こうとしたとき、残りの二人は何故か前に出なかった。

「あ、どうした? とりあえず、こいつ三人がかりでたたんじまうぞ」

 三人がかりで寺町を囲むのはいいが、残りの二人に後ろからやられたらたまったものではない。しかし、そういう気配はなく、何故か向こうの二人は戦う気がないのか、目の前に立ちはだかる寺町の後ろに下がっていた。それでも、残りの二人は前に出ようとしない。

「ま、待てよ、俺、こいつ知ってるよ」

「あ?」

「あ、ああ、俺もこいつ知ってる。「一角」寺町じゃねえかよ、こいつ」

「……マジか?」

 それを聞いて、明らかにその男も及び腰になっていた。

「寺町、知り合いかい?」

「いえ、記憶にはない顔ですが。俺は人の顔を覚えるのが苦手ですからね」

 そういうことはさも偉そうにして言う言葉ではないだろう。寺町には今更の話だが。

「しかし、何だい、その恥ずかしい呼び名」

 エクストリームでは、くしくも同じような名前をつけられているが、それのことを言っているようには見えなかったので坂下は寺町に聞いてみた。

「ああ、いやー、恥ずかしながら、ちょっと高校一年のころまで街でケンカしてたんですが、そのときに付けられた名前なんですよね。正直、俺にはまったく理解できないネーミングセンスで、そう呼ばれるのも恥ずかしいんですが」

「……寺町に恥ずかしいという言葉があるのが、私は驚きだよ」

「坂下さんに、私も同意せざるを得ないですね」

 坂下の言葉に、初鹿まで同意する。酷い言われようではあるが、それだけ日頃の寺町が恥知らずなのだから仕方ない。

「やべえよ、こいつマジでつええよ。俺、五人がかりで負けたって聞いたことあるぜ」

「い、行こうぜ、こんなヤツに関わってられるかよ」

 逃げ腰になるのはしごく当然の話だ。外見以上に、

 それは、寺町クラスの強さを持っている格闘家が、素人のケンカに紛れ込んだのでは、素人ではどうにもならないだろう。まして、寺町はお上品な空手家ではない。自分でこそ空手以外は使わないが、相手がどんなことをしてきても、それを当然のことと思う懐の無駄な深さがある。ケンカでは、それは非常に効果が高いだろう。

「バカ言うな、ここまでやられて、黙って引き下がれるか、せめてこの女だけでも……」

 携帯電話を取られ、それを海に投げられたとなれば、怒るのは当然か。しかし、その指さしている相手は、下手をするとそこの寺町よりも危険な寺町なのだが。

「悪いことは言わない。俺と戦っておいた方がいいぞ」

「うるせえっ! 黙ってやがれ!!」

 同病相哀れむではないが、一番姉の恐ろしさを知っている寺町は、むしろ助けるつもりで男に声をかけた。だが、それは男にしてみればケンカを売られたとしか思えなかったし、そもそも、正常な判断など出来なくなっていたのだろう、寺町に、男は殴りかかった。

 もっとも、正常な判断をしたところで、寺町にケンカを売るよりは、そこの少女をどうにかする方が簡単だと思って、実際に手を出していたかもしれないので、あまりあてにはできない。どうあってもっと酷いことになるからだ。

 ただ、寺町に殴りかかるということは、寺町には、戦いに同意したものだと判断される。

 ぱしっ、と男の、そこそこのがたいのあるはずの全力のパンチは、寺町の手に、大して音もたてることなく、受け止められ、そして、万力のような力でその拳を寺町は握りしめた。別に、拳を潰すなどという非常識なことをしようとしている訳ではなく、ただ逃がさないようにしているだけだ。

 寺町は、それが当然であるかのように、右の拳を上に構えた。構えはしたが、すぐに打ち下ろしの正拳を使ったりはしなかった。まずは、男が拳をつかまれて逃げられないことを理解させ、かつ、これからこの拳で殴られることを、そして避けることもかなわないことを、理解するのを待っていた。これを素でやっているのだから、格闘バカはやはりあなどれない。

 状況を理解した男は、とっさに動く左腕でガードをかためようとしたが、もちろん、素人のそんなガードなど。

 ズバンッ!!!!

 上から真っ直ぐの軌道で打ち下ろされる拳は、とっさの素人のガードなどまったく問題とせずに突き破り、顔面に突き刺さった。

 すでに寺町は男の拳から手を放していたので、男の体は軽く三メートルほど吹き飛んで、砂浜の上に落ちた。まあ、後ろに吹き飛んだところを見ると、寺町は寺町で手加減したのだろう。これが本気で決まれば、体はその場で回転するはずだ。

「あーあ、寺町、やりすぎてないだろうね?」

「大丈夫です、こう見えても手加減には自信がありますから、意識はなくとも、鼻血ぐらいで済んでますよ」

 微妙な手加減が出来るほどに人を殴りなれているというのもどうかと思うが、その点に関して言えば坂下だって人のことは言えない。

 残った男達は、すでに真っ青になっている。まあ、人がああも簡単に吹き飛ぶことなど見たことがないだろうから、仕方ない。そして、この後に自分達も同じ末路をたどることになるのをわかっているのだ。

 が、他はどうか知らないが、坂下は鬼ではなかった。面倒事を増やしたくないというのもあったが。

「ほら、さっさとそいつを連れて帰りな」

「へ?」

 てっきりボコボコにされると思っていた二人は、坂下の意外な温情に間抜けな声を出す。

「おい、坂下。こういう手合いはちゃんとカタにはめとかないと、後から色々面倒だぜ。俺にまかせろよ、そっちで倒れてるやつが幸福に思えるぐらいにはしてやるぜ」

「ひっ」

 その希望を折るようなことを御木本は口にする。まあ、御木本にとって大事な大事な坂下をナンパしようとしたのだ。御木本としては当然の行為だろう。

「いいから、さっさと帰ってもらいな。ここにケンカをしに来たわけじゃないんだからね。御木本も寺町も自重しな」

「……ちっ、仕方ねえ。だけどな、そこのバカと俺を同系列に置くな」

 坂下に言われたのでは仕方ない、御木本は男達の前からどける。逃げようとすれば容赦なく張り倒すつもりで退路を断っていたのだ。

「まあ、そういうわけだ。今度からナンパするときは相手を見るんだね。ああ、それと」

 坂下は、そこで言葉を止めると、口元を吊り上げた。その一瞬で、坂下の雰囲気が変わる。それは、どちらかと言うと坂下というよりはそこで知らん顔をして遊んでいる綾香に近い、凶悪な笑いだ。

 ガンとか、そういうレベルではない。おどし、などというかわいげなものにも見えない。というか、本当にこれは人なのか、と疑いたくなってくるような、殺気。

「今度無理やりナンパなんかしているところを見たら、覚悟しておきな」

 こくんこくんと、男達は壊れた人形のように何度も頷く。何せアリゲーターですら精神崩壊に追い込んだような坂下の殺気に、耐えられるわけもない。

 俺に殴られた方がトラウマにならずに済んだんじゃねえか? 御木本は、そう思うのだ。

 あまりにも危険なものをナンパしたにしては、まあ、最小限の被害で済み、男達は五体満足で帰ることが出来た。それを幸福と呼ぶかどうかは、また別の話ではあるのだが。

 

続く

 

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