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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(34)

 

「……何か向こうは楽しそうだな」

「そうですね、男としてはあこがれるものもありますね」

「そうか? 俺はどっちかってと薄ら寒いものを感じるんだが……」

 あちらの状況は昼食だけにしては混沌としているが、こちらのメンツもかなり混沌としていた。そもそも、今話をしている三人から、かなりカオスだ。

 御木本に中谷に健介。今話をしていたのはこの三人だ。それぞれに、ヤキソバを手にしてそれを口に運んでいる。いや、男三人であれば、寂しい、または見慣れた食事風景なのだろうが、考えてみればこの三人は交わらない。御木本と健介など、下手をすれば中谷よりも疎遠になりそうな組み合わせだ。

 まず、そもそもあちらで騒いでいる部員以外は、こちらに集中している。もともと三人ではないのだ。

 御木本はいやに綺麗に作られた、まるでお店の試供品のようなヤキソバを手に、下品にというよりはやけになったようにかきこんでいる。見た目は美味しそうなのに、御木本はまったく美味しそうに食べていない。まあ、自分が作ったものなど、うまそうに食べる理由もない。というかこれを御木本が作ったという事実が恐ろしい。まあ、小器用そうではあるので、坂下が作るよりは驚きは少ないだろう。

 中谷の手にしているヤキソバは、御木本のそれには見た目こそ劣るが、まあ普通のヤキソバだ。見た目から味がわかる分、安心は出来る。ここでネタに走らないあたりが空気になる所以なのだろうが、中谷はそれをむしろ良しとしているので問題はないだろう。

 そして一番悲惨なヤキソバを食べているのは、健介だ。明らかに焦げている部分と焼けていない部分がまざり、入っている具は大きさがバラバラ、一体どう作ったのか、ハシで持ち上げる先からぶちぶちと麺が切れている。本人は料理も出来るので、こんな見た目からあれなものを食べる理由はないのだが、それを一応彼女である田辺が作っているのだ。田辺作、見た目でまずそうとわかるヤキソバ。料理の素人というものは、不可思議なものを作るものである。

 田辺のがんばりは認めよう。そして田辺だって、その見た目駄目そうなヤキソバを、決して美味しいとは思ってない。

「あーあーあー、何も聞こえない〜〜〜〜」

 ただし、聞く耳持ちませんという恰好を、本当に耳をふさいでアピールするのはどうかと思う。

「聞けよっ!!」

 健介としては、文句を言いながらも、食べない訳にはいかない。まあ、豚肉以外は別に火が通ってなくとも何とかなる。豚肉は……まあ根性だろう。お腹を壊したなら田辺が責任を持って看病してくれるはずだ。健介にはまったく嬉しくない話だ。それでもちゃんと食べるあたり、健介は彼氏としてはできているのだろう。

 で、その横では、まるで底なしの鍋に料理を注ぐかのように、大量のヤキソバがバカの腹の中に消えていく。バカとはまあ一人しかいない、格闘バカの寺町だ。で、作っているのは寺町のところの唯一の女子部員、健介は名前も知らない。健介自身が、それどころではなかったからだ。

 その女子部員は、なかなか料理する姿が様になっていた。流れるような手つきでヤキソバを作り上げていく。普通なら一人分とは決して数えられないそれを、午前中の練習がなかったかのように平気で平らげていく寺町のインパクトはそちらに目を向かせなどしないが。

 というか、寺町の方の部員は、誰もが食欲がなさそうだった。まあ当然だ。午前中からかなり厳しい練習だったのだ。元気なのは、寺町と中谷、そしてヤキソバを作るのに全勢力を傾けているその女子部員だけだ。多分、女子部員の方は後から倒れるだろうな、と健介はあたりをつけている。まあ、その方が午後の練習では楽が出来るだろうから、問題はないだろう。坂下だって、無理が効かない人間に無理をさせようなどとはしない、よな? と最後は疑問系になってしまう健介だった。

「……なあ、相談だが、そこのバカ二人殴り倒さないか?」

 何故か健介と寺町を指さして、暗い炎をともした御木本が、中谷に何か提案している。

「御木本さん、どうしたんですか?」

「いや、バカのくせにむかつくから、これは制裁が必要だろ」

「俺をそこのバカと一緒にするな」

 健介は、御木本の戯れ言に文句を言う。寺町という類を見ない格闘バカと一緒にされるのは御免被りたいが、まあ、健介だって、ここまで彼女を横にはべらせていれば、御木本でなくとも不評を買うのは当然か、とも思う。とは言え、御木本の精神衛生上の為に何かしてやる気などさらさらないし、まかり間違っても、田辺がそうしたい、というのを空気を読んで止めさせるなどしないが。

「ま、そこの畜生はせいぜい嫉妬してもらいましょうよ」

「お前は自重しろ」

 調子に乗る田辺の頭を、べしっ、と叩く。

「あいたっ、女の子殴るなんて、最低のクズね」

「あーそうとも俺はクズですよ」

 冗談で叩いたのだから痛くなどなかっただろうし、そもそも動いた健介の方が痛いぐらいだと思うのだが、それがわからないのか、というかまったく関係ないのだろう、御木本の負のオーラが強くなる。見せつけたつもりはないが、結果そうなってしまったものは仕方ない。

 あちらの一角とここの一角はあまり空気がよろしくはないが、まわりをみれば、他の部員達は、けっこうわきあいあいと楽しんでいる。顧問のつれてきた子供二人も、すでにまわりにとけこんではしゃいでいる。むしろほのぼのとした光景にすら見えるのだが。

 まあ、これも冗談ようなものだ。お互いに、隙あらば首を噛みちぎるような間柄でも、それはその関係で御木本とはうまくやっているのだ。正直健介には、御木本が何をそんなに不機嫌になっているのかわからなかった。

 御木本にとって、意味のあるのは坂下だけだろう。そんなもの、見ていればわかる。そして、御木本が見た目の行動からは想像もつかないほどに一途であることも理解していた。何というか、健介の現在の彼女、田辺にそっくりなのだ。正直、田辺がかわいく見えるほどの執着、と言ってもいい。

 が、あちらでは、坂下は綾香と話しているだけで、別段浩之が坂下に何かされている訳ではない。綾香がいくら怨敵であったとしても、坂下がそれを良しとして、近くにいる以上、不機嫌になるのはお門違いだろう。

 とすれば、御木本の不機嫌は別に理由がありそうだが。

 まさか、ランが藤田の近くにいるから、じゃないよ、な?

 ……いや、まさか、なあ?

 健介は、頭に浮かんだその理由を、そんなことを考えた自分に疑問を持って、否定した。

 御木本とランは、正直そりは合わないだろうが、しかし、男女という違いが奇跡的にうまく働いているのか、多分お互いが思っている以上に仲が良い。その大半の理由が、ランにとって御木本は敵になりえないことや、御木本にとっては、ランを自分に重ね合わせているから、だとかあまり心地よいものではないとしてもだ。

 ランと、藤田……ね。まあ無理だろ。

 同じマスカレイドの仲間で、さらに同じ空手部の仲間だから言うのではないが、健介はランのことを嫌いではない。争う理由がないのもあるが、仲間意識の強いランに、仲間だと認識されている自覚はある。

 だが、だからと言ってランが浩之につり合うか、と言われると、否、としか答えられない。反対ではない、ランは、浩之につり合わない。それこそ、致命的に。

 最低でも、姉さんと慕う葵ぐらいでないとつり合わない。最低でもなのだ、どれだけのものか良くわかるだろう。男の目から見ても、それほどの男なのだ。気に喰わない相手だが、だからと言って評価を曲げていては、勝利はおぼつかない。今戦えば、怪我がなくとも負けるだろう自覚があっても、それはそれ、これはこれだ。

 坂下や、怪物の綾香ならば、なるほど、浩之につり合うだろう。幸か不幸か、坂下は浩之にそういう気はないようであるが。関係ない話とは言え、坂下が浩之になびくというのは、考えただけでもむかっ腹の立つ話なので、健介としても勘弁願いたいが。

 しかるに、そんな浩之相手なのだ、ランは報われることはないだろう。御木本は、そりは合わなくとも仲は良いランの、その報われなさに、自分を重ねているのだ。御木本も、これこそ一番腹の立つ話ではあるが、相当な男だ。だが、坂下と並ぶと、さすがに見劣りする。

 愛や恋が分相応やお似合いという言葉とは無縁であることぐらいの経験は、健介もしてきたが、しかし、ランがうまくいくとは思えないし、それよりはましとは言え、御木本が報われるとも思えない。

 しかし、負けるとわかっていても、報われないと知っていても、歩みの止まるには、ランは若すぎるのだろう。健介は、ランと同い年とは思えないような達観でそれを理解していた。

 御木本が、ランに感じるもの、人はそれを同情と言う。

 過去、同情が物事を良い方向に進めたことなど、数少ないだろう。それでも、同情する方は我慢など出来ない。明日という近いものではなくとも、我が身のことなのだから。

 ま、同情はほどほどにしとけよ、と健介はがらにもなく忠告を考えて、健介らしく、口には出さなかった。聞かれれば答えただろうが、御木本はそんなことを聞いて来たりはしないだろう。だから、健介も言わない。

 それにしても、現実逃避しても、なかなかなくならないもんだな、これ。

 すでに完全に動くことを拒否したハシを前に、健介は仕方なく、流し込む為の飲み物を探し始めたのだった。

 

続く

 

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