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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(36)

 

「葵ちゃん、元気でやってた〜? 私はもちろん元気だったよ〜」

「それは聞かなくても分かる」

「そこの付属物には聞いてないよ〜」

 浩之は半眼で由香の言葉につっこみを入れるが、決して睨んでいるわけでもないし、鋭くもない、どちらかと言うと緊張感のないゆるんだ目をした由香に軽くあしらわれた。まあ、浩之とて由香と楽しくお話がしたい訳でもないのでまったく問題ない訳だが、バカにされているようで腹が立つのは変わらない。

 浩之は由香のことを苦手としているが、葵は由香と気が合うようで、二人の掛け合いも、冗談以上には思っておらず、親しげに由香に笑いかけた。

「本当に、少し会っていないだけなのに、久しく会っていなかったように感じますね」

「まー、何かと私も葵ちゃんも何かと忙しかったし。一応、こっちは仕事してる身だし、エクストリームの予選とかあったしね〜」

 そうなのだ、この見た目緊張感のない、まあ浩之相手には多少毒を持っているようにも見えるこの由香は、エクストリームの予選を二位で抜けているのだ。軽く言ってみたが、正直、軽い話ではない。それを軽く言ってしまう辺りが、由香の由香たる所以なのだろうが。

「あ、そういえば由香さん、予選通過おめでとうございます」

「ありがと〜、葵ちゃんも予選一位通過おめでと〜」

 何か葵と由香はきゃいきゃいと話をしている。いや、硬いところのある葵にはそういう擬音は似合わないのだが、そこに由香が加わると、そんな感じになってしまう。それだけ由香が特殊なのだろう。

「ああ、そこのおまけも予選通過したんだよね。ご愁傷様」

 何故か神妙に浩之に向かって手を合わせる由香。もちろん、どう見てもバカにしているようにしか見えない。

「どこをどうしたらお悔やみの言葉が出てくるんだよ。予選通過するだけでも喜ばしいことだろ」

 エクストリームの本戦に出たい格闘家は、沢山いる。三位だろうが何だろうが、本戦に出られるのなら、喜ぶのは当然のことだ。それほどに厳しい試合だったのだ。その激戦を、半分素人の身でくぐり抜けて来た浩之に対して、あまりの言葉だ。

「だって、予選三位でしょ? そんなのじゃあ、一回戦だって勝てないよ〜。負けに出るようなものでしょ?」

「……俺も日々成長してんだよ」

 けっこう痛いところを由香に突かれて、浩之は一瞬言葉が出なかった。由香の性格云々は置いておいて、その言葉の意味は確かに説得力があった。

 浩之は予選を通過したが、あくまでそれは三位としてだ。全力を尽くして、怪我までして三位だ。あの予選だけでも、浩之よりも強い相手が、最低二人はいるのだ。そして、本戦に出てくる選手は、同じようなレベルの予選を勝ち抜いた選手なのだ。単純に考えれば、本戦に出る選手の三分の二は浩之よりも強く、残りの三分の一だって、浩之の方が強いという保証はどこにもないのだ。

 一回戦を勝ち抜くことすら、困難を極めるのは、戦う前から浩之だって自覚している。だが、それを指摘されると、それはそれで痛いのだ。

「成長してるのはみんなだと思うけど〜?」

「……俺はのびしろがまだある……と思いたい」

 由香に言い返す言葉も、弱くなっている。確かに、浩之は自分が素人に近いことは理解していたが、それを理由にのびしろがあるとは言い切れなかった。浩之以上にがんばっている選手はいるだろうし、浩之以上に成果を出している選手もいるだろうことを、浩之は否定しない。

 まあ、その点を言えば、浩之の心配は杞憂だ。浩之以上に成長している選手は、実際にいない。浩之の素人レベルの選手は、そもそもエクストリームの予選を通過できない。浩之の天才性と合わさり、伸び率は、誰にも負けていない。ただし、それでも浩之が追いつけるかどうかは別の話だが。

 しかし、少なくとも二位という、やはり微妙な順位で通過した由香に対して、浩之は何も言わなかった。自分が言われたからと言って同じことを相手に言うような浩之ではない。その点は褒めてやってもいい。由香の手加減は期待できないだろうが。

「ま、そっちのはどうでもいいけど……そっちの子は、会うのは初めまして〜」

 ニコニコ笑いながら、由香は何の躊躇もなく、綾香に話しかけていた。

「来栖川、綾香ちゃんだよね?」

「ええ、初めまして。島田由香さん、よね? 葵から、話は聞いてるわ」

「初めまして、島田由香だよ。由香ちゃんって呼んでよ。エクストリームチャンプに会えるなんて光栄だな〜。私もテレビとかには出たことあるけど、エクストリームチャンプと比べると知名度は雲泥の差だよ〜」

 由香は綾香の手を取ると、興奮したようにぶんぶんと手を振りながら握手をする。こういうのを握手というかどうかは微妙だ。

「私もエクストリームの本戦出られるから、試合で当たったらお手柔らかにね〜」

「う〜ん、残念ながらそれは出来ない相談ね」

「あ、やっぱり〜? まあ、全力で戦ってお客さんの沸くいい試合にしようね〜」

 ちらりとだが、浩之は違和感を感じた。由香の物言いが、勝敗にはあまり関係なかったからだ。寺町を筆頭とする、のもどうかと思うが、ああ言う種類の格闘バカは、戦うのが楽しいと言う。それ以外の大半の選手は、勝ち負けに拘る。浩之だって勝ち負けには拘ってしまうのだ。

 しかし、由香は、お客さんの沸く、と言った。まあ、そこらが普通の格闘家とプロレスラーの違いなのだろうか。勝って賞金を稼いでもプロだが、プロレスラーは試合を見せることでお金を稼ぐのだ。プロとしても意識の違いがあっても不思議ではない。

 そして、実のところ、浩之は気にしていたことがあった。綾香と由香、この組み合わせは、どう考えても水と油、いや、何か未知の化学反応を起こしそうな気すらする。浩之の見立てでは、この二人は、絶対に合わない。そう思っていたのだが、この二人は、別に普通に話していた。実のところ、浩之にはそれが一番驚きだったりする。

 さらに由香が何か話をしようとしたところで、由香の肩に、手がかかった。

「……由香、何、遊んでるの?」

 そこにいたのは、息を切らせた、美人だった。歳のころは大学生ぐらいだろうか。セミロングのつややかな黒髪に、整った目鼻。身長は綾香よりもやや高いぐらいで、引き締まっていて均整が取れているし、胸の大きさも綾香に劣らないぐらいだ。しかし、その中で何より目を引くのが、その儚げな雰囲気。今にも崩れ落ちてしまいそうに見えるのは、息が荒い所為だけではない。

 綾香は並どころはトップアイドルと比べても外見では遜色がないが、それに匹敵するぐらいの美人だった。

「あれ、アヤちゃん? どうしたの」

「どうしたの、じゃないわ。先輩達が、呼んでる」

「あ、そっか。練習中だったね、これはうっかり」

 こつん、と由香は自分の頭をこづく。

「ごめんね、葵ちゃん、綾香ちゃん。練習中なので、今日はここまでで。まだ明日もここらで練習してるから、声かけてね〜」

 そう言うと、前を行く集団に追いつく為だろう、由香は軽やかに走り出した。アヤ、と呼ばれた女性も、軽く三人に頭を下げてから、由香と同じ方向に、やや重い足取りで走り出す。

「……へんなところで、へんなやつに会うもんだな」

「本当に、こんなところで会うとは思っていませんでした」

「ふ〜ん、さっきのが、聞いてた島田由香、ねえ」

 綾香は、由香が十分に自分達から離れたところで、剣呑な目つきになる。

「ん、綾香。もしかして、綾香のレーダーに引っかかったか?」

 強いこと、それ自体だけでも、綾香は興味をひかれてしまう。綾香も、かなりの格闘バカなのだ。ただ、それ以上に勝敗に拘るのだが。

「ん? さっきの島田由香? ああ、別にあっちには興味ないわ。私なら、百回やって百回勝てるもの」

 綾香は、あの由香を相手に、そう断じて見せるのだった。

 

続く

 

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