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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(38)

 

 異色、というか、そもそも、浩之は初鹿のことはともかく、サクラのことはよく知らない。二人で歩いているところを見ると、それなりに親しいのだろうというのは想像がつくが、サクラは会ったそのときから馴れ馴れしいし、初鹿も初対面でもまったく遠慮した様子がなかったので、実は今日初めて会ったと言われても信じてしまいそうだ。

「そういえば、二人は知り合いだったのか?」

 まあ、深く考える必要はない。ちょっと聞いてみればいいだけだ。初鹿がチェーンソーであることを口外するのは問題があるような気もするが、二人が知り合いかどうかを聞くのならば、そう弊害はないだろう。

「ええ、けっこう長い知り合いになりますね」

「まーね、偶然とは言え、実は小さいころからの知り合いなのよねー」

 と、マスカレイドの知り合いかと思ったら、思ったよりも長い付き合いのようだった。

「ま、それでも一緒に遊びに行くとかはほとんどないわよねえ。ちょっと歳が離れているしー。うう、どうせ私はおばさんですよ」

 自分で言って自分で傷ついているようだが、サクラも言うほどは歳を取ってはいない。せいぜい二十を超えたぐらいだろうが、どれぐらい違うのかは正確には分からないとしても三歳も違っていれば、確かに一緒に遊ぶということはないのかもしれない。ただ、さすがに実際に年齢を聞いたりはしない。蛇のしっぽを踏むことになる可能性を否定できないからだ。

 浩之がさらに別のことを聞こうとしたときに、綾香は急に思い立ったように言う。

「あ、浩之。何かたこ焼き食べたくなった」

「……いきなりだな。ていうかおごれって言うのか?」

 綾香の視線の先には、車で売っているたこ焼き屋が目に入る。時間も昼時なので、そこそこに人が並んでいる。暑い中で、ただ突っ立っているのはけっこう厳しい気もするが、日本人は我慢強いのだろう。

「もう、そんなこと言わないわよ。ちょっと葵と買って来るから、ここで待っておいて」

「え、私もですか?」

「私一人で並んでても暇じゃない。ほら、おごってあげるから」

「いえ、まあおごってもらえるのは嬉しいですが……」

 綾香は、困惑する葵を引っ張ってさっさと列の最後尾についた。葵も、途中からはあきらめたのか、綾香について列に並ぶ。もしかしたらたこ焼きの魅力に負けたのかもしれない。葵だって、あれぐらいで満足するとは思えないので、渡りに船なのかもしれない。

「あらあら、嫌われたかしら?」

「いや、そんなことはないと思うが……」

 初鹿が、まったく深刻ではない声と口調で、困った風もなく言う。確かに、初鹿が来たのから逃げるように綾香は離れていった。しかし、綾香と初鹿の関係はともかく、別に綾香が初鹿を苦手としている様子ではないし、であれば、綾香が逃げる理由もない。

 確かに、相手のペースを崩させる、という意味では、初鹿は綾香が苦手とする可能性はあるが、正直、この二人がどちらかが苦手とするほど親しくするとは思えなかった。初鹿はあくまでランと一緒のことが多く、ランは綾香のことが苦手なので自分からは近寄らないのだ。それに合わせているのか、初鹿も綾香とは親しくはしていないように見える。

「まあ、今回は、どちらかと言うと気をきかせてもらった、ようですけどね」

「そうだねー。こっちが何も言ってないのに、ほんとに察しがいいよねー。あれで気配りをするんならかわいげあるけど、そんなタイプじゃないよねー」

「ん?」

 綾香が気をきかせた?

「……何か、俺に話でもあるのか?」

 その手に鎖を持ち防具に身を固めればマスカレイド元無敗の一位、チェーンソー。初鹿自身のことは嫌いではないし、意地は悪いところはあっても、悪い人間だとは思っていない。しかし、気を抜くには、あまりにそれは異能。

 まあサクラの方はちょっと性格の方はアレだが、単にマスカレイドのドクターなだけなので、あまり警戒する必要はないのだろうが。

「ええ、別に話さなければそれでもいいのですが、とりあえずは知っておいてもらった方がいいかと思いますね」

「……」

「ふふふ、そんなに警戒しなくてもいいですよ。話半分として聞いてくれればいいですから」

 くすくすと初鹿に笑われて、浩之は少し赤面してしまう。確かに、警戒しすぎだ。初鹿が強いのは分かっているが、勝負でもしない限り、浩之の不利益になるようなことをする人ではないだろう。

「少し、こちらの方に不穏な情報が入って来てまして」

「不穏?」

「そ、坂下ちゃんが顔出しでマスカレイド出てたのは知ってるよね? まあ、その程度ならいいんだけど、坂下ちゃんってマスカレイドに出る前から、けっこう有名だったらしいのよね〜。しかも、マスカレイドであれだけ大暴れしたじゃない? それで、バカな人間が坂下ちゃんを狙ってるらしいのよ〜」

 どこかで聞いたことのあるようなことだ。そもそも、浩之だってラン達に襲われなければマスカレイドと関わることはなかった……とは綾香がいるので、どうも言い切れない辺りが微妙だが、少なくとも坂下の方は関わり合いにはならなかっただろう。

「それは……つっても、坂下、怪我してるだろ?」

 ぴんっ、とサクラは指を立てる。

「そこよ、そこ。普通はそれで引き下がるんだけど、何か怪我してるから今がチャンスだとか思ってる手合いみたいなのよね〜」

「……」

 まず思い出したのは、アリゲーターだ。坂下に負けた腹いせに、大人数で襲おうとしたり、人質を取ろうとしたりしたゲスだ。あれならば、確かに坂下が怪我をしたと知ればこれ幸いに襲って来てもおかしくない。

「あ、アリゲーターとは別口ね。というか、あのゲスは、坂下ちゃんが再起不能までに壊しちゃったし」

 自業自得とは言え、坂下を怒らせた報い、というやつだろう。どうなったか知りたくもないが、知るのが怖いというのもある。

「まあ、あくまでそういう情報がある、というだけで、本当に狙っているのかどうかは微妙なところだと私は思ってますよ」

「いや、だけどなあ」

 呑気な初鹿の言い様だが、浩之としてはそれで流す訳にもいかない。坂下には今までもそれなりに世話になっているし、それがなくとも、友達が卑劣な相手に狙われていると思えば、何とか力になりたいと思うのは当然のことだ。

「あの試合を見て、卑怯な手を使ってでも挑もうと思うような人間がいるとは、私は思いませんよ」

「あー……」

 まったくもってその通りだ。

 綾香と坂下の戦いは、すでに常人が挑もうとか思うようなレベルではない。あれを見て、それでも挑もうと思うような根性の座った人間はいないだろう。浩之や葵はちと異常な部分があり、まあ、後はどっかの格闘バカならばそれこそ喜んで挑みそうだが、あくまでそれは戦いたいからこそだ。勝ちたい、と思って挑むことの、何と異常なことか。

 口だけでも、あれに挑むと言うのには、相当な根性が必要な気がする。

「ま、あのクソ上司はそれでも放っておく訳にはいかないんで、私と初鹿ちゃんをつけた訳だけどね〜。おかげで海水浴に来れた訳だから、悪くはないけどね〜」

「空手部には御木本さんもうちの弟もいるので、心配はないと思いますけれど」

 何事も備えは大切ですから、と初鹿は話を打ち切った。

「……で、初鹿さんはいいけど、サクラさんは大丈夫なのか?」

 初鹿に勝てるような人間ならば、それこそ正面から戦いを挑むだろう。だから初鹿の心配はしなくていい。だが、サクラの場合、むしろ人質の心配をしなくてはいけないのではないだろうか?

「あ、平気平気。素手でも私の身体は凶器みたいなもんよ」

「凶器……ねえ」

 確かに、その胸はかなり危険だ。危なすぎる。

 浩之の視線に気付いたのだろう、何故かどこか嬉しそうにサクラは胸を隠す。というか、腕で押されて、余計に凶悪になっているのはわざとだろうか?

「やーん、また藤田君が獣の目で胸見てる〜。むしろ危険なのは藤田君自身じゃないの〜? ほら、後ろから綾香ちゃんが鬼の形相で歩み寄って来てるわよ〜」

 多分、サクラのその言葉が、浩之にとっては一番不穏、というか危険だった。それが冗談であれば、どれほど良かっただろうか。残念ながら、サクラは事実を述べただけだった。

 

続く

 

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