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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(51)

 

「修治の……」

「姉〜〜〜?!」

 その驚きたるや、この合宿の中で最高のものだった。それに満足したのか、修治の姉、武原彩子はうんうんと満足そうに頷く。

「うん、修治が何でこんな可愛い子達と知り合いなのかは知らないが、とりあえず有害になるには小さい男だから、今後ともよろしくな」

「姉貴、ついでに俺のことかなりけなしてねえか?」

「もののついでだ」

「ほんとについでかよ……」

 修治も、ため息をつくしかない。いや、普通の修治であれば、身体の動く限り言われたら言い返すし実力行使をする。その修治がまったく無抵抗だ。彩子はもう見ただけで強いとは分かるが、しかし、それほどのものなのだろうか?

「……に」

 ぷるぷると震えていた綾香が、口を出す。

「に?」

「似てない!!」

 彩子が強そうとかそんなことはどうでもよかったようで、誰しもが思っただろうことを口にした。

 確かに、体格は大きいものの、それ以外は似ていない姉妹だった。いや、不敵なところとか、そういうのは似ているのかもしれないが、主に容姿がまったく似ていない。

 修治は、醜悪というほど顔が悪い訳ではなかったが、ほりの深い角張った顔は、ごつい体格とも合わさって、非常にいかつく見える。浩之はそうでもないだろと思っていたが、実際のところ、女性受けするような容姿ではない。

 片や、姉と自称する、というか修治も言っているのだから本物の姉なのだろうが、彩子は美人だ。多少日本人離れした雰囲気はあるものの、街を歩けば、だいたいの男は振り向くだろう。その体格も合わされば、誰でも振り向くような気もするが。美形と言えるその容姿は、むしろ女性にこそ人気がありそうではあるが、美人であることにはかわりない。

「てか、本気で似てなさ過ぎ。修治、あんた間違って白鳥の卵の中に紛れ込んだんじゃないの?」

「俺はアヒルかよ。いや、まあ似てないのは認める。ダチが姉貴見るとみんな紹介してくれって来るが、姉貴が友達紹介してくれたことないしな」

「はいはいはーい、紹介されますよ〜!」

 そういえばまだ由香がいたのだ。修治もまずいこと口にしたなあ、と半分顔に出しながら、話題を変える。

「ま、だから紹介してやったら、一回でみんなギブしたからな」

「あたしとしては流石に初対面じゃ失礼だろうと思って、それなりに気は使ったつもりだよ。最近の若いのは根性がないね」

 俺と姉貴そんなに歳離れてないだろ、と修治はつっこんでいるが、いつもの切れはまったくなかった。

 まあ、それは美人かもしれないが、付き合おうとは思えないだろう。まず身長でつり合うのすら難しいし、それを満足できたり気にしなくとも、まあこれが一番重要なのだが、目の前にすれば、誰だって圧倒される。

「まあ、修治に似てないって言われれば、美人と言われてる訳だから、悪い気はしないけどね」

「はいはい、どうせ俺はブサイクですよ」

 ため息をついて皮肉げに言う修治だが、浩之の見立てではけっこう傷ついているように思えた。何せ、ついこの間ふられたばかりなのだ。容姿の話はけっこう酷だろう。

「特に」

 修治のへこみ具合を察しているのか満足そうに、いや察して満足するのもどうかと思うのだが、彩子は何の気なしに、言葉を紡ぐ。

「あの来栖川綾香から言われるとね」

「……何だ、私のこと知ってたんだ?」

 綾香は、ふーん、という程度で答えたが、目が先ほどよりも鋭くなっているのを、浩之は見逃さなかった。見逃すと、正直自分の命とかそういうものに直結するので、けっこう切実なのだ。

「こっちも客商売してるからね。人気のある格闘家は一通り知ってるよ。特に、綾香でいいかい? 綾香はビックネームさ。マスコミの反応が違う。うちのフロントも、何回かスカウトに行ってないかい? あんたほどの容姿と実力は、そうあるもんじゃないからね」

「プロレスねえ。話も聞かずに全部断ってるから、来てるかどうか分からないわね」

 プロレスは現在下火で、正直綾香のようなビックネームが欲しい。注目される為には、自分達の業界で育てた誰々などと悠長なことを言う暇はないのだ。しかし、綾香をスカウトするのは、何もプロレス業界だけではない。格闘技全般、どこだって綾香は欲しい。柔道に行けば軽い階級ではまずメダルは取れるだろうし、別に格闘でなくとも陸上でもいいのだ。女性のアスリートはそう多くはない。綾香ほどの才能ならば、合う競技であれば、何だって結果を残せるだろう。

 そのスター性は、芸能業界からの声も多い。それに関わらずとも、綾香を取材したいという記者は多いのだ。女子高生で、飛び抜けた美貌を持ち、そして本当に実力がある。これほど美味しい素材はない。

 来栖川家の力がなければ、かなり綾香の周辺はうるさいものになっていただろう。まあ、その程度のこと、一人で乗り越えられるほどには、綾香は天才な訳だが、いちいち対処するのがうざったいのには違いない。

 だから、何もプロレスを特別嫌っている訳ではない。が、綾香のそっけなさは、相手を不快な思いにさせるには十分なものだった。

 しかし、この場合は、彩子が人が出来ているのか、はたまたおおらかな性格であったのか、それをあっさりとスルーした。

「その綾香から美人と言われると、さすがに恐縮だね。自分でも顔は悪くないと思ってるけど、さすがに綾香と比べる自信はないわ」

 からから、と歯切れ良く笑う様は、先ほど修治をいじめていたとは思えない闊達さだった。

 確かに、彩子はけっこうな美人だ。それを言えば葵だってかなりかわいい。だが、こと容姿だけで言えば、綾香には正直及ばない。いや、人にはそれぞれ趣味があるので、綾香よりもそっちの方が好みだと言う人もいるだろうが、百人いれば九十五人は綾香がいいと言うだろ。綾香はそれほどの美人だ。

 考えてみれば、普通ならば違う世界の人間である。家のことも、知名度のことも、見た目だけ取っても、普通ならば浩之が関われるような人間ではない。しかし、何の因果か、浩之はけっこう、いや、かなり親密に、綾香に関わっていた。

 まあ、浩之が自分をどう評価するかはともかく、客観的に見れば、浩之は綾香に関わるに十分な資質を持っていると見えるのだが。

「……武原先輩、由香、見つかりましたか?」

 いきなり、今度こそいきなり、まったく気配を感じさせずに、いや、浩之が感じられなかっただけなのかもしれなかったが、彩子の後ろに、一人の少女が現れていた。

 容姿だけで言えば、綾香とすらためを張れるのでは、と思えるほどの美貌を持ち、しかし、同時に綾香とは違い、今にも壊れそうな儚げな雰囲気を持った少女。浩之にはいきなり現れたようにも見えたが、多分、幽霊とかではなく、その儚げな雰囲気が、彩子の無駄とも言える存在感にかき消されていたのだろう。

 その少女には、見覚えがあった。先ほども会った。しかし、どうしても、浩之にはその少女、いや、浩之よりも年上なのだろうが、今の姿は本当に同い年にすら見えない。身長も決して低くないのに、人とはこれほど雰囲気だけで見た目が変わるものなのだろうか。

 現れた少女、姫立アヤは、まるでこちらに視線を向けずに、淡々と、彩子の言葉を待っていた。

 

続く

 

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