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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(52)

 

「おお、アヤか。すまないね、いきなり珍しい人間にあっちまってな」

「珍しい……?」

 そこで、アヤもこちらに初めて気付いたように少しだけ目を見張ってから、遅ればせながら小さく頭を下げた。浩之もつられて頭を下げたのは、決してアヤの外見が綺麗だったからではない。反応しないと悪いのでは、と感じたのだ。

 それほどに、今の姫立アヤの姿は、儚い。男が守ってやらねば、と理由もなく思ってしまうのだ。いや、理解はしているのだ。浩之が初めて姫立アヤを見たとき、綾香と同じ、と感じたのは嘘ではない。しかし、今目の前にすると、あのときは見間違えただけなのだろうか、と考えてしまう。

「由香の……お友達ですか」

「ん、何だ、こっちも知り合いなのか。いや、あたしが珍しいって言ったのはこっちさ。一応、多分いらないと思うけど紹介しとくと、あたしの弟の修治だよ」

「や、やあ、アヤちゃんだっけ?」

 殊勝に修治が挨拶するのを聞いて、思わず浩之は吹き出した。その後、一瞬で浩之は修治に捕捉される。

「おい、笑うな。綺麗な子に紹介されて緊張しない方がどうかしてるだろ」

 小声で、ただしかなりどすの効いた口調でたしなめられる。いや、まあ間違いなく脅しているわけだが。

「修治のキャラじゃないだろ。だいたい、だったら由香の方にもう少しまともなアクションしてやれよ」

 由香のことは実にどうでもいい、というかもっと邪険に扱われてもいいと思うが、しかし、あまりのギャップに、突っ込まざるを得なかった。それほどに由香に対する態度とアヤに対する態度が違ったのだ。

 案の定、明らかにアヤに色目を使う修治に、由香はほほをぷうとふくらましているが、まあそれがどこから見ても演技にしか見えないので、やっぱり贔屓してやる理由はないかなあ、と浩之は考え直したりしていた。

 まあ、色目というのは言い過ぎだろう。普通ならば、綾香やアヤほどの美少女に頭を下げられて反応しない男はいない。そういう意味では、修治も普通の男なのだ。というか、そういうことにはむしろ弱そうだ。怪物の名が廃る。

「武原先輩の弟さんですか。初めまして、姫立アヤです」

 しかし、そんな反応には慣れているのか、まったくアヤは反応せずに、頭を下げる。見た目だけならば、礼儀正しい女の子だ。

「ああ、よろしくな」

 それを額面通りに受け取った訳でもあるまいに、修治はニコニコと答えるものだから、威厳などまったくない。というか、横で由香が怒るふりを止めて暗い笑いをしているのは、多分気にした方がいい。

 かわいい女の子に弱いのは男の共通事項とは言え、もう少しどうにかならないものか、と浩之は自分のことを棚に上げて思った。浩之だって、大概かわいい女の子には弱いのだ。凄く弱いとすら言える。

「あー、アヤ。あんたはあまりこいつには近寄らない方がいいよ。こいつ、女の子と見れば見境いないからな」

「姉貴、お願いだから根も葉もない噂をたてないでくれ」

 はっはっはっは、と彩子は盛大に笑う。まあ冗談を言っているのは分かるが、だったらせめて冗談と言ってやるべきだ。誤解されては致命的だ。もっとも、別に本気で修治がアヤを口説こう、などとは思っていまい。言っては悪いが、修治ではつり合わないし、そもそもアヤも簡単に男についていくようにも見えない。ついでに横にいる由香は物凄い邪魔をしそうだ。邪魔がなくったってうまくはいかないだろうが。

「しかし、アヤ。あんたはむしろこっちに紹介しとくべきだな。綾香、紹介しとくよ。一応こっちが本命の方のエクストリーム出場者、姫立アヤだ。アヤ、挨拶」

「初めまして、姫立アヤです」

 アヤは言われた通りに頭を下げる。それに、彩子は苦虫をかみつぶしたような顔をする。

「……アヤ、あんた理解してないだろ?」

「?」

 何のことか、まったく分かっていない、そんな風に首をかしげる。その仕草に、見ていた男達が琴線を震わせたのは秘密だ。

「……あー、こっちの子な。エクトリーム高校の部、前回の優勝者、来栖川綾香だ」

「……ああ、なるほど」

 やっと合点がいったのか、ぽんと手をたたいて、改めて綾香の方に目を向ける。

 儚げな雰囲気のままだった、しかし、目が合った瞬間に、綾香が目を細めたのを、浩之は見逃さなかった。

「改めて、初めまして。姫立アヤです。エクストリームに出ることが決まっています」

「初めまして、来栖川綾香よ。お互いがんばりましょう?」

 おそらくは綾香の方が年上、しかも相手はまがりなりにもプロ。だというのに、どこからどう見ても綾香の方が目上の対応をしていた。あまりにもアヤが儚げなので、まるで綾香がいじめているようにすら見える。いや、本当にそうなのかもしれない。現に、アヤはほんの少しだが腰が引けていた。

「おい、綾香。先輩面してアヤちゃんをいじめるなよ」

 たまらず、修治が助け船を出す。

「……修治、あんた、頭にうじでもわいた? それとも、そこまでこの子の気を惹きたい?」

「見たまんまを口にしただけだよ!」

 吐き捨てるように言った修治だが、正直あまり迫力がない。何せ、その気持ちがまったくないとは言えないからだ。いや、後ろ暗いことがなくとも、男とはかわいい女の子を目の前にしてその子をかばえば、後ろ暗いことがあるように取られても仕方ないのだ。それを修治も理解しているのだろう。

「で、紹介の必要がないこっちは、おまけでエクストリームに出るお調子者の島田由香だ」

「ひっど〜い、先輩。私だって、出るからには優勝目指しちゃいますよ!」

「まあ、あんたはお調子者ってよりもくせ者って感じだしな。言うまでもないと思うが、油断はしない方がいいよ。まあ油断しなけりゃ怖くもないけど」

「先輩、どっちの味方なんですか! 罰として修治さんに私と遊ぶように強制して下さい!!」

 いや、意味分からんし、と聞いている誰しもが思った。というか、どう見ても由香の場合キャラを作っているので、意味が分からないのもむしろ当然なのだろうが。

 当たり前のように、彩子は由香の言葉を無視する。

「ま、こんなお遊びは一度限りさ、せいぜい楽しんでやりな」

 そして、何気なく、かなり危険な言葉を吐く。そこは、まさに修治の姉、と言われても納得できるほどの、爆弾発言だ。少なくとも、綾香を目の前にして口にすべき言葉では、ない。

「……遊び?」

 ぴきりっ、と空間が凍る。綾香は、笑顔のままでも、言葉一つで十分なプレッシャーを放つことが出来るのだ。

 しかし、相手は修治ですらない、その修治が明らかに恐れるような相手だ。それに動じた様子もなかった。

「そ、遊びさ。エクストリームなんて、プロが出るもんじゃないよ」

 そして、さすがは修治の姉、いや、それでまとめるのもどうかと思うが、躊躇なく彩子は爆弾に、火をつけた。

 

続く

 

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