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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(60)

 

「弱い私なんて、歯牙にもかけてくれないじゃないですか」

 坂下がそれにすぐに答えることが出来なかったのは、一部はまさにその通りだと思ったからだ。

 まあ、寺町は正直恋愛事とは完璧にかけ離れていて、鉢尾のあからさまな態度に気付いていることだけでも驚かれるほどぐらいで、例え鉢尾が坂下と戦えるぐらい強かったとしても、それでうまく行くとは到底思えない。

 が、寺町が何よりも強さを一番重要視しているのだけは揺るぎようのない事実だ。どんなバカが見たって気付くほど、それこそあからさま過ぎる。素手で強い、それが寺町にとっての全てである。それは正しい。

 ……あー、めんど。

 鉢尾には悪いが、坂下はそう思っていた。恋する女の子というのは、何故こんなに面倒なのだろうか。葵ぐらいならばまだかわいいものだが、この鉢尾と言い、態度にこそあまり出さないが綾香と言い、面倒なことこの上ない。と一応乙女であるはずの坂下は思った。

 まあ、共感はまったく出来ないものの、坂下だって理解は出来る。鉢尾が不安に感じるのはもっともなことで、その不安を紛らわせる、というよりも、何とかしようとしていると自分に言い聞かせるために辛い練習をする、というのも、まあ心情よりは理解し易い。

 はっきり言って、坂下は解決策を持っている。所詮寺町は、格闘家としては全てが常識離れしているが、残念ながら人間性と言う意味では、まったくもってザコとしか言い様のない人物だ。変人だから普通は勢いに飲み込まれるだろうが、坂下はもっと危険で、もっと賢しい相手をずっとしてきたので、大した労力もない。坂下にかかれば、正直料理するのなど簡単だった。

 ぶっちゃけ、恋愛事でぶちぶち悩む鉢尾の相手をする方がよほど大変だった。何せ答えの出ない問題をずっと考えているのだ。面倒でない理由がない。

 ただ、だ。方法はあるのだが、正直、そうしていいものか、と坂下もやや悩むところなのだ。

 寺町と恋人になったとしよう。はっきり断言してもいいが、まず一般的な意味での幸福は訪れないだろう。寺町は、なるほど格闘家としては素晴らしいの一言につきるし、北条鬼一に目をつけられたのならば、格闘家としての未来も明るいかもしれない。しかし、それは幸福に結びついてなどいないのだ。

 例え、次に戦えば死ぬと分かっていても、寺町は戦うだろう。警察につかまると理解していても、拳を突き出されれば答えずにはおれないだろう。あれでも手加減はできるので、綾香と坂下の戦いのように、生き死にを心配しないといけないことはないだろうが、寺町が殺されることはあるだろう。

 何より、そうなっても、寺町はまったく後悔しないだろうし、鉢尾が恋人になったとしても、鉢尾のために立ち止まったりなどしないだろう。

 責任はある程度は果たそうとするだろうが、所詮、寺町にとっては戦うこと以外はおまけのようなものだ。目の前に戦いがあれば、些細なことでもそちらを、全力で向く。

 同じ異常でも、うまいこと世間にとけ込んでいる綾香と違い、寺町は単なる社会不適応者なのだ。

 まあ、それすらもバカと勢いと拳で切り抜けそうなところが、非凡と言えば非凡なのだろうが、余計にまわりは被害を被るだろう。さっさと社会から抹殺された方が、多分色んな人の為であろう。

 しかし、不幸になるからやめておけ、と言って、鉢尾が聞くだろうか? 聞く訳がない。坂下が拳でやったって曲がらないだろう。こうなった女の子の強情さは、おそらくは寺町に匹敵する。寺町のことを嫌うようにし向ける、というのはいつも一緒にいるならできないこともないが、学校は違うし、そもそも坂下の趣味ではない。

 でも、わざわざ女の子を一人不幸に導くってのもねえ。

 鬼の姉御と言われる坂下も、実際には鬼ではないので、人の不幸を好んで導いたりはしない。

 しかし、しかしだ。もし、鉢尾のことを考えないのならば。

 坂下の感じている面倒さの、十分の一も寺町に感じさせることができると思うと、少しは魅力を感じてしまうのも事実。

 ……というか、私にこんなに手間をかけさせて、自分は楽しそうに御木本を追いかけているのはどうよ?

 坂下は鬼ではないが、仏でもないので、面倒事を押しつけて来た相手に、それを再度押しつけ戻すことを躊躇したりしない。

 ただ、問題があるとすれば、鉢尾が被る被害だ。面倒事の当事者であろうとも、鉢尾を責める気にはならない。坂下がそうでない、というだけで、恋はどうにもならないことぐらいは分かっている。

 ……あー、でも、身体壊すよりはさっさと苦労させて別れさせた方がいいかな?

 そして、坂下はあっさりとひよった。だいたい、坂下も常識とは多少かけ離れても普通、とは言い難いものの、女子高生であり、他人の世話を一から十までやらないといけない義務はないのだ。それでも義理はあると思うだけ、坂下の責任感は強いのだろうが、それだって限界はある。

 さっさと見限らせた方が早いね。それに、それで別れないんなら、それこそ本物だったってことだろ?

 坂下は、実際経験がないので知らない。好きな人といれることが、どれほど幸福であるのかを。想像はできても、経験をしていない坂下には、さすがに理解しきれないのだ。だからまあ、本当ならばここまで悩む必要もない話だったのかもしれない。

 それに、これで鉢尾が不幸になったとしても、坂下を責めるのは、それこそお門違いだ。

 坂下は、練習を続ける部員達に、声を張り上げる。

「アイス取って来るから、練習続けてなよ!!」

「「「「押忍っ!!」」」」

 この熱いのだ、みんな冷たいアイスが来ると思えば、喜ぶに決まっている。もちろん、アイスも用意はしてあったが、もちろん本命はそちらではない。

 来い、と坂下は鉢尾に目配せする。鉢尾は、はっとして立ち上がった。まあ、他からはアイスを持ってくる手伝いぐらいの理由に思っただろう。流石空気をちゃんと読んでいる健介は、手伝いをしようとはしない。すでに慣れたもので、目配せすらする必要はなかった。坂下の教育が、骨の髄まで行き届いているらしい。

 さて、さっさとこの問題、解決しようかね。

 思わぬところで沸いた仕事を、坂下はやれやれという気持ちで、片づけに取りかかった。もしかしたら、余計ややこしいことになるかもしれないが、そんなこと、坂下の知ったことではなかった。鉢尾の練習量を減らすことは多分出来るので、頼まれたことはやったと言い張るつもりだ。

 まあ、それにしても。

 鉢尾には悪いとは思いながらも、改めて、坂下は思うのだった。

 寺町に惚れるとか、何て悪趣味な。

 

続く

 

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