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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(65)

 

「あー、生き返るわ〜」

 ちょっとおばさんくさいことを言いながら、綾香は湯船の中でん〜、と背伸びをした。

 今日三度目のお風呂である。と言っても、湯船につかるのは初めてだ。汗をかいてシャワーを浴びることはあっても、その度に湯船をはるというのはなかなか出来ない。まして、男女共同で使うとなればなおさらだ。けっこう設備の整った合宿場だが、さすがに風呂を二つ用意するのは無理だったのだろう。

 とは言え、合宿の度に掃除された浴槽は古いがけっこう綺麗にしてあるし、そもそもこうやってゆっくり湯船につかれるだけでも万々歳である。

 さすがにお風呂の中は混雑していた。部員が全員入ろうとすればそうなるのも仕方のない話だ。せめて身体を洗う時間をずらしでもしないと、一度には入れない。ここの空手部は何故か女子の方が多いので、男子はけっこう余裕を持って入れるだろう。

 と、綾香はそこでまわりからの視線に気付く。葵の視線もあるが、空手部の面々の視線も、何故か自分に集中していた。

「ん? どうかした?」

「いえ……分かっていたことですが……」

 葵はいくぶんしょんぼりした様子で、自分の胸を見ていた。多少の誤差はあれ、空手部の面々も同じような仕草をする。

「あらあら、皆さん、来栖川さんの胸がうらやましいんですね」

 一人、平然としてまわりを観察していた初鹿が、いきいなりそんなことを言い出した。

「やめてください、初鹿さん。本当のことだと言っても傷つきます」

 ランもうちひしがれた様子でぶくぶくと湯船につかっていく。

「というか、来栖川さん、凄いですね。胸もそうですが、どうやったらそんな体型維持できるんですか?」

 興味津々、という風に空手部員達が綾香を囲む。

 言うまでもなく、綾香のプロポーションは完璧と言っていい。好みの差こそあれ、綾香のそれは計算しつくされ、完成した体型と言っても良かった。スポーツを行うには胸が幾分大きすぎるのだろうが、そんなことははたから見ればうらやましいだけだ。

 また、綾香がその肢体をおしげもなくさらしているのだ。せめてタオルぐらいまけ、と言いたいところだ。まあ、ここに坂下がいればタオルを湯船につけるな、と言われそうだが。

 葵は悲しいかな自他共に認める幼児体型、最近は少しは成長してきたがそれでもまだまだ、だが、葵ほどではなくとも、部員も似たりよったりだ。確かに、空手部の辛い練習をしているので太っている者こそいないが、誰にも自慢できるプロポーション、と言うには皆自信がない。それは多分成長の問題ではなく、資質の問題だと思うと、余計に悲しくなってくる。

 ランは綾香と自分を比べてしょげているが、正直この中ではプロポーションという意味では上から何番目という感じだ。初鹿も同じようなものだが、こちらはそんなことをあまり気にしている様子がない。役者の違いというやつだろう。

 まあ、正直綾香と比べて勝てそうなのは、この中ではサクラの胸ぐらいだ。それだって大きい、というだけでバランスと言う意味ではいささか崩れている感がいなめない。まあ、大きければ大きいほどいいという人もいるので、サクラが悪い、という訳ではないが。

「気をつけていることがあれば、是非に」

 資質で負けている、というのは誰しも理解しているが、出来ることはやっておくのが、また人というものだ。というか、普通は努力なくして結果は得られない。その点、ここの部員達は教育が行き届いていそうだ。坂下の教えは何事にも通じるのだ。

「んー、そうねえ。ストレスをためない、てことぐらいかなあ。後は良く食べて良く寝るぐらいかしら?」

「……何か余計に太りそうなんですが」

 まったく参考にならないことを教授されても困るだけである。

「と言われてもねえ、私も健康には気をつけているけど、美容とかはせいぜい日焼けぐらいしか気にしてないし」

 しみ一つないすべすべの肌をしてそのいい加減なセリフに、部員達も、やっぱりこの人は違うのだなあ、と別の意味で違う坂下を知っているだけに思っていた。まあ、残念ながら体型や容姿は、努力で補えることよりも資質の問題が大きい。運動で新陳代謝を良くすれば肌は健康になるだろうが、肌の質自体はやはり体質に大きく左右される。体型で言えば脂肪は減らせても、骨格を変えることまでは出来ないのだ。

 まあ、綾香は何でもやりたいようにやっているので、ある意味精神的には健康な状態を維持できている結果、綺麗だとも無理矢理こじつけられないでもないが、そもそも綾香ほどわがままを通そうとすること自体が普通の人にとってはストレスになるだろうし、そもそも不可能だ。

「でも、そんなに綺麗だと、変な男とか寄って来て面倒じゃないですか?」

 私もそれぐらいのこと言ってみたいよねー、と部員達は笑い合う。まあ、綺麗なら綺麗で面倒事も多いのも確かだ。低ければ狙われるし、高くとも狙われる。世の中というものは、不便に出来ているのだ。

 ただし、あくまでそれは世間という荒波に対して、そこまで無理をできない一般人での話。

「まー面倒なのはいるわね。ま、私ぐらいになると色々と対処法もあるのよ」

 ふふんと鼻を鳴らす綾香に、さすがー、と部員達は素直に感心しているが、実際のところ、皆想像していた。それはもう強引な手で面倒事をぶちこわす綾香の姿を。見た目は美少女でも、あの坂下をして怪物と言わしめる少女が、まともな方法など使うとはとても思えなかった。

「でも、こういう男女混合のおとまりだと、女風呂のぞこうとかするやつとかいますよね」

 部員の一人の、何気ない冗談だった。いや、それはどこまで言っても冗談だった。フラグにもならない。

「ほんとにやったら問題になると思うけど」

 ランは、しごく当たり前のつっこみを入れる。まあそうだろう、女部屋に窓から入るとか、修学旅行ではおきまりと言っていいいたずらだが、実際やってしまうとけっこう笑い話にならない。ましてのぞきは完全に犯罪である。

「いやー、うちの部員にそんな根性のある男いないんじゃない?」

「あー、まあそうだよね。それに、坂下先輩がお風呂入ってないし」

 それは、坂下が入っていればのぞくとも聞こえるし、坂下が目を光らせているのにのぞける男などいない、とも取れる。それを聞いた者にどう理解するかはまかされていた。

「浩之もエロいからのぞきぐらいやりそうだけど」

「えー、ほんとですか? 藤田先輩ならちょっと見せてもいいかも」

「ああ、でも来栖川さんと比べられるかと思うと度胸ないわ」

 女三人で姦しい、とも言うが、ここまで集まれば、それはもう一種の公害レベルのうるささだ。女だけという状況もあって、内容もかなり聞きたくないようなものになってたりする。度胸がないだのエロいだのと言われて嬉しい男はいまい。

「御木本先輩は……まあ口ではどう言っても度胸ないか〜」

「そうだよねー」

 次々に男子部員は酒の肴にされていく。男がいたら自信喪失するかもしれない。げに女子は怖いのだ。しかし、こういうときに全然話題に上らない寺町は、ある意味信用されているというか、信頼のバカというか、さすがである。

 映像でもあればなかなか楽しい光景も、しゃべっている内容はまったく色気がないので、期待はずれもいいところの入浴シーンだ。かくも簡単に男の夢は破れるものなのだった。

 

続く

 

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