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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(69)

 

「あまり無理はしては駄目ですよ、鉢尾さん」

「は、はい、だ、大丈夫です。今日は練習はお休みさせてもらうことになりましたから、これぐらいはしないと」

 一応は、ちゃんと心配して言った私の言葉は、しかし、言われた方の鉢尾さんは恐縮する一方で全然聞こえていないようです。

「まあ、正直料理に関しては心強いんじゃない?」

 確かに坂下さんは料理は苦手というほどではないけれど、得意と言う訳でもないようですし、私はと言うと、坂下さんよりも下手でしょう。そう思うと、鉢尾さんの助力は何よりも心強い話ではあります。愚弟に料理を作る手際は、私からまさに見れば魔法にも見えます。

 とは言え、昨日暑さと疲労で倒れた人を手伝わせるのはどうかとも思います。一般的に見て。

 鉢尾さんの健康が良いのは、もちろん見て分かってはいます。とは言え、私とて医者という訳でもないので、注意は喚起すべきでしょう。坂下さんの眼力を持っても大丈夫と言っているので、安心はできますが、坂下さんだって万能ではありません。まあ、本人すら自覚できないこともあるでしょうし、そもそも聞いていないのではどうしようもありません。

 失礼、名乗りが遅れました。私は初鹿、寺町初鹿と申します。

 この姓がどうも愚弟を表す名前として使用され、寺町と言えばあの愚弟を指す、というのはいささか憤りを感じないでもないお話しです。おかげで私は名の方を名乗るしかないという状況なのです。まあ、どちらでもいいお話ですが。

 現在、私は坂下さんと愚弟の部活の合宿について来て、お昼の準備をしているところです。三十人を超える人間がいるとなると、さすがに一食作るのでもけっこうな重労働です。お昼はお好み焼きで、野菜と肉を切って冷蔵庫に入れておくだけなのですが、この作業だけでも二人ではいささかきつい作業でした。

 まるで申し合わせたように、というのは言い過ぎでしょうか、鉢尾さんが手伝ってくれると言ったのは、正直に申しましてありがたいお話でした。心配しているようでいて、私は一も二もなくそのお話に飛びついた訳です。

 さて、私が何故坂下さんと愚弟、それにランちゃんがいるとは言え縁もゆかりもない空手部の合宿に参加したかと申しますと、表向きは家事要員であります。こんな女らしいことはあまり出来ない私を家事要員とはそれはなかなかの冒険とも言えましょう。毒を作るほどではありませんし、愚弟の食欲を減退させるほども酷い訳ではありませんが、得意とは口が避けても言えないところでる。

 であるので、裏の理由が、もちろんございます。

 マスカレイド、一位、チェーンソーの出る幕なのです。一位、口にするにも少しお恥ずかしいお話しです。勝ったのではなく、上の二人がいなくなったからこその一位。しかし、それに不平を言うつもりは私にはありません。所詮、一位は楽しみのための方便に過ぎません。実質的な立場があれば、それがどんな手段によって手に入ったものだとしても、文句を言うつもりはありません。

 マスカレイド一位を一度でも経験した坂下さんを、怪我をいいことに襲って名をあげようという輩がいる、という不確定情報がこちらに入ったからです。

 ありえないお話ではない、とは思えません。もってまわさずに言えば、ありえません。

 来栖川さんと坂下さんの戦いを見て、マスカレイドの関係者であれば一位と二位の戦いであったのに見ないなどということはなかったでしょう、あの二人と戦いたい、と思う者はいません。私を含めて。

 まあ、私は坂下さんに負けた立場であるので、再戦、とも思わないでもないですが、少なくともしばらくの間はその欲求は出て来ないでしょう。興味のお話も含まれてはいますが、怖かった、というのももちろんあってのお話です。

 私をしてそうなのですから、本当にやろうと思う人間がいるとは思えません。

 それでも、私からしても興味よりも嫌味の方が上になる赤目さんがありえる、と判断した理由は、そのリアリティからでしょう。

 勝った来栖川さんではなく、負けた坂下さんを狙う、という部分に、信憑性を見つけてしまったのです。

 怪我のことは確かにあります、戦って勝ち易いのは坂下さんでしょう。もちろん誰も勝てるとは思いませんが、どちらが簡単か、という意味では坂下さんでしょう。

 口から大きいことを言うだけであるなら、来栖川さんを引き合いに出すべきなのです。どちらにしろ、本当にやれと言われれば無理であるのなら、より大きいことを言うべきなのです。いや、それも口に出来ない小物という可能性もありますが、ならば余計に、口だけでも坂下さんを倒すなどという言葉は出ません。

 本当に勝機を目指すならば、狙うべきは来栖川さんではなく、坂下さん。もっとも、それであっても正気とはとても思えませんね。

 まあ、私はそこらの折り合いがぎりぎりついたのが坂下さんだっただけで、やはり口だけだろう、と思っております。でなければ、坂下さんを襲うと聞いた、という中途半端な嘘が、たまたま赤目さんの耳に入ったのか、その程度だと思っております。

 そもそも、坂下さんがいくら怪我が酷い、文字通り三日三晩生死を彷徨った怪我、と言っても、負けるとは到底思えません。坂下さんが、来栖川さん以外に負けることはありません。世の中には、どうしようもない怪物がいるとしても、今度はそんな怪物が、わざわざ傷んだ状態の坂下さんを狙うとは思えません。私は異端ですが、道理は心得ています。

 でなくとも、合宿に来栖川さんがついて行くとなれば、もしそうであっても、私など役立たず以外の何者でもありません。

 来栖川さんがいなければいなかったで、どうも坂下さんにぞっこんなカリュウも、そしてうちの愚弟もいることですし、問題があったとは思えませんが。

 ああ、カリュウのことは見た瞬間にカリュウだと分かりました。マスカレイドで硬派を気取っているのに、坂下さんにデレデレだったので、あまりのことに吹き出しそうにはなりましたが、人様の恋路を笑うようなはしたない女ではありませんので、含み笑いに止めておきました。

 そう、むしろ驚きはうちの愚弟です。

 ああ、愚弟愚弟、愚かな弟と何度も言葉にしていますが、実際うちの愚弟はそれこそ何よりも愚かだとは思いますが、姉弟仲は良い方であると自覚しています。例え弟が姉にまったく頭が上がらない状況であるとしても、仲がいいと言えば弟は首を縦に振らざるを得ないでしょう。

 まあ、それはそれなりに冗談として、私は私なりに、弟の身を案じ、弟のことを愛してはおります。つまり自分の目の前をうろちょろしない限り放っておいても大丈夫である、という判断を下したということです。もちろんこれも冗談です。

 しかし、愚弟に興味があるか、と言われると、正直あまりありません。

 私は、自分を愛の多い女と理解しています。いえ、浮気をするとか、男を取っ替え引っ替えするとか、そういう聞きの良くないことではありません。

 家族愛、というのももちろんあります。我が家は誰もろくに家に帰って来ないぐらいに家に執着しない家族ではありますが、あくまで好きなことをやるために致し方なくそうしているだけで、暇があればちゃんと家には帰って来ますし、いつ会っても家族団らんが出来るのです。暇がいつあるのかは分かりませんが。

 私もそのような家族の一人であり、言わば趣味人、と言って良いでしょう。

 そして、私の愛は、興味、この言葉に尽きます。

 ランちゃんは素直でかわいくて興味が沸きますし、浩之さんはもうそこにいるだけで興味の対象です。坂下さんに興味が沸かない訳はありませんし、マスカレイドは今でも私の興味を引きます。そして、異能の技に、私は引っ張られるほどに興味を抱きました。

 私の愛は興味で生まれますし、私は興味の多い女です。つまり、愛の多い女なのであります。まあ、沸かないものには何一つ愛を示したりしないのが私でもありますし、釣り合いは取れている、と常日頃から思ってはおりますが。

 そして、ああ、これにはいかな私も興味を起こさずにはおれませんでした。

 まさか、愚弟を好きな女性がいるなんて!!

 

続く

 

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