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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(70)

 

 恥ずかしいお話なのですが、私は異性との付き合いの経験がありません。友人としてならばもちろんありますが、恋人として、というものは皆無です。本当に恥ずかしい限りです。いえ、もしかすればそれが良いという殿方もいらっしゃるかもしれませんが。

 しかし、別に殿方から誘いがない、と言う訳ではありませんし、そう思われるのは心外でもあります。せめて理想が高い、と言って欲しいところです。浩之さんが駄目だった以上、またしばらくは望めないとも思っています。それぐらいは好みにうるさいと思っていて欲しいです。

 さて、私がなかなか異性と付き合えないのは、これはまあ致し方のないことだとは理解しています。

 とは言え、まさか、あの愚弟に先を越されるとはまったく思っておりませんでした。それはもう心外を通り越して驚嘆に値するでしょう。

 が、私も一瞬我を忘れはしましたが、すぐに冷静さを取り戻しました。考えてみれば、あくまで愚弟を好きなだけであって、ここまであからさまであってそうでない、ということはありえません、愚弟が付き合っているというわけではないということです。

 もちろん、愚弟が異性に好意を寄せられること自体は天変地異と言ってもいいことではあります。しかし、付き合うとなると、また話は違って来ます。

 私はあくまで理想が高いだけでありますが、愚弟は異性に興味がない、いや、性に関してまったく興味がないのであります。

 それこそ、ある意味最大の異常でありましょう。不能と言う訳ではないでしょう。おそらくは、肉体的には何ら問題となる部分はありません。だからこその異常であります。

 環境や教育で変化はするとは言え、生物の本能を持たない、というのはあからさまに異常であります。生きることも食べることも寝ることも、自殺することでさえ、本能に従っているのには違いないのです。

 肉体的には何ら異常を持たないのに性欲を持たない。狂っている、と言って差し支えないでしょう。私は異端で異能を目指しましたが、愚弟よりはよほど常識寄りでしょう。

 いや、愚弟もただ単に人よりも性欲が低いだけで、女の私の前ではそういう姿を隠しているだけだ、と言われるかもしれません。

 そんな訳がありません、愚弟は確実にエッチな本を堂々と本棚に置くタイプです。使用頻度の関係で一番取りやすい目立つ位置に置くかもしれません。隠すなどという頭が回る人間ではございません。突き抜けたバカですから。小賢しい、とは対極の人間です。これは身内が保証しましょう。

 まあ、そんな愚弟でありますので、例え女性から好意を寄せられても、応えることはない、と断言できます。礼を完璧に欠く訳ではありませんから、最低限の断りは行うでしょうが、私で言えば、興味がない、と同じことです。愚弟はわがままを言う女性の存在をまったく欲することはないのです。

 そういう意味では、ある意味私と同じで、理想が高いとも言えましょう。私よりも理想が高いとも言えましょう。であるので、愚弟が異性と恋人という意味で付き合うことはない、と断言できるのです。

 愚弟に先を越されるのだけは阻止出来たのですが、別段それは喜ばしいことでもありませんし、何より、いささか不可解でもあります。

 愚弟に好意を寄せる女性がいる、まあこれは少しどころではなく私の理解の範疇を超えていますが、柔軟な私はそれを飲み込みましょう。愚弟がその女性と付き合っていない、というのは酷く理解が簡単です。そうなるでしょう。その理由が、愚弟が断ったのではなく、どうも態度はともかく、女性が口に出して告白をしていないから、というのも理解は易いです。告白には、ランちゃんを引き合いに出すまでもなく度胸とリスクを伴いますし、しばらく愚弟と一緒にいれば、まったく見込みがないことぐらいは、普通の頭であれば理解できることです。いえ、恋する少女は盲目とも言いますが、であっても、愚弟は分かりやすいほど分かりやすいのですから。

 ですが、私の理解の範疇を超えることが一つだけ。弟が、そんな女性を、まだ近くに置いていることです。

 これは思わず愚を抜いて愚弟を呼んでしまうほど、私の理解を超えます。

 愚弟が遠慮? ありえません。礼儀に則ったものならばありえますが、上下のない、愚弟にとっては自分が上だというのは考慮に入りません、関係であれば人間関係にすら容赦のないのがうちの愚弟です。邪魔であれば、速攻に切り捨てるだろうことは予測がつきます。愚弟はバカではありますが、だからこそ容赦というものを知りません。手加減出来るのは格闘技のことだけです。

 何もなく愚弟が多少でも遠慮するのは、おそらくは私相手ぐらいのものでしょう。これはバカにも勝るトラウマの結果であるので、参考にはなりえません。それすら多少の、がつくあたり、一度その精神構造を分解して調べておいた方が人類の為なのでは? と私が思ったのは一度ではありません。

 まして、これが一番重要なことなのですが。

 鉢尾さんには、私はまったく興味を持てない、ということです。

 料理はうまいのはわかります。性格も、悪いようにはあまり見えません。女の子らしいと言えば女の子らしいですし、私と話すときに緊張が表に出るのも、初々しくて好ましいと言えば好ましいです。

 しかし、残念ながら、私の興味を引くような人物ではないのです。

 これは鉢尾さんが悪い訳ではありません。私の興味は言葉通り興味でしかなく、私の好みでそれは決定されるだけなのですから、鉢尾さんはまったく責められる言われはありません。

 何と言っていいのでしょうか、酷く、普通なのです。それ自体は悪いことではないのですが、しかし、私が興味を持てないのは事実です。

 そして、言ったように、私は興味のあるものとないものとを明確に分けます。つまり、興味のない鉢尾さんに気遣いをする理由もなければ、したいとも思わないのです。冷たい女、と言われればそれまでのことではございますが、それが私でもあるのです。

 さて、とは言え、私にとっても難しいところではあるのです。愚弟に好意を持って、愚弟がそれを放置とは言え容認しているというものは、いくら愚弟のこととは言え興味をひかれるお話でございます。むしろ愚弟だからこそ興味の沸くお話でございます。

 しかし、その張本人である愚弟と、もう一人の張本人である鉢尾さんには、それはもうまったく興味が沸かないという、矛盾した状態に陥っているのです。

 興味の沸いたものには正直な私ではありますが、この事象には興味が沸くが張本人達にはまったく興味がないという矛盾した状態を、さてどうしたものか、と正直持て余しているのです。

 もっとも、であるからこそ、鉢尾さんにそれなりの態度を取っているとも言えます。私自身判断がつきかねるので、保留しているのです。でなければ、このようなおもしろみのない方と話を続ける、というのはいささか私にとっては苦痛であるのです。

「あ、あの、ええと、寺町……さん」

 意を決したような鉢尾さんは、私に話しかけて来ました。緊張がこちらにも伝わるぐらいなのに、野菜を切る手にはまったくぶれがないのは、少々面白みを感じます。

 まあ、この矛盾した状況は、それはそれで興味の沸く話ではあるので、今は不快と言うほどではありません。なので、私は柔らかい笑顔を顔に浮かべて答えます。

「初鹿でいいですよ、鉢尾さん。弟とかぶると呼びにくいでしょう?」

 というよりも、こちらの場所では寺町と呼ばれるのに多少違和感を感じるのもあります。すでにその名前がこの場所では愚弟を表す言葉になっているということでしょう。

「ええと、はい、では。あの、初鹿さん」

「はい、何でしょうか?」

 私にも個性というものがございます。柔らかさは私の個性の一つなのですから、基本的にはそれで受け答えするのは当然のお話です。少なくとも、チェーンソーとならない限りは、それは事実です。実際のところチェーンソーの状態でも多く言葉を発すれば意識しなければこうなってしまうわけですが。

 坂下さんが、会話に入ろうとせずに、我関せず、いえ、すでに全て分かった状態で手を出さないような顔をしているのが、いささか気になります。

「あの、折り入ってお話があるんですが、いいですか?」

「あら、改まって何でしょう? 弟と付き合うことになったのなら、別に私に報告はいりませんよ?」

 そんなことはないだろうけれど、という気持ちをおくびにも出さずに私は軽い冗談を口にする。そう、普通ならば軽口なのだろうが、聞いた鉢尾さんは硬直している。実に、初初しいとは思うけれど、しかし、やはり興味は持てそうにありません。

「あ、あの、そうではないんですが……」

 それは聞くまでもありません。愚弟とは言え、私はそれなりに家族のことは理解しているつもりです。愚弟が、現在鉢尾さんに応える可能性は皆無です。

 私は、実に興味深いようなまったく興味が沸かないような、矛盾した鉢尾さんの言葉に、耳を傾けました。少しは、興味のあるお話をしてくれることを祈りながら。

 

続く

 

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