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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(73)

 

 砂浜の上、いいように二人にもてあそばれる浩之。これが格闘技の為の特訓でなければ、いや特訓であっても、やりたいという男は多いだろう。しかし、浩之は喜んでばかりもいられない。実際にもてあそばれる方にとってみれば、これはかなりきつい。

 相手の背中に貼り付けた布を、相手の背中以外に触ることなく取った方の勝ち。このルールで、浩之は負けをきっし続けていた。

 それでも綾香はともかく、葵にはそれなりに持つようになってきたのは、葵も疲労がたまってきている所為だろうか。何せ、綾香が一分にも満たない時間で浩之の背中の布を取ってしまうので、葵もろくに休憩が取れないのだ。そして葵自身は、さすがに一分で浩之を崩すのは不可能で、結果、ほとんど浩之と葵の戦いになってしまっている。

 しかし、浩之は葵どころの比ではなく、ずっとやられっぱなしなのだから、たまったものではない。浩之だって何とかやりかえそうとはしているのだ。

 二人の強さは身にしみて分かってはいるし、自分の実力が二人にまったく届いていないのもわかっている、が、それで良しとするならば、浩之もこんなところで練習などしていない。というより、今日に限らず、今まで一方的にやられてきているのに、まだあきらめていない浩之の不屈の精神こそ恐るべきものだろう。

 かれこれ三分ほども浩之は葵と対峙して、まだ決着が着かないのだ。これは浩之にとってはチャンスとも言える。それだけ、葵が疲労して来ている証拠だった。

 と言っても、浩之はそれ以上に疲労しているのだから世話がない。スタミナは浩之だってあるつもりだが、葵と比べて勝てるほどではないのだ。スタミナで負けているのに長い時間動き詰めで、さらに砂浜という体重の重い方が不利な場所でやらされているのだ。正直、浩之が勝つ要素がない。

 掴むとかできればまだしも……これきつすぎるだろ。

 綾香には通用はしないだろうし、生半可なものでは葵にも通用しないだろうが、それでも、こうやって砂の上を飛びはね続けるよりは、捕まえた方が不利がなくなるのは確かだ。それでも正直勝てる気がしない、いや、打撃を禁止している以上、葵には負ける訳にはいかないはずなのだが、それでも勝てる要素が見つからないという、どうしようもこうしようもない状況だ。だが、それでもこうやって離れて動くよりはよほどましだろう。

 スピードでは、そりゃ負けてるとは思ってたが、ここまで通用しないとはなあ。

 リーチは確かに浩之の方が広い。リーチ内ならば隙なく攻撃できると思えば、それは決して小さな差ではないのだ。だが、砂の上では、それをうまく使えない。というよりも、うまく使わせてもらえない。

 足がとられてスピードが落ちているのは綾香も葵も一緒、綾香は何かズルでもしているようにまったく衰えた様子がないが、それでも葵が通常のスピードよりも落ちているのは間違いないのだ。

 であれば、足が取られても関係ない単純なリーチは効果がありそうなものだが、そう単純にはいかせてもらえない。

 葵の小刻みな動きで、足を取られた浩之は翻弄され、うまくリーチを生かし切れないのだ。下半身のバランスがどうしても崩れてしまうので、その所為というのもある。それに、いくらリーチがあろうとも、結局相手の横を取らないことには意味がない。いくらリーチに差があるとは言え、前から手を伸ばして布に届くほどの差はないのだ。

 反対に、葵は浩之の攻撃をうまく誘発させて、その隙を突いて一気に距離を縮めて来る。そう、そこも問題だった。葵が動く距離は、完全に浩之のリーチの外か、リーチがうまく生かせない中、そのどちらかなのだ。これではリーチなど、単なる邪魔以外の何物でもない。

 いや、結局、一番の問題は、浩之が葵のフェイントや動きに完全に翻弄されていることだろう。

 実力ではかなわない相手と戦わなければならない、それは初心者に毛が生えた程度の経験しかない浩之にとっては、避けて通れない部分だった。少なくとも、エクストリームの予選では、浩之が実力で勝っていた相手というのは多くはないだろう。少なくとも、一回戦以外は間違いなく浩之よりも相手の方が実力があった。

 その中を、浩之は何とかこじ開けて三位をもぎ取ったのだ。あの一日で驚くほど成長したが、しかし、それでも実力的にはまだ足りなかった、それを補ったのは、浩之の策だ。経験を逆手に取るその戦い方、決して正道ではなく、邪道な方法だが、それを浩之は武器として使って来たのだ。

 ようは、それと一緒なのだ。いかに相手の裏をかくか、と綾香も言っていた。ならば、むしろこれは浩之にとって有利な状況なのだ、と浩之は無理矢理自分に自己暗示をかける。はっきり言って実力で負け立ち回りで負けているのだから、まったく目はないのだが。

 その目がないところに、手をねじ込まなければ、浩之はいつまで経っても勝てないだろう。実力が上がるまで待つ? そんな余裕は、浩之の精神にはない。あきらめないとはまた違った部分で、浩之は頑固だった。

 それに、俺だって無策という訳じゃない。

 何もないところから勝機をつかむ、というのはさすがに正気ではない話で、少なくとも、このお遊びの名を持った特訓では、浩之は光明を見いだしていた。

 まず、ずっと二人と対峙して来て、一つ分かったことがあった。二人が、あまり足を上げていないことだ。そして、あまり強く蹴っていないことだ。ここぞと言うときには砂だろうが水だろうが足場にする、と言わんばかりに激しく砂を蹴る二人だったが、その前、浩之を崩すときは、そんなに強く砂を蹴らないことの方が多かった。しかし、浩之は何故かそちらの方が二人の動きが速いように感じていた。

 歩法については、雄三から教えはうけていた。浩之はバネがあり、それを有効活用するフットワークの方がいいだろう、という結論には達していたが、もう一つ、すり足の動きに関しても、ある程度は受けていた。

 簡単に言えば、単純なスピードは落ちるが、地面を蹴るモーションを消すことによって、相手に動きを察知されなくするのだ。

 予備動作があっては、どんな速いスピードでも対応させる。ならば、対応させないようにしてしまえばいい、というのが雄三の教えてくれたすり足の基本理念だ。もっと深い部分もあるが、今は蛇足でしかないから、とそれ以上は教えてくれなかったが、それでもちゃんと頭には残っていた。

 多分、二人はこのすり足の原理を使っているのだろう、と浩之はあたりをつけたのだ。雄三の教えを思い出すだけでなく、やられながらも二人の動きをつぶさに観察していたからこそ導き出せた答えだった。

 ただ、対処する、というのはネタが分かったからと言ってなかなか出来る物ではない。相手に動きを察知されない、というのが利点ならば、その利点がある以上、対処という方法は非常に相性が悪い。そしてさらにやっかいなのが、二人がそれを折り混ぜて使って来ることだ。片方に集中している状態で、もう片方に対処できるほどまでは練習をしてきていない、というかぶっつけ本番でやれる方がおかしい。

 と、どうしたものかと距離を動かしながら様子を見ていた瞬間だった、まるでその間だけ時間を切り抜いたように、葵の身体が浩之の横に半分まわっていた。

「うおっ?!」

 浩之は慌てて砂に取られる足で身体の向きを変えながら逃げたので、葵の手は空を切った。しかし、それもギリギリだ。葵に浩之ほどのリーチがあったら、布を取られていたかもしれない。持ち腐れにしている宝も、必要な人間にわたれば十分な武器となるのだ。

 今逃げられたのは、浩之に攻める気がなかったからだ。これを攻防の中でやって布を取られないようにするのは、実際問題無理だ。そうやって今まで連敗しているのだから、当たりをつけるまでもない。

「あー、おしいおしい。葵〜、浩之びびってるよ〜」

「うるせーっ」

 やじを飛ばす綾香に一言文句を言う間は、葵も苦笑しながら攻撃を仕掛けて来ない。まあ、それぐらいのお目こぼしはいいだろう。そもそもヤジを飛ばす綾香が悪いのだ。この瞬間に攻撃を仕掛けなかった葵を甘いというか、多分何も気にせずにこれ幸いとばかりに手を出していただろう綾香を厳しいと見るかは、他人にまかせよう、と浩之は思った。

 さっそく、向かって来るタイミングが読めなかった。やはり、砂を強く蹴った様子はなかった。モーションが小さければ、あのようにほとんど動きを認知出来ないのだ。しかし、そればっかり警戒しても、なかなかうまく行くものではない。

 これ、守るの無理なんじゃね?

 浩之は、先ほどの不屈の精神はどこへ、さっそく弱音を吐いていた。救いは、その弱音は綾香にも葵にも聞こえなかったことだろうか。

 しかし、弱音が先行するほど、確かに、この状況は絶望的だった。

 

続く

 

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