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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(75)

 

「駄目よ、浩之。踊り子さんにはふれちゃいけないって親に習わなかった?」

「んなこと教える親いねえ……いや何でもありませんすみませんでしただから殴らないで」

 胸ぐらを掴んで、どっかの格闘バカみたく拳を振り上げている綾香を前にして、浩之はあっさりと膝を屈した。誰だって綾香に胸ぐら掴まれて殴られそうになればそうする。素人相手ならばむしろごちそうさまと言ってもいいぐらい隙だらけの格好だが、相手は綾香だ。多分腕を取ろうなんかしたらその腕が破壊されるついでに何発か入れられるだろう。

「あ、綾香さん、もういいですよ。センパイには悪気はなかったんですから」

「いや、浩之のことだから、悪気はなくてもエロい気持ちはあったかもしれないわよ?」

「……」

「いや、何でそこで黙るの葵ちゃん?! かなり傷つくんだけど!」

 浩之がエロいのはもう周知の事実とは言え、えん罪、まあ触ってしまったのは事実なのだが、で責められるのは浩之とて本意ではない。ぶっちゃけ勘弁して欲しいところだ。

 事故とは言え、葵の胸を触ったのは悪いと思うのだが、組み手をしていればそれぐらいのことはたまにはある。葵の脚にマッサージをすることもあるので、身体に触られる程度では葵だって気にしない、というかそんなことでは組み技の練習など出来ない。とは言え、どちらも体勢を崩して動きが止まったところだったので、触った体勢で動きが止まるということはあっても、それが胸だったというのはなく、今回は事故としか言い様がない。

 まだ、浩之に余裕があれば何とか回避も出来たのだろうが、このゲームに勝つ為に、浩之は全ての神経を集中していた。身体能力の全てをつぎ込んだ後に動ける訳がなかった。

 浩之だって、もちろん触りたくない訳ではなかったが、あくまで同意の上でありたかった。事故とは言え、葵が許さない状態で触るのは嬉しくない……いや、まあそれでも役得と思ってしまっている辺り、浩之もどうしようもなく男なのだが。

 葵の胸の大きさは正直慎ましやかなものだが、成長途中だからなのか、そんなこと関係なくそうなのか、かなり柔らかかった。

「……やっぱ三発ぐらい殴っとく?」

 敏感に浩之の心情を読み取ったのか、笑顔のまま怒りマークをつけた綾香が腕をぷるぷると震わせている。

「だ、駄目ですって、綾香さん。それは、気にしてない訳じゃないですけど……練習だとこういう事故もありますし」

 確かに事故は何度か起きている。どういう事故か聞きたそうなので書くと、浩之に金的が決まった事故の回数がそろそろ片手では済まなくなっているぐらいだ。

「ほんと、葵は優しいわねえ。とっさに蹴りを出したのに、布を取るだけで許してるし」

 胸を触られた葵が悲鳴と共に出した蹴りは、浩之にはヒットすることなく、浩之の背中につけてあった布を蹴り剥がしたのだ。体勢を崩し、ガードの腕もない浩之に当たっていたら、冗談では済まされなかっただろう。とっさに葵が目標を変えてくれたおかげで、浩之は九死に一生を得たのだ。

「ほんとごめんな、葵ちゃん」

「はい、事故だから仕方ないですよ」

 浩之はどうしようもなかったとは言え、さわってしまった浩之の方に負い目があるのは間違いない。何度目かになる謝罪を入れる。葵は、それを苦笑しながらも受け入れてくれているのだ。

「ほんと、葵は浩之に甘いんだから。そのうち調子に乗るわよ?」

 いや、調子に乗ることはあるかもしれないが、葵は葵で許容範囲を超えると綾香よりも怖いかもしれないので、ちゃんと浩之に悪いことも返って来そうで安心だ。

「えっと、それはそれなんだけどさ……葵ちゃん、もしかして、蹴りでも最初から布狙えた?」

 最後の蹴りは、浩之から目標をそらしてたまたま当たった、というものではなさそうだった。最初から目標として、布だけを狙っていたからこそ、あそこまで綺麗に布だけを蹴り飛ばせたのでは、と浩之は考えたのだ。

「え、はい、狙えました」

 浩之と葵との戦力の中で、浩之が優れているのは、リーチだ。しかし、いくら浩之が男としてもリーチの長い方とは言っても、葵の脚よりも長いということはない。

 もちろん、浩之の脚の方が葵よりも長いが、残念ながら浩之の脚は相手の布だけを蹴り剥がす、などという芸当が出来るほど精度が良くない。

 打撃精度、というものはそれ一つで大きく差の出るもので、それに関しては浩之はまだまだ葵には届かない。それを可能にする空間認知能力などは高いが、練習量が圧倒的に足りていないのだ。あくまで葵と比べて、ということだが。

「てことは、手加減されてやられてたのか……」

 葵に手加減してもらわないと勝負にならないのはいつものこととは言え、直接打撃の威力の関係ない部分まで手加減されていたというのは、少しだけショックであった。

「いえ、手を抜いていた訳ではなくて、自分としても厳しい条件じゃないと練習にならなかったというのもありますし、それに脚を使えてもまわりこまないといけない今回のような状況ではあまり意味がありませんし……」

「あ、責めてる訳じゃないって。自分がふがいないとは思うけどな」

 しかし、葵は綾香相手にも同じ条件で戦っていたので、事実かなり厳しい条件をつけていたのだろう。こういう練習を自然にできる葵が強いのは、自然のことだな、と浩之は思った。

「そ、それじゃあ私も言いますけど、センパイも、すり足が出来たんですか?」

 葵をぎりぎりまで追い込んだのは、見せていたなかったすり足の動きを入れたからだ。

「あ、いや、それは見よう見まねで。一応教えられてたいたけど、練習はほとんどやってないな」

「見よう見まねって……そんなに簡単なものじゃないですよ?」

 原理を聞いて、真似るのは出来るだろうが、それを実際に使用し、成果をあげるとなると、ちゃんと練習しないと無理だろう。最低、使うタイミングを覚えるのだけは練習でしか身につかないはずだ。

「いや、さっきからずっとやられてたんだから、見る機会は多かったしな」

 しかし、浩之は違う。見たものを真似るのは所詮身体をどこまで自分の思い通りに出来るかで、お手本があるのを真似るだけは、浩之は誰よりもうまかった。

「……つくづく、神様は贔屓が酷いと思います」

 葵は絶句した後、大きくため息をつきながらそう言った。

 それはこっちのセリフなんだけどなあ、と浩之は心の中で思った。

 綾香は、どっちもどっちねえ、と自分のことを百人乗っても大丈夫そうな棚に上げて思うのだった。

 

続く

 

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