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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(78)

 

 これは試合ではない。だから、相手の出方を待つ、などという手を使う意味はない。そういう駆け引きは、あくまでルールがあればこそだ。腕で防御するのは素手に対しては効果はあるだろうが、刃物相手ではあまり意味がない。実戦は先手必勝だ。だから、御木本が何の躊躇もなく飛びかかろうとしたのも間違いではない。

 それでも、決して無様な姿では動かなかった。攻撃するのに躊躇がなくとも、あくまで身についた技は生きてくる。半身の構えから、必殺の突きを放とうと動きだし。

 ぎこちない動きの後、御木本は突撃を止めた。まるで、そこに見えない壁があったのかのような急停止だ。

「へえ、これで止まれるんだな」

 ほとんど構えとも言えないぐらい浅く構えた修治が、ニヤニヤしながら怒りと驚愕に顔をゆがめた御木本に実に親しげに声をかける。完全な挑発だが、しかし、御木本は前に出られなかった。

 これを見てどっちが悪役だか分からないが、少なくともどちらも積極的に悪役という訳ではないので、不利有利はともかく、単なる見た目では御木本に軍配が上がるか。

 よく止まったね、御木本。

 もちろん顔のことなどまったく関係ない坂下だが、けっこう御木本の動きには感心していた。

 坂下には、はっきり見えたのだ。あのまま前に出た御木本が、完璧なタイミングでクロスカウンターを受けるのを。坂下の見た感じ、気持ち程度しか手加減がされないだろうそれを受ければ、御木本と言えども一撃だろう。

 坂下の目を持ってしてすれば明らかだったことだが、しかし、攻め込むのをうかつと言うのはいささか酷だろう。何せ、修治はそれを必殺の気持ちなど一つも込めずに、普段通りの動きとしてやろうとしていたのだ。これは、止まることの出来た御木本を褒めるべきだろう。

 まあ、それでも本気で初動を消すつもりなら、御木本も止まれなかっただろうけどねえ。

 手加減の方はあまり期待できないが、修治には本気で御木本をどうこうしようという気持ちはないようだった。まあ、多少人の話を聞かなかったことにお灸をすえる……にしては少々感情的にも見えたが、別に坂下は御木本の保護者でもないので、御木本が自分の所為で痛めつけられるのは仕方ないとすら思っていた。

 一応、完全な被害者であるはずのこっちの男は、これだけの強さだ、気を遣う必要はなさそうだしね。

 一合相まみえるまでもない。さきほどのやりとりで、実力の差は明らかになったはずだ。御木本はどれだけ頭に血が上っていても、分かり切った実力を見誤るような低脳ではない。

「ほらほら、どうした。もう怖じ気づいたか?」

 が、そんな思いを無視するかのように、修治は手招きして御木本を挑発する。

 いやあんたが挑発してどうする、と坂下は言葉に出さずに突っ込んだ。安い挑発に乗る御木本ではないが、これではどっちが悪いのか、分からなくなる。

 そして間の悪いことに、残念ながらというのも何だが、御木本は低脳ではないので、安い挑発に乗ることはなくとも、優先順位ははっきりと決めることが出来たのだ。

「それぐらいで、怖じ気づくかよ!」

 あ、と思う間もなく、御木本は修治につっかかって行った。まさかこう来るとは思っていなかった坂下には、止めることが出来ないスピードだった。

 短距離で助走をつけると、御木本は修治に向かって飛び蹴りを放つ。

 ジャンプした所為で、頭はクロスカウンターを受けないような位置にまで上がったが、しかし、そんな隙だらけの攻撃を、修治が受ける訳がなかった。

 修治は、それでも十分脅威であるはずの御木本の飛び蹴りに、軽くひょいと腕をかけると、最初と同じように御木本を高く放り投げる。不意打ちでもそうだったのだから、正面から受ければ修治には造作もないことなのだろう。

 御木本は、やはり空中でバランスを取ると、華麗に着地し、その勢いのまま、さらに修治に突っ込んだ。

 必死とも思える御木本の突進だが、修治はそれを涼しい顔をして待ちかまえる。それほどに、実力に差があるのだ。修治から見れば、御木本であろうとも、遊ぶことの出来る相手なのだ。

 だが、その隙を突かれる可能性があった。坂下は兎を狩るにも、せめて食べる肉が残るぐらいの努力はするが、今の修治は、一度捕まえた兎を逃がして遊ぶぐらいの気持ちだった。それぐらいの油断はしていたのだ。

 御木本は、修治に向かって突進する勢いを殺すことなく、器用に砂を修治に向かって蹴り上げた。試合ではないのだから、砂をけり上げるぐらい、常套手段だ。この手の小細工の器用さは、さすがと言える。

 修治は、それを慌てることなく、手ではじく。まるでよごれを拭き取るかのように、修治が手をふると、その部分の砂が止められ、修治の顔にはまったく届かなかった。

 だが、目的は十分達していた。ようは相手の視界を少しでも遮れば良かったのだ。

 飛び蹴りが効果があるとなどははなから思っていない。しかし、上に意識を集中させれば、下がお留守になるのは当然のこと。そこで、さらに砂で視界を封じれば、十分に隙は生まれる。

 そうやって十分に入り込むタイミングを作り上げ、修治に向かって低い姿勢から蹴りを放っていた。狙いは、修治の金的だ。どれほど鍛えていても、そこに一撃入れば、男は耐えることなどできない。

 ただ、問題は、二人の実力差が大きすぎた、ということだ。

 そんな陽動などまったく意に返さないかのように、修治は向かって来た御木本の脚を手で受け、そのまま掴んだ。御木本が脚を引く間すらなかった。

「どうも投げるだけじゃ効果がないようだな。多少痛いかもしれないが、ケンカを売ったのはお前の方だしな」

「なっ……」

 御木本が何か言い返す時間はなかった。巧妙で力強い動きで、御木本の身体が、地面から引っこ抜かれたのだ。

 ズドンッ!!

 修治は、片手で地面から引っこ抜くようにして持ち上げた御木本の身体を、地面に叩き付けた。御木本はとっさに受け身を取ったが、そんなものなどほとんど意味をなさなかった。

 御木本だって、決して弱い訳ではない。しかし、言葉通り、まったく相手にもならなかった。

 修治相手に、あの程度のフェイントで効果があると思う方が悪い、とも言えるが、しかし、御木本だってそれを分かってはいたのだ。

 トリッキーが動きが通じるような相手ではない、そんなこと、対峙すれば御木本にだってすぐに分かっていた。というか、そもそも勝てるような相手ではないことぐらい、すぐに理解した。

 だが、だからと言って止まることは出来ないのだ。

 まあ、それでも相手が悪い、としか言い様がなく、さらに言えば、この相手には、正直躊躇などという言葉を求める方が間違っている。

 それが証拠に、地面に叩き付けられて動けない御木本に向かって、修治は足を持ち上げていた。

 

続く

 

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