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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(80)

 

「……ああ、俺も、少しばかり興味があるな」

 修治のその言葉は、一瞬、当然か、とも思えたが、実際のところ、ありえない言葉であった。

 坂下は、修治のことを詳しくは知らないが、ここまで強ければ、強い相手と戦いたいという格闘バカの要素が一つもないとは思えない。結局、何をやっているのかと自問しようがどれぐらい嫌であろうが、好きでなければここまでは来れないはずだ。それが勝つことの喜びなのか、強くなることへの欲求なのか、ただただ戦っていれば楽しいのか、理由は様々だろうが。

 しかし、坂下が思ったよりは人間が出来ていなさそうな修治だったが、ただ弱い相手をいたぶって楽しむのをメインにしている、とは思えなかった。であれば、浩之はもっと酷い目にあっている、実際のところなかなか冗談にならないぐらいの目にはあっているのだが、坂下から見れば許容範囲だ、はずだ。

 そう、浩之の才能であれば、かなり酷い目に遭おうとも、問題はない。才能溢れる浩之ならば、それに耐えられるだろう。そして、坂下は考える。もし自分が弱い相手をいたぶるのが好きだったなら、浩之を早々に壊しているだろう、と。

 それほどに、浩之の才能はまぶしい。才能がない、とは言わないが、才能だけの話で言えば、坂下は浩之の足下にも及ばないだろう。浩之とためを張れる才能など、坂下は綾香ぐらいしか知らない。弱い者をいたぶるのが好きならば、浩之をそのまま成長させるなど、しない。

 だが、浩之は目を見張るばかりに成長を続けている。坂下がくじけながらも駆け上がった坂を、浩之は一足飛びで飛び越えて成長している。まあ、修治の仕掛ける壊すつもりのいたぶりに浩之が耐えているという可能性もないでもないが、それよりは、修治が弱い相手をいたぶるのを楽しむ男ではないと考える方がまともだろう。

 そんな修治が、寺町ごときを相手にするだろうか?

 いや、寺町も、まあ才能は十分に恵まれているとは言える。決して弱い相手でもない。今の坂下ならば、簡単にあしらえる気がするが、後一ヶ月もあれば分からない。坂下が成長したのと同時に、寺町も成長するからだ。

 少なくとも、一般の高校生など相手にはならないほど強いのは確か。それどころか、空手の試合に出れば、エクストリームに出るよりもよほど結果を残せるだろう。単純な打撃の打ち合いで、寺町が遅れを取ることはそうはない。

 坂下は、性格や人間性はともかく、格闘家としては寺町をかっている。寺町ならば、最終的には怪物になるだろう、とすら思う。いや、むしろ寺町の未来はその無茶な戦いの中で死ぬか、怪物となり脅威となるか、二つに一つだ。社会的不適応者であり、格闘バカである寺町に、明るい未来などない。寺町は、深く深く、潜っていくだけだ。多分、その顔を一つも曇らせることもなく。

 しかし、だからと言って、今の修治が興味を持つほどの男か、と言われると多少疑問が沸く。今の坂下ならば、軽くあしらえるような実力なのだ。坂下の見立てた修治の実力は、坂下と命を掛け合って、つまり綾香と同じぐらいやっても、さて勝てるかどうかまったく予測がつかない、つまりそれは自分と同等か、それ以上ということだ。今の寺町では、歯牙にもかけなられないほどの実力だ。

 寺町は強いが、あくまでレベルの話をするのならば、修治が相手するようなレベルではないのだ。興味がある、というのが単なるリップサービスなら分からないでもないが、一体誰へのリップサービスなのかも分からない。

 ……あ、一個理由らしい理由があるじゃないか。

 坂下は、けっこう簡単に、その結論に達した。実力差が話にならないほどあるこの二人をつなぐ糸は確かにあった。浩之だ。

 エクストリーム予選で、勝ちを知って、驚異的な成長を遂げていき、負けを知ってさらに成長を遂げた浩之の、負けた相手。あそこまで接戦をした結果、それでも実力で浩之をねじ伏せた相手。

 一応どころではなく、浩之は修治の流派の弟子である。たまに浩之から聞く話でも、浩之は修治やその師匠を、完全に身内として話していた。

 つまり、浩之が流派を名乗るのならば、空手ではなく、武原流柔術なのだ。

 修治にとってみれば、弟弟子が負けた相手だ。興味が沸かない理由がない。まさか、弟弟子の負けた意趣返しをするつもりではないだろうが……いや、流派を大事にする者にとっては、いくら未熟であったとしても、弟子が負けたことを看過できないかも……

 もし、そうであるならば、さすがの坂下も見逃せない。誤解して攻撃した御木本とは違うのだ。まあ、寺町は理由がどうであろうと、戦えれば、それで死んでも本望なのだろうが、まわりの者はたまったものではないというのを、寺町が理解するとは思えないし、あの格闘バカはしかし腹の立つところだけ察しがいいので、理解していても、まったく気にすることなく行動に移すことは請け合いなので、どっちにしろ意味がない。

 まあ、多少やられるぐらいなら寺町なら問題ないんだろうけど……

 坂下としても、どこまで手を出していいものか考えあぐねていた。修治の実力を考えれば、手を出せば今の坂下ではどうしようもないというのも理解しているが、それで止まるような坂下ではない。必要あらば、怪我をしていようが何であろうが、躊躇はない。

 坂下は、二つほど、ここに至っても思い違いをしていた。

 一つは、実のところ、坂下が止めて欲しいと言えば、修治は簡単に止めただろうということだ。手加減して寺町の相手をしてやってくれと言えば、丁重に相手をしたかもしれない。修治は非常識な男ではあるが、女の子には弱い。特に可愛い女の子には、悲しくなるぐらい弱い。坂下どころか、容姿的には美少女とまでは言わない鉢尾が言ってでも止めただろう。まあ、鉢尾が寺町が戦うのを邪魔するとも思えないが。

 そして、もう一つ。

 浩之が負けた相手を気にする修治。

 知っている者がいれば、こう言うだろう。それは何というギャグだろうか?

 流派を大事にする者にとっては、弟弟子が負けたことを看過できない?

 バカを言ってはいけない。武原流は、明文化していないだけで、負けた同派の人間には容赦がない。というかいつもよりも扱いが酷いぐらいにからかわれるし、おもちゃにされる。勝敗など、個人の力量でしかないと、少なくとも雄三と修治は思っている。

 買いかぶり過ぎもいいところである。坂下への対応がまともだったので坂下は誤解しているようだが、修治は坂下よりも、社会不適応者という点においては、よほど寺町に近い。

「ああ、気になってたんだよ」

 その実力的には非常に危険、そして、性格的にも決して褒められたものではない男は、唇の端をつり上げて、言った。

「お前、北条のおっさんの弟子になったんだってな」

 

続く

 

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