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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(87)

 

 皆争わずに仲良くしよう、と口で言うのは簡単なことだが、人間が二人以上いれば、それだけでなかなかそれは難しいことだ。人は自分の利益を追求するし、自分の利益は他人の不利益と同じと言っていいぐらいで、であれば争いは絶えることがないだろう。

 が、余計に良くない話だが、別に利益などがどうこう絡まなくとも、仲の悪い相手というものはいるものだ。話をするまでもなく、顔を見ただけで、この相手とは分かり合えない、と思うことも生きていればけっこうある話だ。ちゃんと話し合えば分かり合えるかもしれないが、それすら無駄なときもある。

 この二人の出会いは、そういう類のものだった。顔を見た瞬間に、お互いがお互いにいけすかない思いを抱き、おそらく深く話し合ったとしても和解することもなかっただろうし、何より、二人の利益は不一致だった。

「修治さーん、会いたかったんですよ〜」

 作ったような由香の猫なで声に、別にその声を向けられた本人でもないのに、浩之は鳥肌をたてた。キャラを作ってはいるが、この少女、見た目は少女だが浩之よりも年上でそろそろ少女というのは辛くなってくる年齢なのだ、の性格が悪いことは承知していたからだ。

 正直、浩之が女性に悪感情を持つことは珍しい。悪い行為に対して文句を言うことはあっても、女性に対しては底抜けに優しい、まあ親しい間にはそれだけではないが、浩之でも、やはり駄目な相手というのはいるのだ。

 ただ、この場合、二人の内の一人は、浩之ではない。別に悔しくもないだろうが、浩之は由香にとって怨敵になれるような重要度はないのだ。

 しかし、それでも多少気になるのが、修治の反応だ。由香の性格は知っているとしても、見たところ好意を向けられているようなのに、まったく嬉しそうな様子がない。嫌がっているというよりは、困っていると言った方がしっくりいくだろうが、そういう態度も、修治らしくなかった。寺町ほど突き抜けてバカではないが、こう歯に衣を着せたような態度は修治にはあまりに不似合いだ。

 で、実を言うと、前口上にあった二人の内に、修治は入っていなかった。

 修治がどうしたものかと行動を取らない間に、由香は修治に素早く接近し、その存在に気付いて、動きを止めた。

「……と、修治さん、そっちの人は?」

 由香が指さしたのは、サクラだった。いつの間にか、サクラは修治の横に立っていたのだ。浩之が由香を見て無意識に距離を取ったその隙間に、するりと入り込んだのだ。動きから言うと達人とかそういうのとはまるで違うが、絶妙のタイミングとは言える。色んな意味で。

 由香は修治に聞いた、というかサクラにまったく目線を向けなかったのに、それに答えたのは修治ではなくサクラだった。

「私のことは気にしないでいいわよー。ちょっとこの人に用事があるだけだから」

 サクラもサクラでとらえどころがない人物ではあるが、ニコーと満面の笑みでそういう姿は、かわいいというよりは怖い。

「は? 俺?」

 先ほどから、明らかに標的にされていることぐらい修治だって分かっているはずなのだが、自分が矢面に立たされるとは思っていなかったのだろう。浩之から見ればあり得ないぐらいの油断だ。まあ天然の浩之がどうこう言える話ではないのだが。人のふり見て我がふり直せというやつである。

 サクラは、修治にむかって流し目を作る。胸も凶悪なものだが、それ以外も色気があるので、なかなか様になっている。

「そう、修治さんでよかったわよねー、ちぉっとだけ私とお話しませんかぁ? できれば二人で。もちろんそっちの子はなしで」

 ぴきっ、と笑顔のまま由香の額に青筋が走る音が聞こえたような気がした。多分、それは空耳ではなかったのだろう。

「ごめんね、修治さんはこれから私と遊ぶから」

 いやそんな約束はした覚えないんだけど、と考えているのが赤の他人でも分かりそうな顔を修治がする。いや、まあこの話の流れから見て、由香がでまかせを言っているのは明らかだろう。サクラもそれをすぐに感じ取ったようだった。

「またまたぁ、そんな口から出任せ言って、修治さん困ってるみたいじゃなぁい?」

 サクラが口元を隠して嫌らしい笑みをするが、由香はそちらに一瞥もくれようとしない。言葉こそかわしているが、まるでそこに誰も存在しないかのような態度だ。

「修治さんを困らせているのはそっちだよね? 見たところ、あんまり親しくないみたいだし。いきなりそんなこと言われたら、修治さんも困るに決まってるよ」

 まったくサクラに視線を向けない由香の態度もあれだが、どう見ても挑発しているサクラの態度も問題だ。まあどっちもどっちということなのだが。

「ふぅん、お子ちゃまは男女の機微ってものが分からないらしいわねぇ」

 え、いきなり何言い出すのこの人、という修治の表情に、浩之は笑っていいものか同情していいものか、反応に困った。綾香はさっきからニヤニヤしっぱなしだが、完璧にケンカ腰になっている由香を見て驚いている葵や、何が起きているのかあまり分かっていない部員達が普通の反応だろう。

「これでも私十九なんだよ」

「あー、じゃあ発育不足なのねぇ。まあ女の魅力は身体じゃぁないしねぇ」

 言葉と裏腹にサクラはアンバランスなぐらいに大きい胸を強調する。当てつけなのは明らかだった。うっ、とさすがに修治もそれには目が行ってしまったようだ。だが、浩之も修治を責めれない。あれだけ大きなものを強調されれば、男なら誰だって目を奪われるだろう。実際に目が行ってしまった浩之は、綾香に足をふまれるのも甘受した。

「肉をつければいいってものじゃないと思うけどなー」

 由香は容姿こそ若く見えるが、少なくとも発育が悪いというレベルではない。というか由香の発育が悪いと言われると、立つ瀬のない女子が数多と出るだろう。サクラと比べれば確かに負けるだろうが、胸だってけっこうある。

 胸では負けるが、ウエストなどでは由香の方が断然有利である。サクラだって太っている訳ではない、どころか細いぐらいだが、しかし由香とウエストを比べるとさすがに勝てないだろう。しかし、なかなかの攻撃だ。女性は胸の大きさも気にするがウエストの細さはそれ以上に気になるものだ。

 まったくサクラに視線を向けない由香と、半分座った目で由香を見つめるサクラ。

「んっふっふっふ」

「あははは」

 二人とも、顔から笑顔を絶やすことはなかった。が、笑っているのは誰から見ても顔だけだ。二人の間に火花が飛び散っているのは明らかだった。先ほどまでただカオスだった場所が、いつの間にか修羅場と化していた。珍しいことがあるとすれば、それに浩之が関わってないことぐらいだろうか。

 由香とサクラ。ある意味同じような二人だからこそ、ここまでそりが合わないのかもしれない。同族嫌悪というやつだ。まあそんなこと口にすれば、二人から集中砲火を受けることは明らかなのでそう思っていても浩之は言わなかった。

 いや、もててけっこうなことじゃないか、などとも浩之は言わない。修治がかわいそうだったからだ。

「あらら、修治、もてていいことじゃないか」

 しかし、そんな浩之の心遣いをまったく無視して、その他人にとっては楽しそうなことを見つけた修治も恐れる驚愕の女性、武原彩子はニヤニヤしながら修治に言った。

 その一言が、引き金となる。牽制しあっていた二人が、直接的な行動に移ったのだ。もちろん、殴り合いではない。お互いの利益を優先したのだ。

「修治さん、二人であっち行きませんかぁ?」

「修治さん! 二人で一緒に遊びに行こうよっ!」

 そして、利益がぶつかれば、二人に挟まれた利益本人の心境は、いかばかりのものか。

 少なくとも、楽しそうじゃねえよなあ。

 浩之は、心の中で修治に同情した。

 だが、浩之はちゃんと考えるべきであった。人のふり見て我がふり直せとは言ったが、同じような状況になる可能性を、浩之も見当すべきだったのだ。まあ、浩之の場合は、時すでに遅し、という気もするが。

 KO二人、現在は修羅場の真っ最中。浜辺は、今日も平和とはほど遠そうだった。

 

続く

 

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