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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(89)

 

「え、何しに来たのかって?」

 もう少しオブラートに包んで、浩之は彩子に聞いてみた。というか、そんなに直接は聞きにくい。自分が何かされた訳ではないが、修治すら恐れる相手と親しくしようという気はさすがの浩之にも沸かなかった。

 実際、彩子も由香も暇ではないだろう。賞金を稼ぐような格闘家ではないとしても、戦いを売って生きている、本物のプロだ。こんなところで遊んでいる暇があるのだろうか。というか、別にこの砂浜にも遊びに来たのではなかったはずだ。合宿というわりには、呑気過ぎる。

 けっこう遊んでいる、遊びもかなり厳しいものとは言え、浩之がそう思うのもどうかと思うが、確かに暇だから来た、とも思えない。

「いや、ここに立ち寄ったのは単なる偶然なんだけどさ。何か修治がへこたれてるから、楽しそうだなと」

 ああ、確かに彩子の視点から言えば楽しいのかもしれない。どういうつもりか分からないが修治に懐いている、というか執着しているように見える由香にとっても、まあ楽しいことなのかもしれない。

「とは言え、これ以上は凄いことにはならなさそうだねえ。まあ十分楽しめたけど」

「だったらさっさと帰ったら?」

 口を挟んできたのは、今まで黙っていた綾香だった。彩子に対する態度は、どこから見てもケンカを売っているようにしか見えない。とは言え、この二人の関係に関して言えば、先にケンカを売ったのは彩子であったので、それをとがめる理由は、それだけ見ればなかった。

 いや、俺としては止めて欲しいんだけど。

 修治も恐れる武原彩子。どれほど強いのかわからないが、もしかしたら修治の姉弟の関係で恐れているだけなのかもしれない、とはは思えない。

 対して、もう間違いなく怪物である綾香。この組み合わせは危険だ。二人が戦えば、まわりで見ているだけでも被害が及びそうだ。

 まあ、綾香にしろ彩子にしろ、内にこもるような性格ではないので、その点で言えば、現在の修治の状況と比べれば胃が痛くなったりはしないだけいいのかもしれない。口ではどう言え、この二人がいきなり戦い出すことはないだろう、と浩之は楽観していた。

 簡単な話だ。もしここで戦え出してしまえば、おそらくはどちらも止まれないからだ。お互いに万全かどうかなど関係ない。ちょっとじゃれ合うつもりで、致命的なものになってしまうだけの力が二人にあるだろうことが問題なのだ。

 まあ、その点は修治にも言えることだし、三人ともバカではないだろうから、ここでは戦わないだろう。これでもし寺町ぐらいバカだったらと、ぞっとしない想像を浩之はしていた。

 そのバカも現在修治に倒されたようで、空手部の少女に介抱されているようなので、懸念材料が一個減ったようなものだ。

 強者の余裕なのか、それとも元からそういう性格なのか、彩子はまったく気分を害した様子もなかった。だが、そういう態度の方がどこかのバカを思い出すので、浩之としては不安になる。寺町の影響というものはかなり大きいようだった。迷惑な話だ。

「ああ、言われなくとも、用事済ましたら帰るよ」

 先ほど、ここに来たのは偶然と言った言葉と矛盾していた。綾香が怪訝そうな顔をしたが、彩子はそれについては説明する気はなさそうだった。

 彩子は、修治に向かって声をあげた。

「おい、修治。愛しのお姉様のお呼びだよ」

 そのときの修治の顔は、一瞬、嫌そうな顔をしたと思ったが、次の瞬間には、むしろ上機嫌な顔をして由香とサクラの間をするりと抜けて素早く彩子の前に立っていた。もしこれが試合であれば、相手は知らない間に懐に入られていただろう、スピードとタイミングだ。

「何だよ、姉貴」

 このときの修治は、不機嫌そうな顔を取り繕っているが、むしろ嬉しそうに浩之には見えた。

 明らかに、あのどうしようもない状況、ルックスの良い女の子二人に囲まれて取り合いをされるという男なら誰もがうらやむだろう、から逃れられたことを喜んでいるのは間違いなかった。まあ、浩之が同情するぐらいだから、実際のとろこまったく嬉しくない状況だったのだろう。

 横やりが入ったので、由香もサクラも何か言いたそうな顔をしているが、口には出さない。由香が遠慮するというのも珍しい話ではあるが、彩子というのはそれぐらいなのだろう。サクラにしてみれば、彩子とは面識がないので、いくら誰にでも親しげに話すとは言え、由香のように初対面で不倶戴天の敵と感じる相手でもない限り、いきなり文句は言い辛い。

「もててるところ悪いねえ」

 まったく悪いと思っている様子が見えない彩子。まあ、姉弟良く似た者同士のようだった。

「ちょっと修治に用事があったんだよ。喜んで受けてくれるだろう?」

 逆らうことは許さないことは確定しているようだ。

「いやちょっと待て。何か不穏なものを感じるんだが」

 修治も、いくらあの状況から逃れられたとは言え、すぐには返事をしない。今までの経験がろくでもないことだろう、と予想させているのだ。

「大丈夫だって、むしろ楽しいんじゃないかい?」

 正直、その投げやりっぷりの言い方で楽しいとは誰も思わないだろう。

「ほら、アヤ」

「は?」

 いつの間にか、彩子の横に、アヤが立っていた。浩之が試合で見たときのような強さはまったく感じられず、儚いとすら言える……というか、そこにいたのに浩之はまったく気付かなかった。しかも、それは息を潜めてたというよりは。

「アヤ、あんた相変わらず地味だねえ」

 印象が薄くて、この濃いメンツに隠れていたらしい。まあ由香から修治に飛びかかっていった、少し違うが同じようなものだろう、上に、彩子は彩子でサインなどを書いていたので、この二人よりは目立たないのは仕方ない話だが。

「あんた、顔はいいのに何で目立てないかねえ。そこの綾香さんでも見習ったらどうだい?」

「放っておいて下さい」

 にやにやしながらそう言う彩子に、アヤは冷たく言い返した。

「いやいや、実際、プロとしては目立つのは何よりも重要なんだけどねえ。いぶし銀とか、しょっぱい試合するヤツにつけられる蔑称みたいなもんだよ。まあ、それはいいとして……」

 けっこうどうでも良くないことを言ってたようにも見えたが、彩子は細かいことは気にしないタイプらしい。

 しかし、細かいことだけではなく。

「修治、ちょっとアヤに練習つけてやってくれないかい?」

「……はぁ?」

 無視できない内容まで、彩子は何でもないように言った。

 

続く

 

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