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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(91)

 

 まったく空気を読まない由香の割り込みによって、修治も彩子も言葉を止めるしかなかった。

「修治さんに教えてもらえるなんて由香感激!! さーて、何からやります、打撃? 組み技? え、もしかして寝技ですか? 由香、こまっちゃいます〜。……でも修治さんがどうしてもというのなら喜んで!!」

 その空気の読まなさをそのまま維持して、由香は突っ走っている。というか暴走しているようにしか見えない。

 修治はその由香の勢いに圧倒されっぱなし、修治が女性に弱いとかもあまり関係ないだろう、浩之だってこんなのを相手すれば引く、だし、彩子は頭痛いとでも言わんばかりに頭を押さえている。慣れているのか、アヤはまったく様子が変わったようには見えず、浩之は素直に凄いと思った。

「……はあ、由香」

「彩子先輩、こんな機会をくれてありがとうございます! さすが彩子先輩、一生ついて行きます、アヤちゃんが!!」

「いや何で私?」

 至極冷静に突っ込んでいるアヤだが、さすがに嫌そうな顔をしている。なるほど、かなりの美少女であるアヤだが、反応から何から確かに地味だ。

 しかし、収拾がつかないとはこのことだった。まわりで完璧に他人事になっている空手部員達は、見学モードに入っているのか近づこうともしない。浩之だって積極的に近づきたくはない。あの楽しければOKの綾香ですら、会話に入ろうとしないのだ。

 いよいよ頭痛が酷くなってきたのか、彩子は頭を押さえたまま空をあおいだ。ついでに拳も振り上げる。

 ゴンッ!!

「あたっ?!」

 なかなか痛そうな音をたてて、由香の頭に彩子のゲンコツが落ちた。

「彩子先輩、痛いです!! 暴力反対ですよ!」

 かなり痛い音がしたのに、痛がっているものの、彩子でも嫌そうな顔をするぐらい由香は元気だった。

「うるさい黙ってろ由香。というか、あんたを呼んだ覚えは最初からないんだが?」

「今のアヤちゃんと私は一蓮托生、一心同体です、今のアヤちゃんを彩子先輩が呼ぶってことはエクストリーム関係に決まってるじゃないですか」

「由香と一緒は嫌よ。というか一心同体って何よ?」

 とりつくしまもなくアヤは抱きつこうとした由香を突っぱねる。

「しかし、由香は最初からむかつくけど、予想が正解なのが余計にむかつくね」

「彩子先輩、私も先ほどの話は初めて聞きますが」

 アヤが、ついでに、というか最初からはっきりさせておかねばならない話を持ち出す。

「あ? 修治に練習見てもらうのがかい? そりゃ言ってないしね。そもそも、最初はそんなつもりなかったんだから」

 彩子はあっけらかんと言い切る。由香もかなり問題あるとは思うが、彩子もかなり問題があるように見えるのは、多分浩之の考え違いではないだろう。

「だいたい、修治がこっちに来てるの昨日まで知らなかったしね。まして会うなんて思ってなかったのが正直なところさ。というか、ジジイが来るの知ってりゃ来てなかったよ」

 ジジイ、雄三のことなのだろうが、彩子はまるで思春期の娘が父親を嫌うかの如く嫌そうな顔をする。よほど跡を継げと言われるのが嫌らしい。

「だったらずっと俺のところに来なけりゃいいじゃねえか」

 ふてくされたように、いや、むしろ切実に修治は言う。

「バカだね、そりゃジジイには会いたくないけどさ、後輩の為を思うんなら、多少嫌な思いするぐらいは我慢するよ」

「さすが彩子先輩、素敵っ!!」

「あ、由香には教える必要ないよ。教えて欲しいのはアヤにだから」

 キャラすら崩してヨイショをする由香に、彩子は言い放った。

「え? ちょ、ちょっと聞いてないですよ!」

「いやそりゃ言ってないし」

「私も修治さんに手取り足取り教えて欲しいです!!」

「駄目だね、あんたには必要ないんだから、あきらめな。というか、あんたに教えても無駄になるだけだろ。さっさと何戦かして適当に戦って適当に負けてくればいいんだよ。あたしも期待してないから」

「ちょ、彩子先輩酷すぎます、鬼です悪魔です!! だから彼氏いない歴年齢なんですよ!!」

「お前、言っていいことと悪いことがあるだろ、殺すぞ? というか殺す」

 言ってないとか聞いてないとか良いとか悪いとか、そういう問題ではないと思うのだが、この二人は両方話を聞かないようなので、実際まったく関係ないのだろう。お互い、自分の希望を通すことだけ考えていそうだ。

「……あのなあ、俺の意見は無視かよ」

 修治の意見などまったく無視して言い合いと、多分この後に続きそうなどつき合いを止める為に、修治は口を挟む。

「は? 何言ってるんだい。修治があたしの言葉に逆らう訳ないだろう?」

「修治さんは、私に教えてくれますよね?」

 修治の返事は決まっていた。

「断る」

「何でです?!」

「いや断らせないけどね」

 心外どころか、まるで断る修治が悪いみたいな由香の言葉と、断るのを断ると言う彩子の言葉。二人の返答はばっさり切り捨てた修治の返事よりも酷かった。

 あまりにもこの二人が色んな意味で激しく、その他の人はともかく、教えてもらう当の本人であるはずのアヤも、蚊帳の外だった。

 仕方ないというか、当然だろう。まさか、こんな二人の訳の分からない戦いの中に手を突っ込むような猛者は……

「あのー、私の方の話がまだ終わっていないので、私の用事が終わってからにしてもらえませんー?」

 そのまさか、こんな状況ですら参戦する猛者がいた。先ほどから、何故か修治にまとわりついているサクラだ。バランスが悪いほどの大きな胸を強調して、修治にすり寄らんばかりに近づく。普通ならば、男冥利に尽きるのだろうが、あからさまに下心が見えている所為か、この混沌とした状況だからなのか、修治は非常に嬉しそうではなかった。

「あー、あたしこいつの姉だから、こいつに関しては優先的な権利あるわけよ」

「そうですよ、部外者はさっさとどっか行ってくれませんか? この後、修治さんは私に稽古つける用事があるんですから」

「身内だからって自由意志を阻害するのはどうかと思うわよー。ほら、修治君だっけ? お姉さんとちょっとあっちでお話しましょう?」

「反対反対はんた〜い! それぐらいなら私と遊んだ方がいいに決まってます〜」

「……どうしてこうなった? 俺何か悪いことしたか?」

「どうでもいいので、もう練習に戻ってもいいですか?」

 何か最後のアヤの言葉が一番まともというもうどうしようもない状況だった。というか、これそろそろどうにか収拾をつけたいと思うのだが、どうやったら収拾がつくのだろうか?

「あー、皆さんすまないんだけど」

 ここで何と、勇気ある人が口を挟む。坂下だ。勇気に関しては不足ないとは知っていたが、浩之ですら尊敬してしまうほどの度胸だ。修治など、女神を見るような顔でその突然現れた救世主に救いを求める目をしている。

「練習の邪魔になるから、できれば離れてやって欲しいんだけど」

 修治は救われないが、実にごもっとも。

 

続く

 

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