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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(92)

 

 「うおっ、やめろ、断ってるだろ、首から手を放せ、ってか浩之も見てないでさっさと助けろっ、うわっ、やめろおぉぉぉぉぉっ!!」などという断末魔の声を上げながら、そのけっこうな巨体を彩子に片手で首根っこを掴まれて引きずられて行った修治を、浩之は見殺しにした。というか助ける義理はともかく、これと言った理由もないので口を出す理由もない。修治は嫌がっているが、別に酷いことにはならないはずだ。

 まあ、理由などつけなくとも、あまりのことに浩之は、というか当事者と当事者に積極的に関わろうとする者以外は呆然として動けなかったというのが正しい。

 彩子が片手で修治という大男を抵抗をものともせずに片手で引きずって行った、という衝撃映像物であったのだが、その程度のことは、驚くに値しないほどの台風だった。

 彩子、アヤ、由香、そして被害者たる修治と、それに何故かついて行くサクラの姿が完全に消えてから、さらにやや時間が経ってから、綾香がぽつりとつぶやく。

「……修治じゃなくても、私が相手をしてあげるわよ、とか言う暇もなかったんだけど」

 ああ、自分の感じていた違和感はこれか、と浩之は酷く納得した。いつもの綾香ならば、ああいう場面にしゃしゃり出て、相手に盛大にケンカを売るか、売ったそのままの勢いで相手を倒すことも珍しくない、とうか良くやる。少なくとも、最近は挑発するまではデフォルトの動きになっている。

 その綾香が、言葉を挟めなかった、というのだから大したものだ。いや何が大したものなのかいまいち判断つかないが。

「サクラさん、ついて行ってしまいましたけど、いいんでしょうか? 好恵さんの介護の為に来たと聞いたんですが」

 あまりの怒号の漫才に一言も言葉を発することの出来なかった葵が、酷く正しい、しかし場違いな疑問を発する。

「まあ、別に介護が必要じゃないぐらいには私も回復してるし、いいんじゃないかい? 確かにお風呂に入るときとかは助けてもらってるけど、いつも一緒にいてもらわないと困るってことはないよ」

 坂下が認めたならば、まあ空手部では坂下が法律なので問題はないのだろう。

「それに、サクラさんのことよりも、私としては食事の準備が困るんだけど」

「サクラさんは、料理はあまりお上手ではないですし、私も、料理に関してはあまりお役にたてませんから」

「戦力的に私と初鹿さんだけってのはちょっと辛いかねえ。葵……に手伝わせるぐらいならうちの部員でやれそうなヤツを選んだ方がいいか」

「そ、それは私もそんなに料理はうまくないですけど、そこまで言われると……」

「あ、ああ、そういう意味じゃないよ。まあ凄くうまいってならともかく、他と五十歩百歩なら葵の練習時間を削ることになるのはまずいと思っただけだよ」

「私が話題に出ないってのは何かむかつくわね」

 綾香が料理に関してはあてにならないのはすでに知れている。不器用で下手だ、というのは多少こそあれ、どんなに器用でも、料理は経験量が一番関係してくるのだから、料理をしない綾香が役に立つ訳がない。

 寺町が迷惑をかけたというか、そのいつもの迷惑ですら霞むほどの混沌とした状況で、さすがに自重していたのか、やはり何も動きを取っていなかった初鹿が、柔らかい笑顔のまま、あまりいばって言うことではないことを、実にしっとりと言ってくれる。

 まあ、修治が寺町を気絶させたので、それで鉢尾が役に立たなくなっていることを考えると、間接的には寺町が悪いのだろう、直接的に修治が悪いのか、と聞かれると、浩之としても少々考えてしまう。修治が来なければこんなことにはならなかっただろうが、だからと言って責めるのは少し以上にかわいそうな気がする。もちろん、かわいそうでも決して助けたりはしないが。

「えーと、だったら僕がお手伝いしましょうか?」

「よし、困ってるっていうなら、俺の出番だろ。料理でも何でもするぜ」

 そして、けっこう予想外のところから声があがる。寺町のお目付役をやらされている中谷と、サクラの監視はなくなったものの、結局坂下によって勉強に戻された健介だった。

 健介の料理の腕は、まあ見せたことはないが、普通に自分の食べる分を作れるぐらいはある。日頃から家事をしていない人間と比べればよほど気がきいているだろう。ただし、健介が喜々としてしゃしゃり出て来たのは勉強したくないからだろう。まかせとけとか言うのは、健介のキャラではない。どちらかと言えば、口ではどうこう言いながら仕事をするのが健介らしい。ツンデレ?

 それよりも、腕だけ言えば、小綺麗に作れる御木本の方が上かもしれない。というか御木本は下手をすると鉢尾の次にうまい可能性があるので侮れない。女子のほとんどに勝つのもどうかと思うが、まあこのご時世、男は仕事、女は家事という訳でもないので大して気にすることもないのかもしれないが、見比べられる女子部員達はたまったものではないだろうことは想像に難くない。

 まあ、今は気絶して戦力にならない者のことは無視して良いだろう。

 で、もう一人の中谷だが、まあこれも昨日の様子を見る限り、まあほとんど描写はされていなかったかもしれないが、普通に料理を作ることが出来る。空手部の女子が皆まるでその話題をふられるのを避けるかのように視線をそらしていることを考えると、中ではかなり頼りになるかもしれない。何よりも常識人だし。

「健介は勉強……と言いたいことろだけど、休憩代わりに手伝わせてやるよ。ただし、後から勉強はやってもらうからね」

「げっ……まあ、それでも少しでも勉強の時間が減るんなら断る理由はねえよ」

 こいつ、どれだけ勉強が嫌いなのだろうか。

「中谷は……何か出来そうだね」

「いえ、まあ普通にはできますけど、そんな印象で言われてもちょっと」

 料理がうまい男、というイメージはあまり褒められている気にならないのは何故だろう。最近では草食系男子とか表されるからだろうか? 料理が出来ること自体は明らかなプラスであるのに、イメージというのはなかなかに難しいものだ。

「流石は寺町の女房だねえ」

「私も、中谷君ほどの出来の良い弟が欲しかったところです」

「本気でそれはやめて下さい、鉢尾さんに睨まれるしそもそも物凄い嫌です」

 寺町以外には、珍しい中谷の容赦ないつっこみが入った。よほど嫌だったのだろう、そりゃ嫌に決まってる。

 が、中谷は自制が効く男であったので、女房とか表現古くないですか、というつっこみは飲み込んだ。賢明過ぎる。

 と、元凶がいなくなって、ここまではなかなかに平和な光景だったのだが、突然。

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 激しい、ついでに聞くに堪えない男苦しい叫び声があがった。

 皆の視線が、そちらに向いて見たものは、びっくりして硬直している鉢尾と、さっきまで気絶していたのに、叫び声をあげるほど元気に跳ね起きた寺町の姿だった。

 

続く

 

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