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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(94)

 

 寺町が騒ぎ立てるのを初鹿が有無を言わさず黙らせようとするのを、さらに初鹿が追撃をかける別に実際に手を出している訳でもないのに緊迫した戦いを、まあどうでもいいやというかさっさと終わらないものかという顔で浩之達は見ていた。

「何か……凄いというか、凄かったというか」

 葵のその言葉が、それを一番正しく表していただろう。浩之達の見えない部分でも凄いというか酷いことになっていそうだが、そんなことは浩之も知ったことではない。修治には悪いが、カオスの半分以上を引き連れて行ってくれたのは感謝したいぐらいだ。

 てか、修治のやつ、ふられたとかどうこう言う割には、女の子に声をかけられているのに、全然嬉しそうじゃなかったな。

 もちろん、浩之だって修治の立場にはなりたくない。修治にそんなことを言えば代わってくれと言われかねないから、先手を打っておきたいのだ。まあ、それはいいとして、何せ修治はドナドナよろしく哀愁漂う感じで連れて行かれたのだし、どう話しても天敵としか思えない由香はともかく、サクラはまあ性格が変なのは間違いないとしても、あの胸だ、浩之だって修治の立場なら、全部とは言わないまでも役得と思うはずなのだが。

 まして、由香とそりの合わない浩之ならともかく、あの由香が猫をかぶって、いや猫は一応いつもかぶっているような気もするが、誰から見ても好意以外の見えない態度を取っているのに、修治はまったく嬉しそうではなかった。

 由香の性格をしればさもありなん、とも思うかもしれないが、男たるもの、多少、とは言えないぐらい酷いが、性格に難があっても、付き合うならばともかく、ただ単に話をする程度ならば、可愛い子には弱いものだ。しかし、修治の弱いというのは、困っているだけにしか見えない。役得と思ってないのだろうか?

 ……もしかして、修治のやつ、ロリコンとかなのか?

 それならば納得できる。由香もサクラも発育が悪いとは言えない。どころか、サクラは良すぎるし、サクラと比べればともかく、由香だって決してスタイルは悪くないのだ。

 とりあえず、今までの付き合いから、男色じゃないのは分かってるんだが……

 何げに、というかあからさまに浩之はかなり酷いことを考えていた。修治が聞けば、温厚とはほど遠い修治であるから、間違いなく浩之は殺されるだろう。綾香はそれでもまだ浩之に執着している分、最後の二線ぐらいは残してくれているのだが、さて、これを聞いた修治が、一線でも残してくれるかどうか……

 意識がだいぶ脇道にそれていた浩之に、いきなり綾香が声をかけてくる。

「それにしても、浩之も黙ってていいの?」

「は? 何がだ?」

「何って、修治取られちゃったみたいだけど?」

「……何だ、その怪しげな言い方は」

 先ほど男色とか色々考えていたので、綾香の発言は非常に間が悪かった。浩之は、寒気の走る身体を押さえた。

 修治、少しでも男色とか考えた俺が悪かった。綾香に、まあ冗談だろうがそう扱われて痛いほど思い知った。シャレにならん。

 自分の痛みの分かる浩之は、人の痛みも分かる。浩之はまた一つ賢くなった。というか、男色の人をどうこういう気など浩之にはないが、自分が扱われるとなると話は大違いだ。例え差別だと言われようとも断固嫌がる。

 とか浩之がバカなことでまた一つ小賢しくなっている前で、綾香は顔をしかめた。

「何よ、怪しげな言い方って」

「……いや、何でもない」

 どうも、綾香は本当に他意がなかったようだ。本気で言われてもそれはそれで、というか無茶苦茶困るが、綾香の態度を見る限り、そういうつもりで言っているのではなさそうだった。

「色々言っても、修治って浩之の兄弟子でしょ。認めたくはないけど、かなり強い、柔術……なのかどうかはわからないけど、強い格闘家なのは本当でしょ。それに教えて欲しいってことは、修治のところの流派の技を教えて欲しいってことじゃないの?」

「いや、彩子さんは修治の姉なんだろ? ぶっちゃけ師匠も彩子さんには滅茶苦茶甘そうだったし、彩子さんなら武原流の技、使えるんじゃないのか?」

 そもそも、口にこそ出さないが、武原流柔術、柔術と言っても、それは口だけのことだ。今まで浩之はそれこそかなりの数の技を教えてはもらっているが、しかし、独自の、あえて覚えなければいけない技というのはない気がする。

 それが浩之には教える気がないのか、それとも浩之がまだその技を使いこなせる位置にたどり着いていないのかは分からないが、彩子の見た目から判断できる強さを見る限り、わざわざ修治に教えを請う理由はなさそうに思えるのだ。

 まさか、修治が自分よりも弱い相手に、あそこまで下手に出ることはないだろうから、彩子に教えてもらえばいいのだ。アヤという美少女に手取り足取り練習を見るという役得があろうとも、意味のないことは修治だってしたくは……いやそれだと役得分の利益は出るから別にいいのでは、と浩之などは思うのだが、修治は違うのだろう。

 それにだ、大きく綾香が見誤っている部分がある。

「それに、まあ技教えたとしても、困るのは俺じゃなくて、綾香や葵ちゃんじゃないのか? あのアヤって子と戦うの、俺じゃないし」

 浩之もエクストリームの本戦には出ているが、あくまで男子なので、試合で当たることなどない。まさかアヤが技らしい技を浩之の対戦相手に教える機会などないだろうから、技が知られて困るようなこともない。

 まかり間違って、先にアヤに技を使われて、それを見ていた選手がそれをたまたま覚えていて、浩之との試合で効果がある……ということも可能性はゼロではないだろうが、考えなくてもいいレベルの話だ。

 浩之自身には自覚はないが、そんなことができる可能性が一番高いのは、当の浩之であったりもする。見た技を、練度はともかく、使い道のあるほどにまですぐに使いこなす、浩之は規格外の天才なのだ。まあ、それでも綾香の怪物性に勝っているとは思えないのが痛いところだが。

「それなら別に気にしなくてもいいわよ。浩之や修治を見てれば、動きのだいたいの概要は分かるから」

「おい、何だその反則は」

「反則じゃないわよ、相手の構えから次の動きを予測するのは常識でしょ?」

 そこにある拳は、目的地に動く為には、どうしてもその間を通らねばならない。構えを見れば、その起動と軌道は予測可能だ。大なり小なり、皆やっていることだ。だが、そこまで予測できるものかどうかは、綾香が冗談を言っている可能性をあまり考慮しなくていいというのは無茶な話だ。

「私はちょっとは気になりますけど」

 葵は、苦笑しながら綾香の無茶っぷりにつっこんだが、さて、言うほど葵も気にしている様子はない。まあ、葵は人より自分が頑張ればいいという人間なので、気になることもないのだろう。

 いや、浩之だって綾香に言われなければまったく考えもしなかった。技の出し惜しみをするほど……いや、この話は言うまい。

 しかし、それはそれとして、浩之は純粋に思うのだった。何で彩子が、修治に教えて欲しいなんて言ったのか、と。

 

続く

 

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