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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(95)

 

「まったく……何で私が……」

 私は、不平を口から出して、大きくため息をついた。まわりから見ると決して態度が良くないように、というかヨシエさんに見られたら速攻で教育が来そうな態度だけど、ぶつくさも言いたくなるのは当然だ。

 そもそも、私は何も悪いことをしていない、というか実際に事が起きたときはまだランニングから帰ってきてすらいなかったのだから当たり前だ。しかし、何故かヨシエさんはこのバカ、御木本のの看病を私にまかせたのだ。

 まあ、あの無意味を通り越して有害なぐらい元気なバカぐらい頑丈ならばいいのだろうが、さすがにこの男、御木本はそこまでではないだろうから、看病するのは致し方ないとしても、私がする必要などないように思うのだが。

 ヨシエさんは、「丁度良い相手がいないから」と言っていたが、本当はどういう理由で私を残したのか、正直分からない。たまたま目についた私を使っただけかもしれないし、料理には役にたたない私に別の仕事を渡しただけかもしれない。もしかすると、私と御木本の仲が良くないのを見かねて、少しでも仲良くさせようとしてくれているのかもしれないけれど、明らかな逆効果だ、というか御木本は気絶して意識がないのだから意味もない。

 私の考えられる可能性の中で一番高いのは、相手をしてくれる先輩に感謝をここで返してもいいだろう、とヨシエさんが考えたことだろうか? 確かに、練習ではけっこうこの御木本の手を借りていることもある。私を教えるのに、丁度良いレベルの強さだとか何とかヨシエさんは言っていたが、それも黙って受け入れるしかなかった。健介は正直相手としては手加減を知らないところがあるのでいつも相手、というのは難しいし、あの男は強い者だけと戦おうとしている。人に教えようなどという気持ちはまったくなさそうだった。

 ヨシエさんが、最近私を御木本につけたがるのも、健介を見ていれば分からないでもないのだ。健介はまだ若年で、人に教えるような器ではないのだろうが、たった一年違うとは言え、御木本は上級生だ。いつまでも自分の実力だけ磨いているという訳にはいかない。態度はともかく、生徒としては素直な私を下につけて、先輩としての自覚と技量を持たせようとしているのだろう。

 そこに、私への迷惑は考えられて……いや、迷惑どころか、ヨシエさんは私のことをよく考えてくれている。

 実際、私はヨシエさんの指導で急激に強くなれたけれども、同時に身体にかなり負担をかけていた。私はそれでも良かったのだが、そんなものは長くは続かないとヨシエさんは考えたのだろう。

 効率だけを考えるのならば、ヨシエさんに教えてもらうよりも、御木本に教えてもらった方がいいのは、確かなのだ。悔しい話だが、御木本は人に教えるのはうまい。私の体力に良く合った、つまりは制御出来る程度の無理で練習をする。急激に強くなる必要のあったときに比べれば余裕が出来たのもあるが、私はそれを今はしぶしぶながら認めているし、受け入れてもいる。

 私だって、恩を仇で返すような者にはなりたくない。受けている指導分ぐらいはちゃんと看病しようと思ってはいるのだ。

 ただ、嬉しいかと言われると、もちろんそんな訳はない。せっかく合宿に来たのだ、当然、私は厳しい練習をするつもりだった。確かに、ランニングはきつかった。いくら朝とは言え暑い中を走るのは苦しいが、しかし、それが練習というものだ。

 一部の部員以外は、今も外で練習をしているのだ。暑い中で練習するよりは、涼しい室内で休んだ方がいいと皆思ったのだろう、私はうらやましがられたが、代わってもいいのなら代わっているところだ。もちろん、ヨシエさんが許さなかったのでそんなことはできなかった。

 部員の半分以上は、練習は厳しくても旅行のつもりで来ているのかもしれないが、私は遊びに来ているのではないのだ。まして、こんな男の看病をする為では決してない。

 だいたいだ、もし遊んでもいいのならば、私は休憩するよりも、浩之先輩と一緒に練習がしたい。誰と遊ぶよりも、私にとっては嬉しいことなのだから。

 先ほどは、せっかく話せるかとも思ったのだが、まわりが酷いことになっていて浩之先輩に話しかけることも出来なかったし……

 いや、すでにふられた身であるし、練習をする浩之先輩の邪魔になるのも嫌ではあるが、気持ちはそう簡単に割り切れるものではないのだ。まして、近くに来栖川綾香や松原さんのような綺麗な、かわいい女の子がいれば、焦るなと言う方が無理だ。

 正直、向こうの空手部の鉢尾という子がうらやましい、とすら思った。誰にも気兼ねなく、好きな相手のことの世話をやくことができるのだ。いや、私に料理とか作られても迷惑なだけかもしれないが、私の料理の腕は今回話の主ではないので置いておく。

 あの格闘バカは、女の子にもてる要素がまったくない。いや、あの破天荒だが裏のない人間的魅力である、とも言えなくもなく、そして恐るべきこそに、あれでなかなか成績は良いらしい……高校生にしてエクストリーム本戦に出るような格闘家、とそれだけ並べれば別段悪くないとすら思えるのだが。

 誰がどう見たって女の子には人気がないのは間違いない。そこまでブ男という訳でもないのに、不思議なものではあるが、私でも自信を持って言える。それぐらい女の子には嫌われそうだ。

 ……訂正しよう、嫌われる、というよりも、恋愛対象に見られない、と言った方がいいのか。あれを異性として好きになる女の子はいないだろう。

 まあ、それには鉢尾という子がいる訳だが、となれば、恋敵を心配しなくていいという利点もある。例えば、浩之先輩ぐらい誰にも彼にも好かれるとなると、心の安まる暇がないのだ。

 浩之先輩が、もしあの格闘バカほど女の子から人気がなければ、それは安心できるのかもしれないが、そうなると私が浩之先輩を好きなることもなかった可能性もあり……いや、私だって浩之先輩の顔だけを見て好きになった訳ではない、一因であることを否定は出来ないけれど……あの優しさに負けた訳で、あの優しさを受けた女の子が揺れない訳がないので、浩之先輩の良い点が女の子の人気につながっている以上、なくなるとやはり私が好きにならなかった可能性は高く……

 ……酷いジレンマだ。

 まあ、もっと建設的に考えるべきなのだろう。浩之先輩は、確かに女の子に人気はあるが、だからと言って簡単に女の子になびいたりする訳ではないのは、私の告白を持って実証済みで……気持ちが沈んでくる。

 告白だって、先輩を困らせるつもりはなかったのだ。いや、困らせることは分かっていた。ふられることは私にだって分かっていたのだ。そして、浩之先輩が、だからと言って私に厳しく当たれるとも思っていなかった。

 皆知り合いの女の子は言う。男は獣だと。でも、思うよりも、男の人は女性に好意を持たれることを喜ばないのかもしれない。浩之先輩もそうだが、先ほどの男も、かわいい女性二人から取り合いをされているのに、まったく喜んだ様子がなかったし……

 気分が落ち込みそうになったので、私は頭を振ってその気持ちを振り切る。

 いけない、身体を動かさずに思いにふけっても、ろくなことにはならないのだ。どうも私は悪い方悪い方に考える癖があるようだ。

 それも、これも、この男が悪いのだ、と私はそこに苦しそうな顔のまままだ意識のない御木本を睨む。この男がいなければ、少なくとも気持ちの沈むような考えをすることはなかっただろう。

 私は、そっと御木本に手を伸ばして、手を首に当てた。

「……」

「……ッゲホッゲホッ!! くそっ、何しやがる!!」

 意識は一応戻っていたのだろう、咳き込みながら、御木本は起きあがる。まあ、意識がなかったら、そのまま死んでいたかもしれないが。何せ頸動脈押さえておいたし。正確には、正確に頸動脈を押さえるのに失敗して喉を押さえることになって、御木本が咳き込んだ訳だが。

「……ちっ」

 どうも、私はこの男を殺し損ねたようだ。

 

続く

 

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