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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(96)

 

「てめえ、俺を殺す気かっ!!」

 御木本の怒鳴り声には、いささかいつもよりも力がなかった。何よりも、身体はろくに動かないようで、寝たままでまったく迫力がない。まあ、どんなに迫力があろうとも、ヨシエさんの手前、この男は私には手を出せないのだが。

 しかし、殺すとは心外な、という表情を私は作ったが、心外でも何でもなく、このまま死んでくれれば、できれば事故ということで済んでくれればどれだけいいだろう、と思っていた。この男は、私がそう考えるほど邪魔だった。

 練習にも邪魔だし、浩之先輩との会話にも邪魔だし、というか存在自体が邪魔でしかない。そういう気持ちを込めて、私はゆっくりと言い含める。

「別に、御木本先輩が勝手に死んでくれればいいんですが」

 これほど先輩という言葉に敬意がないのも珍しいだろう、と自分でも思うほどなめた口調だった。しかし、御木本に対してはこれでも十分過ぎるぐらいだ。

「いや勝手どころか、明らかに殺す意志があっただろ。俺も色んなやつを見てきたが、止めをさそうとするやつは初めてだよ!」

 確かに、意識のない相手の頸動脈に指をかけるのは、確かに明確な殺意があったと法廷でも言われるかもしれない。

「心神喪失で責任能力はないですから問題ないです」

「どちらかと言うと、俺の方がそう言いたいんだが」

 御木本は、不満どころか、明らかに殺意のある目で私を睨む。まあ、よくあることだが、KO後の御木本に負けるほど私は衰えてもいないので、来るなら来いと言いたいところだ。正当防衛を必ず勝ち取ってみせる。御木本にしてみれば、手を出せばヨシエさんからの地獄のフルコースが待っているので三重苦だろう。

 しばらくにらみ合っていた私と御木本だが、結局、御木本から視線をそらして、大仰にため息をついた。

「……はあっ、何でランなんだよ。せめて好恵が看病すべきだろ」

 殺すとか殺さないとか言ったわりには、本音はそれらしい。自分の不幸を殺意に変えないで欲しいものである。もちろん、私が頸動脈を押さえていたことは棚に上げる。

 御木本の好きな人はヨシエさんだ。しかも、完璧にふられている。それでもまったくあきらめる様子がないのは、警察に通報すべきか見習うべきか迷うところだ。通報する理由は言うまでもないが、見習うべきところも、ある。

 非常に腹のたつことだが、私と御木本の状況は似ている。どちらも届かない好きな人がいて、玉砕している。ただし、私が頻繁に浩之先輩に会いに行けないのに対して、御木本はヨシエさんと会って話をすることは簡単に出来る。正直、それだけで私が御木本を八つ当たりで殺す理由にはなると思うのだが。

「ヨシエさんは練習こそできませんが、仕事はいろいろありますから。でなければ、私だってこんな看病なんて無駄な仕事したくありません。とくに御木本相手なんて」

 当たり前だが、すでに呼び名から先輩は抜けている。まあ、御木本はそんなことはまったく気にしないタイプだが。というよりも、ヨシエさん以外のことはどうでもいいような態度を度々取っている。

「一応好恵を守ろうとしてやられたんだから、そこは好恵が看病すべきだろ」

「健介は、半殺しの目にあってもそんなこと一言も言わなかったですが?」

 ヨシエさんに報復する為に人質を取ろうとしたアリゲーターと戦った健介は、本当に半殺しのような目にあっていた。だが、あの男は、一言も泣き言など言わなかった。別に尊敬する訳ではないが……いや、あのとき、私は健介を凄いと思った。自分のやるべきことをちゃんとこなす、そしてそれを貫き通すというのは、言うよりももっともっと難しい。

「ちっ、あいつと俺じゃあ状況が違うだろうが。言いたいことは分かるがな」

 健介も、御木本と同じで、多分、ヨシエさんに惹かれていた。結局、田辺さんと付き合うことになったようだけれど、端々でヨシエさんを第一と考えるような態度を取っている。実際のところ、健介よりも、自分の彼氏にあんなことを許している田辺さんの心の広さが、一番凄いと思うのだが、どうだろうか。

「アリゲーターぐらいに負ける方が悪いんだよ」

 マスカレイド三位のカリュウは言うことが違う。制裁でも、怪我があったとは言え、アリゲーターを一蹴している。口だけでないことは、すでに分かってはいる。私だって、今のように、御木本が動けないほどのダメージがなければ、御木本には勝てない。

「そんなこと言って、御木本だって簡単に負けてるようだけど?」

「バカ野郎、あんな怪物に勝てるかよ。まあ、俺の勘違いだったようで一安心だがな。好恵が完調でも、あれの相手は辛いだろうからな、敵じゃなくて良かったよ」

 御木本は、心底安心した声を出すが、私は色々と突っ込みを入れたかった。というか今から入れるつもりだった。

「怪物……?」

 あの女性二人に囲まれて、心底困っていたような情けない大男が?

「浩之先輩の兄弟子だそうですが……そんなに強そうには見えなかったですが?」

「ちっ、あの線かよ。つくづくあっちとは馬が合わねえな。何だ、戦う姿を見なくても、実力ぐらいは測れるだろ。というか、あの格闘バカがやられてなかったか?」

「それは格闘バカは倒れて鉢尾さんが看病してましたが」

 考えてみれば、格闘バカこと寺町は、何と初鹿さんの弟で、まあそれはいいとしても、エクストリームの予選で浩之先輩を負かした相手だし、練習を何度も見ているので、実力のほどは良く分かっている。御木本でも勝てるかどうか怪しいと見ているが、御木本は決して負けるとは言わないだろう。戦いたくないとは言うだろうが。

 その寺町が、確かにKOされていた。ついでに言えば、相手の方はダメージを受けている様子もなかった。これを考えれば、強いのは間違いないところなのだろうけれど……

「正直、まれに見る情けない男でした」

 女性二人に囲まれて、心底困っていた姿は、甲斐性も何もあったものではない。百年の恋も冷めるぐらい情けない姿と、格闘バカを無傷で沈める強さは、合致しない。

 だったら、御木本に都合が悪い方に解釈する方がいい、と私は思った。

「いや、何があったのか知らないが、あれば化け物だろ」

「自分が負けたからって相手がさも強いと言わない方がいいですよ、先輩?」

 私は思いっきり見下した様子で言ってやった。正直、非常に気持ちがいい。迷惑をかけてくる相手を邪険に扱うのは、何て気分が良いのだろうか。

 さっきまで気絶していた癖に無駄に元気に言い返してくる御木本の言葉を、私は右から左に聞き流しながら、御木本とのぎすぎすした時間とは比べるでもない話だが、もっと重要なことを考えていた。

 浩之先輩は、今何をしているのだろうか、と。

 

続く

 

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