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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(98)

 

 葵は自分でも自覚があるが、あまり頭の良い方ではない。成績こそ平均的だが、それは授業中真面目にやった結果であり、真面目にやっても平均点しか取れないとも言える。それに、成績とかそういう部分を抜きにしても、自分が筋脳と言われても仕方ないところがあるのはわかっている。

 何かあれば努力と根性で乗り切ろうとする、主に体力的な方法で、自分が頭が良いとは、葵にはどうしても思えないし、実際バカな部分はあるなあとよく思うのだ。

 今回も、それに近いのだろうか? バカなことは重々承知しているが、それに乗っかっているのも事実で、葵自身には何も言う資格はないのだが、それでもこう思う。

 どうしてこうなった、と。

「いいですか、好きな人を振り向かせるのに、手段なんて選んでいられません。そういう意味では料理というのは上等な部類に入ります。相手の胃袋を掴んでしまえばこっちのものです」

 何故か女子部員プラス自分達は体育座り、まるで学校の先生か軍隊の軍曹よろしく熱弁をふるっているのは、寺町の空手部の唯一の女子部員、鉢尾だ。

「先生、それにはどれぐらいの腕が必要なんですか?」

 ノリの良い女子部員が、挙手をして発言する。

「どれほど、というほどのものでもありません。もちろん、相手にもよりますが、ようは相手を自分の味にならしてしまえばいいんです」

「なるほど、調教するんですね、わかります」

 本当に分かっているのだろうか? 少なくとも葵には良く分からない。まあ、葵もノリは悪くないし、勢いで言われたら返事をしてしまいそうな気もするが。

「ただし! あくまでそれは一定以上の腕があってのことです。不器用な様子で一生懸命頑張る姿もそれはそれで好印象を与えるでしょうが、かわいいだけで通るのは若くてかわいい場合だけです。この中で、自分がかわいいと自信を持って言える人がいますか?!」

 うっ、と本当に一部の人間以外は胸を押さえる。「私ってかわいくね?」と思うことも、それは人間だ、あることはあるだろう。だが、本当に胸の中に聞いて、それに自信を持って言い返せる人間は少ない。

「ああ、そこの来栖川さん達は除外しますね。私の目から見てもかわいいので」

 みんなの視線が、一斉に葵達の一角に集まる。羨望の眼差しだったり、何故かまるで親の敵のように見られて、葵はちょっと縮こまる。自分がそこまでかわいいとは思っていない葵としては、恐縮するばかりだ。

 まあもっと凄いと思うのは、そこの一角は、葵とラン以外は平然としていることか。まあ、名前に出た綾香はもちろん、ランの横にいる初鹿もお嬢様然とした、誰から見ても美少女なので、自信があるのだろう、柔らかい笑顔をまったく崩さない。坂下にいたっては、だから? とすでに相手するつもりもないようだ。

 この場所、物凄く居心地が悪いんですが……

 まわりと一緒に見られているだけと思っている葵には、そう見られる理由が自分にあるとは思ってもいない。客観的に見ても、綾香にこそ劣るが、初鹿とはいい勝負、人の趣味によっては十二分に勝てるだけの容姿があるのに、それを自覚していない、というのは危険なような、平和なような。まあ自分をかわいいと思う葵よりは、自覚のない葵の方がしっくりいく気もする。

「でも、ほとんどの女の子はそんなことはありません。人よりも絶対にかわいさで劣っていないなんて、口が裂けても言えません」

 うんうん、と皆頷いている。そこにはノリだけではない何かがあった。けっこう女の子にとっては切実なのかもしれない。

「だから、努力するんです! 仕事が出来る女が煙たがられることがあっても、料理のできる女が嫌がられることなんてありません! 料理は万能の武器です!」

 おおっ、とまわりが鉢尾の勢いに乗せられて感嘆の声をあげる。

 今のご時世、女だろうと何だろうと仕事ができればそれはそれでいいことだし、料理のできる男も増えているので本当にちゃんとした武器になるのかどうかは微妙だとは思うのだが、誰も口答えなどできる雰囲気ではなかった。

 これは……男子を別行動にしたのは当然の処置ですね。

 男子部員は、浩之も含めて、全員が全員ここにはいない。部員は坂下に命じられて道場の方で練習をしているし、浩之は浩之で寺町から逃げるためにランニングに行った。目に見える場所にいる男は健介だけだ。

 もっとも、その健介は彼女持ちで、少々女子が怖いことをしていても、今更幻滅などしないぐらいにはタフだ。もしかしたら健介のタフさは凄いのかもしれない。ただ、そのタフさも、勉強させられている今は真っ赤で、瀕死と言うところだが。ついでに言えばその彼女は料理がうまいとはまったく言えないレベルだ。

 で、そんな情けない健介は放っておいて、女の戦いは続いていた。

「でも、先生はその武器を他人に教えてもいいんですか?」

 もっともな質問だ。ライバルとの差別化というのは実際切実である。希少価値というのはあるだけでも強みだ。こうやって皆に技術を振る舞うだけでも、普通ならばマイナスになるかもしれない。

「確かに、私も前ならこんなことは考えなかったと思います。しかし、今のところ……私のライバルになりそうな人はいないので、私も寛大な心を持って事に当たれるんです」

 皆一様に頷く。鉢尾の言葉に皆納得する。鉢尾の好きなのは誰から見ても寺町だし、寺町はバカだが人間的な魅力がないとは言わない、言わないが、異性として見て魅力的かと言われたらこれっぽっちもそうではなく、誰から見ても、鉢尾のライバルはいない。有利不利とかではなく、戦う相手がいないのだから、鉢尾はまわりを気にする必要はない。

 いや、唯一警戒しなければいけない坂下に教えているようにも見えるが、鉢尾だって、坂下を心底気にしないという訳にはいかないが、坂下にその気がないのも、そして寺町が坂下に対してその気がないのも、理解はしているのだ。

 ついでに、坂下はどう見てもこのお料理教室に対してやる気はなさそうだった。まわりの監視役としてここにいるだけのようだった。まあ、坂下は料理の腕は普通なので、少し教えてもらった程度では腕は上がらない、ということもある。

「さあ、では始めましょう! 皆さんの為に、私は鬼になります!」

 「押忍っ!」と部員達はまったく乙女らしくない返事をする。ただし、返事はちゃんと気合いが入っていた。坂下の教育はこんなところでも効果を発揮しているようだった。

 鉢尾さん、最初は大人しい人かと思ってたんだけど、と葵は思った。

 まあ、恋する乙女は何とやら、だ。葵でも分かるようなあからさまな鉢尾の寺町に対する態度は、葵としても好感の持てるものだ。ライバル相手にだって応援を送りそうな葵だから、鉢尾にがんばれと思うのは当たり前だろう。

 本当に格闘技以外には何も興味のなさそうな寺町を好きになるのが、どれほどきついことか。どれだけ好きになっても気付いてくれない鈍感な人を好きになった葵には良く分かる。

 よし、私もがんばろう。もっと料理がうまくなって、センパイに作ってあげるのも悪くないし。

 しかし、がんばろう、という言葉は、葵には鬼門だ。どう鬼門かと言うと、がんばろう、と思っただけで、葵のテンションが上がってくることだろうか?

 葵は、やっぱり何というか、ちょっと変な子である。

 あまり時間もかけずに物凄いやる気になった葵は、皆と一緒に鉢尾の講義を真剣に聞き出したのだった。

 

続く

 

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