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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(101)

 

 修治は、もちろんこんな戦いを楽しめはしなかった。

「ほれほれ、修治。アヤなんかにいいようにやられて、さっきまでの勢いはどうしたんだい?」

 にやにや度マックスの彩子は、修治をあおるだけあおっている。いじめて楽しんでいるだけとも取れる。というか九割以上修治に対する嫌がらせだろう。修治も人のことは言えないが、彩子のドS具合は並ではない。

 まあ、ぶっちゃけこの姉の前で、楽しかった記憶など、まったくないのだが。彩子だって修治を好んでいる訳でもないのに、姿を見ると平気で近づいてくる、だけで済むならば修治だって無視するだけなのだが、会えば必ずちょっかいをかけてくるのだから、修治としてはたまったものではないのだ。

 が、それはそれとして、修治はふと思った。

 俺は、まあこの糞姉がいる以上、ろくなことが起きないのは、認めたくはないが仕方ない。だが、こいつはどうなんだ?

 修治と戦わされているアヤに、修治は目を向ける。まったく、見れば見るほど綺麗な少女だが、今は殺気立っており、正直お近づきになりたくない相手ではある。そして、見れば見るほど、憎らしいほど才能が見て取れる。

 どれほど鍛えているのか分からないが、修治よりも鍛えているということはないだろう。しかし、それでも修治と十分戦えているのだ。いくら職業的な格闘家と言え、いや、だからこそ、修治と戦える少女など、そういるものではない。

 そして、何より思うのが、戦っている姿は、どう見ても楽しそうではない、ということだ。

 修治は、今の状況、親しくない才能に溢れた少女が相手、彩子がいる、などという状況が重なって、この戦いを楽しめなどしないが、強い相手と戦うことを楽しめない人間ではなかった。でなければ、綾香にケンカを売ったりはしない。

 まして、相手がこれほどの強さとなれば、いつもならば十分楽しめる。だが、相手がどうなのか、というのは修治の思考の範疇にはなかった。まあそうだろう、格闘バカは、基本的に相手の都合など考えない。

 案外、この子も先輩命令でやらされてて、いい迷惑なのかもなあ。

 目の前の相手が、本当はどう思って戦っているのか分からないが、修治はそんな想像をして、勝手に同情した。しかし、それは修治の独りよがりな考えでしかなかった。実際は、まったく違った。

 修治の気がそれたのを、瞬時に判断したのか、アヤは修治との距離を素早くつめてくる。

 これは……タックル。

 最初から腰を落とすのではなく、相手との距離をつめて、相手の視界をなるべく占有してから素早く腰を落とすことによってフェイントを生む動きだ。だが修治は、その動きについていく。

 アヤが下に入り込もうとしたのを、上から覆い被さり、片手で下におさえつけて、タックルを切る。

 本当に、この子はどこでこんな動き覚えたんだ? プロレスラーの動きじゃないだろ。どっちかってと、総合格闘家か、むしろうちの流派に近いんじゃないのか?

 一対一で武器なしならば何でもあり、武原流柔術はそういう武術だ。ぶっちゃけ、この日本では役に立たない。軍隊、まあ日本は自衛隊と言い張るが、は格闘など使うことなどないし、警察にしても、捕獲相手の身体をぶち壊しては意味がないどころか有害だ。

 だが、アヤの動きは、むしろ修治に近い。先ほどの頭突きもそうだ。プロレスラーなら分からないでもないが、格闘家として頭突きを使う流派は、非常に実践的なものが多い。

 素人が見よう見まねで覚えたようなものではない。明らかに長い間洗練された動きだ。少なくとも、ちゃんとした指導者について練習をした動きなのだ。まして、これほどの才能と技が組み合わされば、向かう所敵なしだろう。

 と考えながら、片手でタックルを切っている修治も修治だが、しかし、アヤの動きは、修治に余裕など与えてくれなかった。

 アヤは、頭を押さえ込んだ手を素早く取ると、そのままくるりと身体を回転させ、修治の腕に身体ごとしがみついたのだ。それは、腕ひしぎ十字固めに入る動きだった。

「!?」

 が、修治の反応も早かった。アヤの動きを察知するが早いか、腕を引き抜いて大きく距離を取ったのだ。腕に身体をあずけようとしていたアヤは、さすがにそれを追うことは出来ない。腕力で勝っている上に、技術でもまったく遅れを取っていない修治が本気で腕を引き抜こうとすれば、そのまま捉まえておけるものではない。

 しかし、アヤの方も慌てず身体を回転させると、音もなく着地する。

 修治がやる気であれば、逃げるついでに蹴りの一発でも入れれたかもしれないが、しかし、アヤの立ち直りの早さを見ると、実際に当てられたかどうかは微妙なところだ。

 くそっ、本当に何だってんだ。だいたい姉貴じゃねえが、俺が教えられることなんて一つもねえよ。

 彩子がどういうつもりでアヤの練習を見て欲しいと言ったのかは未だに分からないが、もしかしたら、自信をつけさせるためのいい当て馬にされているのかもしれない。修治だって、自分の実力はそれなりに自負しているのだ。その修治を倒すとなれば、相当な自信となるだろう。

 ……冗談じゃねえぜ、まったく。

 ゆるり、と修治が動いた。初めて、自分から相手との距離をつめる。

 ただ前に出ただけなのに、じりっ、とアヤの身体が後ろに下がった。先ほどまでヤジを飛ばしていた彩子達の同僚も声を潜めて、静かになった。さあ、彩子や由香、それに何故か混ざっているサクラなどがどんな顔をして見ているのか、修治には興味も沸かない。少なくとも、姉を確認してもおそらく不快になるだけだというだけは予測出来た。

 決して簡単に攻められる状況ではないだろうに、アヤは一歩下がったことを悔いるような勢いで、修治に向かって飛び込んで来た。

 狙いは、ワンツーからのハイキック。まるでお手本のような動きだ。攻撃されるよりも前に、修治にはすでにはっきりとアヤの打撃の軌道が見えていた。

 気持ちよく、コンビネーションなどさせない。

 修治に向かって放たれた左のジャブを、修治は手から手首、腕で絡め取る。本当に絡める訳ではない。つまりは、相手の引き手が鈍るほどでも動きを遅滞させればコンビネーションなどものの数ではない。

 武原流、絡み袖。

 古風な名前の技だが、れっきとした現代格闘技用、そして連打を得意とするような流派に対して、地味ではあるが致命的になりうる崩し技だ。

 修治の崩しに、明らかにアヤの動きが不自然になる。少なくとも、コンビネーションを続けられるような勢いは修治によって阻止されてしまった。

「ふっ!!」

 しかし、アヤが躊躇したのは一瞬、すぐに空いた腕をコンビネーションではない、一撃で相手を打ち抜くように容赦ない威力を込めた大振りの腕、腰の入ったそれは一般的な打撃ではない、プロレスの打撃、ラリアットだ。全体重を乗せて打たれるそれは、使い手が打てば相手を宙で半転させるほどの威力を誇る。

 が、そんな大振りな動きは、修治にとっては何でもなかった。片手でそれをあっさりと受けると、そのままラリアットを打って来た右腕を背中に背負う。

 ぽーんっ、と簡単に女性としては大柄なアヤの身体が、まるで羽でも生えているかのように宙を舞う。

 真っ正面からカウンターを取ろうとした綾香の打撃を取って、そのまま背負い投げにいけるような男なのだ。ラリアットのような予備動作の大きい技など、それこそ余裕だろう。

 が、アヤの身体が大きく宙を浮いても、それが勝負を決するにはほど遠いのも確かだった。

 プロレスラーは投げ技に非常に強い。日頃から、素人が受ければ即死するような危険な投げ技を受けているのだ。打たれ強さ、受け身のうまさなどは、他の追随を許さない。打撃ならば急所を打たれれば終わりだが、投げ技は致命的な技を日頃からさばいているのだ。例えば、ジャーマンスープレックスやパワーボムなどという技は、プロレスラー以外に受け身が取れるとは思えない。そんな技を使う流派などないのだ。柔道の受け身は高さに弱いが、プロレスラーはその心配すらない、いや、叩き付けられたところで、受け身を取りきるだろう。

 しかし、勝敗は、あっさりと決まった。修治は、もともと投げ技で倒そうなどとは、まったく考えていなかった。

 パンッ

 身体が宙にあり、まったく身動きの取れないアヤの顎を、修治は拳で打ち抜いたのだ。しかも、綺麗に頭を揺らすように。

 当たった音は軽かったが、本当の意味での、打撃のクリーンヒットだった。普通ならば、アヤだってプロレスラーである、鍛えに鍛えた首が脳震盪を守ってくれたのだろうが、宙に浮く、という状態は、正常な身体の操作というものを酷く阻害する。いくらアヤがそういうものに慣れていたとしてもどうしようもない。

 そして、防御も回避も、しようがなかった。

 投げた相手の身体が宙に浮いている間に打撃を当てる。浩之は、この技を膝でやったが、何も膝で、というか脚でやる必要などない。ラビットパンチよりもさらに相手の急所を簡単につけるそれは、器用に動ける腕で出来るのならばそれに越したことはなかった。

 くそっ、まったく、まったくだぜ。

 一瞬で動けなくなったアヤを、修治は素早く腕で受け止めた。それが、少し役得に思えて、自分で自分が少し嫌になる修治だった。

 

続く

 

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