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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(102)

 

 宙に投げられ、あごを打ち抜かれて意識を無くしたアヤを、修治は抱き留めた。先ほど必殺の技を打ったばかりとは思えないほどの余裕ぶりだ。

 あれだけ強かったからと言っても、それでアヤの風貌が色あせる訳ではない。男とはまったく違う汗の匂いを、修治はできるだけ意識に入れないようにした。いくらあのまま落ちれば危ない、どんなに鍛えていても落下に強いのは意識があって受け身を取るからだ、とは言え、意識のない少女を腕に抱きかかえるというのは、身内以外の女性に対して免疫のない修治には、いささか厳しい。

「どっか寝かせる場所、ないか?」

 綾香と同等の実力を持つ、この話の本編では本気で戦うことは、おそらくはないだろう怪物、修治がどう思おうと、怪物と呼んでいいだろう、は本気とも思える殺気立った目で彩子を睨み付けていた。

「ああ、そっちにでも寝かせておけばいいさ。何なら、もうちょっと楽しんだらどうだい? 勝ったんだし、少しぐらいさわってもアヤも文句言わないだろうし」

 しかし、彩子はそんな修治をまったく意に介さずに、冗談まで、冗談だと信じたい、言う始末だ。彩子の同僚すら、その目、いや、ガンをつけられたぐらいで引き下がるような大人しい女性はここにいないので、その実力が全てだろう、を見て声もないというのにだ。

「バカ言え、どう見たって合意の上の戦いじゃねえだろ」

 まあ、合意であろうとも、勝てば何でもしていい、と言われていたとしても、修治はアヤに手を出したりはしないだろう。それは健全というのとは少し外れているし、潔白というのにもいささか迫力が足りない。まあ、いいところいくじなしだからだろう。

「容姿だけなら、来栖川の綾香とも対等なのに、もったないと後で思うと思うがねえ」

 いや、それは修治だってもったいないとは思う。ここまでの美少女と修治が知り合う可能性はもうないと思うほどに、アヤは綺麗だ。まして、意識を失って、明らかに殺気を放つ、それはプロの格闘家と言うよりも、殺人者の方によほど近い、目が閉じられ、眠れる美少女となっているのならなおさらだ。

 修治のようなへたれにはそれでも手を出すことなんてできない、というのもあるが、こんな公衆の面前でやりたいと思うほどの変態でもないし、まわりに誰かいなくとも、したいとも思わない。性欲とはまた別の話だ。

 修治が動くと、彩子の同僚達も道を開ける。先ほどまでからかっていた女性達も、目の前にいるのが簡単にからかっていい相手ではないことを遅まきながら理解したのだろう。まあ、それでもそれなりに知っている数人は、まったく恐れる風もないが。しまらない話だが、修治が女性にとことん弱いのを、理解されているのだ。

 練習場の脇に、丁度ボストンバックがいい感じに枕になるように置かれていたので、そこに修治はアヤを寝かせる。意識はまったく戻っては来ないようだった。まあそうだろう。確実に仕留めるつもりで修治は技を放っていたし、それを回避するには、アヤには色々と足りないものがあった。

 強いは強かった。ここ最近、修治も猛者と相対することが多かったが、それにもひけを取らないぐらいだ。性別のことを考えれば、むしろ破格の強さだろう。まあ、修治自身、負けるなどとはつゆも思わなかったが、綾香と戦ったときだってそうなので、参考にはならない。

 だが、次はこうはうまくいかないだろうなあ、という思いもある。

 何をやられたのか理解すれば、アヤならば対策を練ってくる。次にはあんな簡単に意識を断つのは無理だろう。というか、あくまでこれは不意を突くからこその威力だ。本気で首をかためたプロレスラー相手では、あんな軽い打撃では脳震盪など起こせない。

 もちろん、であれば修治は相手のあごを砕くつもりで打撃を出すことも出来る。普通ならばスピードが多少なりとも犠牲になるが、この技の恐ろしいところは、相手に回避を許さないことだ。まあ、防御はできるが、それもやりにくいことは間違いない。修治だって万全の体勢ではないが、ようは相手の防御力を上回るだけの打撃があれば、当たるのならば問題ない。そして、そのどちらも、修治は手に出来る。その実力がある。

 が、そうなれば、こんなに綺麗に、お話のように地に落ちるアヤを抱きかかえることなど不可能だろう。そのまま落ちれば惨事になるのは間違いないし、その前に、回避できない相手を襲う修治の、頭を揺らして意識を断つのではなく、破壊を狙った打撃が当たって、無事で済むとは思えない。意識どころか、身体が壊れる。その綺麗な顔が二度と見れなくなる可能性も多分に含む。

 予想以上に重い身体、細身に見えて、鍛えられるだけ鍛えてあるのだろう、を置くと、修治は彩子に向き直って、彼女を睨み付ける。

「次はこうはいかないだろうけど、まあ今回は修治の勝ちだねえ」

「ああ、次はこうはいかないだろうが、今回は俺の勝ちだ」

 プロの目から見ても、圧勝。それを、次はこうはいかないと言う二人。どちらが正しいと言えば、どちらも正しい。何度やろうとも、修治は勝つだろう。しかし、何度もやれなどしない。次は平気かもしれないし、その次はまだ大丈夫かもしれない。しかし、何度目かは分からないが、修治は負ける前にアヤを壊してしまうだろう。

 少なくとも、アヤの今の実力ならば。修治が勝つ。修治が壊す。これは間違いない。それだけの実力が、修治に、そしてアヤにあるから。

 それを分かっているから、修治は不機嫌で、彩子は、さて上機嫌なのか、雄三と会うとき以外はいつもこうなので分からないが、機嫌は悪くないのか、いや、悪いのか?

 と、多少シリアスになっていたところに、水を差す存在が。

「よし、じゃあ次は私ですねー。さあ、修治さん、張り切って来て下さい。どちらかと言うとグラウンドの方が好みですっ!!」

「えー、もう勝負は済んだから、こっちの用事は終わりよね? お姉さんと泳ぎに行きましょうよ、ねえ?」

 一応、しばらくは自重していた由香とサクラに詰め寄られて、修治は崩れる。主に情けない方に。しどろもどろになりながらも、修治は答える。

「いや、ちょっと姉貴と話が……」

「そんなの嘘に決まってるわねー。私から見ても、修治君お姉さんこと嫌ってそうだから」

 大正解ではあるが、修治とていくら自分が格闘以外はまったく駄目だとしても、今日会った人に見透かされたくはないものだ。

「彩子先輩なんて放っておいていいから、私と組み手しましょうよー。私だってエクストリームの控えた大事な時期なんだから、修治さんと組み手をするぐらいの役得……特訓は必要だと思うんですよね!!」

「いいから黙っておいてくれるぅ? あなた、全然真面目にしそうにないし」

「その薄汚い姿さっさと消してくれませんか? というか、ここはうちの練習場なんですから、部外者はどっか行って下さい!」

 にらみ合わない二人のいがみ合いに、修治は心底困り果てていた。というか、修治にしてみれば、この二人がどうしていがみ合うのかさっぱり分からない。二人が修治に気があるから? それはない、いや、大きく捉えればそうなのだろうが、少なくとも異性として取り合いをされているのではないと分かっている以上、嬉しくとも何ともなかった。もし異性として見られていても、もうまったく修治には嬉しくない。

 二人が、修治のストレスがぎゅんぎゅんと上がっていく口戦をなおも続けようとしたところで、思わぬところから、救いの手がさしのべられた。

「うるさい、二人とも黙ってな」

 修治を救う為では決してない彩子の手が、由香と、由香だけならまだしも、部外者であるサクラの顔を真正面から掴んだ。

「いっ……いたたたたたっ、痛いですって!!」

「ちょ、これシャレになってな……あたたたたっ!!」

 決して弱くはないであろう、腕力的に見てもだ、二人をあっさりとアイアンクローに切って取る彩子。というか、そのままじりじりと二人の頭を下ろして強制的に膝をつかせるとか、どんな腕力をしているのだろうか。

「あー、姉貴、あんまり酷いことするなよ。話せば分かるだろ」

「だから修治は女の扱いがなってないってんだよ。この手合いに言葉が通じる訳がないだろ。ものを言うのは有無を言わせない腕力さ」

 こんなうまい女の扱い方など、修治は覚えたいとはとても思えなかった。だいたい、有無というか、痛々しい悲鳴が聞こえているのだが、そこらへんは問題ないのだろうか?

「で、アヤの実力はよく分かってもらえたみたいだね」

「ああ、まあだいたいな」

 強い。才能も素晴らしいし、その殺気はやはり格闘家には向いていると思う。後数年もすれば、修治との実力が逆転していてもおかしくないぐらいだ。あくまで可能性の話で、修治には負ける気はなかったが。

「で、修治。あんたにやってもらいたいのは、こいつを強くしてもらいたいんだよ」

「あのなあ、俺に出来ることなんて……」

 彩子は、それまでの不敵としか表現しようのない顔を、修治も初めてみるような表情にして、言った。決して、負の感情ではない。しかし、説明できない。

「来栖川綾香と対等に戦えるぐらいに、強くしてやりたいのさ」

 修治の知識では、その表情を、言葉には出来なかった。

 

続く

 

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