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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(103)

 

 羽民の話は、実際よくある話だった。

 もともとそんなにもうかってもいなかった会社が、この不況でいよいよ危険になり、もっと大手に吸収合併されるというのだ。

「まあ、それでもだいぶましな方なのよ? うちには、余剰人数はいないから、誰も首にはならないし、吸収合併されたからって、私がする仕事が変わる訳でもないしね」

 そう笑顔で言う羽民だが、表情はすぐれない。笑顔も、無理しているのが見ただけで分かるぐらいだ。

 しかし……ヘビーな話だ。浩之はそう思わずにはおれなかった。所詮、浩之は単なる一高校生で、会社がどうとかの話になれば、一片たりとも役にたたないのだ。慰める、としても、社会に出ていない浩之には、アドバイスの一つすらできなければ、共感すらすることができない。

「下手すると、お給料は良くなって、仕事は楽になるかもしれないわね。少なくとも、雑用からは解放されると思うわ」

 そう言う羽民は、まったく嬉しそうではなかった。声はつとめて明るく振る舞ってはいるが、それでも、にじみ出るものがある。

 というか、思ったよりも年齢が上なのか?

 浩之の見る限り、羽民はせいぜい二十前半だ。浩之と、多分5歳も違わないだろう。のわりには、普通に会社の話をしている。今年社会人になった、というのには、いささか落ち着き過ぎているようにも見えた。

「それは、もう決定事項なのか?」

「そう、もう決定事項。だから、うちの会社があるのは今期まで。来年の四月からは、新しい会社で働くことになるわね」

 遠い話のようにも思える。少なくとも、後半年以上あるのだから、その間に景気が回復、でなくとも、会社の状況が持ち直して……ということは、なさそうだった。羽民は、それをすでに済んだことのように言っている。今更どうこうなる話ではなさそうだった。

 いや、そういう意味では、納得している、とすら言える。

「羽民さん……ちょっと聞いていいか?」

「ん? スリーサイズは勘弁ね?」

 冗談のように言う羽民の笑顔には、力がなかった。しかし、それでも消しきれない華がある。そう、美少女度、まあもう普通の社会人ならば少女と呼ぶのはおかしいか、美人度ならば綾香の方がかなり高いだろうが、羽民からは、綾香にも似た華を感じた。言いたくはないが、あの性格はともかく、実力はあるプロレスラー、由香もけっこう華のある少女だが、考えてみれば人気を売るプロなので当然なのかもしれない。いや、それを言うとよく由香と一緒に現れるアヤという少女は、顔の割に少々華に欠けているような気もするが。

「それもちょっとひかれるけど違うって。羽民さんって、実は俺よりもかなり年上?」

「む、女性の前で年齢の話はどうかと思うけど? まあ、別に隠すほどのことでもないし言えば、二十一よ。何、老けて見える?」

 羽民は気にしてない風を装っていたが、けっこう気にしている様子だった。まあ、老けて見えるのは、女性にとっては無視できない話だろう。

「いや、何か年齢の割には、ずっと仕事してたような口ぶりで言ってたからな。どう見ても俺とそこまで歳が離れているように見えなかったし」

「あはは、ちゃんとフォロー入れるんだね。さすがは藤田君、ナンパな子ね」

 いやナンパなんかしたことないんだけど、と言うと、嘘ばっかりと羽民に肩をすくめられた。正直、浩之は修治ほど過剰に反応するほどでもないが、ナンパをしていると言われると、ちょっと納得できないものを感じていた。ただ、浩之は天然で女の子をひっかけるので、修治のときの事実無根とはだいぶ違うのだが、そこに浩之の自覚はない。

「ほとんど高校行かずに仕事しだしたからね。実際、年齢なら上の人は多いけど、若手だと私が一番上みたいなものよ。その分、責任とか雑務とか本職じゃない業務とか後輩の世話とか、数限りなく仕事があるけど。まあ、そうは見えないだろうけどね?」

 浩之にとってみると、けっこう納得できる話だった。苦労しているからこそ、年齢の割に落ち着いているのだろう。懸念材料がなければ、もっとパワフルなのかもしれない。いや、実際、弱っているのだろうに、それでも見え隠れするパワフルさを感じる。

 一体、何の仕事なんだろうなあ? まあ、職種に関わらず、やるべきこと以上のことをやっている人間ってのはこういうものなのかな。

 浩之は、そんなえらそうなことを考えたが、別に根拠なくそう思った訳ではない。例えば部活を頑張っている人間や、何か趣味に一途に没頭する人間には、生命力とでも言えばいいのか、そういうものが見て取れるのだ。そして、羽民からはそれをひしひしと感じる。

 しかし、有能なのは間違いないだろう。いくら若いころから働いているとは言え、その年齢で多くの仕事を任されるのならば、無能ではどうしようもないだろう。いや、ただ苦労を背負っているだけという可能性もある。面倒見が良さそうなのでなおさらだ。

「じゃあ、もう一個質問なんだけど」

 浩之は、できるだけ何でもないように、聞いた。

「何か、羽民さんは合併のことはあきらめてるように見えるんだが」

「ん……まあ、そうね」

 羽民は、弱々しく笑いながら、肩をすくめた。

「話を放っておいて藤田君には悪いけど、もうできることなんて何もないのよ。どうにかならないか色々考えたし、来る限りのことはやったけど、お金のことだけはどうしようもないからね。会社がつぶれるよりは、吸収された方がましだと本気で思ってるわ。藤田君に聞いて欲しいのも、単なる愚痴なのよ」

 大人の世界、というかお金の関わる世界では、どうしようもないということは多い。やれるだけやって駄目だったとき、それに絶望するよりは甘んじても次策を取るのは逃げなのかもしれないが、少なくとも、ましだ。玉砕覚悟はできるのかもしれないが、ただの玉砕に意味などない。

 若くとも、社会の荒波にもまれてきたのだろう羽民は、そこらへんを浩之よりもよほど分かっているだろう。浩之にできることは、せいぜい愚痴を聞くことぐらいなのだ。

 だが、もうあきらめているというのならば、どうしてそんなに悲しそうなのだろうか? それに、一応次の仕事の目処がついているのだから、面倒事は色々あるだろうが、そこまで堪えるものなのだろうか?

「やっぱり、吸収合併ってのは嫌なのか?」

「嫌……嫌、かあ。どうなんだろうね、私にもいまいち分からないよ。少なくとも、合併先にはわだかまりがない、とは言えないけど、まあしばらく一緒にやってればすぐに慣れるとは思うよ。でも……会社がなくなるのは、嫌だね」

 私の、青春みたいなものだからね、と羽民はつぶやく。

「や、まだまだ私は青春まっただ中と言ってもいい年齢だとは思うけど。本当に青春まっただ中の藤田君の年齢の子に言ったわ笑われそうだけどね」

 今度は、羽民は少し力を取り戻したように笑った。やはり、そこには華がある。

 それが、理由の一つなのだろう。ほとんど高校に行かずに、となれば、十五とかそれぐらいで働いていたのかもしれない。であれば、それこそ青春の時間は今の会社と共にあったはずだ。青春みたいなもの、ではなく、青春そのものだったのだろう。

 未練がない、というには、あまりにも多くのものがあったのだろう、と浩之にだって想像できる。なくなるものが、例え名前だけであっても、簡単に割り切れるものではないだろう。

 だが、それだけ、あまり団体に所属という経験のない浩之には、自分のいる団体がなくなるということへの感覚はないからそれだけと言えるだけかもしれないが、それだけではないような気もするのだ。

 そう、浩之は、羽民から最初に感じたものが華だとするならば、二番目に感じたものは。

「それに、やっぱり吸収だからね。向こうではちょっと肩身が狭いのは否めないと思うよ」

 羽民から二番目に感じたものを、羽民自身、多分自覚はないのだろう、口にする。

「だから、私ががんばらないと」

 

続く

 

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