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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(104)

 

「だから、私ががんばらないと」

 そう口にする羽民の顔は、真剣そのもので、浩之には言葉を紡ぐことが出来なかった。

 自覚はなくとも、事実はある。その事実として、浩之は困っている人を放っておけない。それこそ、例えそれが相手にとって嬉しいことでもなかろうとも、強制的にでも助ける。それが浩之の性質であり性癖であり逃げることのできない道でもある。

 しかし、その道に向かう為には、一つだけ外れてはならないものがある。例え、口でどう言われても、態度をどうみせられようとも、浩之は本能的にそれを察することができる。

 助けて欲しい。その言葉を耳でなくとも聞いたとき、浩之は迷わない。

 不可能を可能にし、壊せないものを壊し、助けられない者を助ける。浩之の最大の行動原理にしてどうしようもない欠点にして最強の武器。それが発動するための、ただ一つにして、そして必要な理由。

 だから、今回は、それは発動しない。これだけ困っていて、どうしようもないと思っているのだから、浩之の助けが必要なはずなのだ。必要でなくとも浩之は強制的に助けるはずなのだが。

 華がある、と何度も思ったが、その顔は、もう華と言うのすら躊躇してしまう。

 言うなれば、空に輝く星のように、遙か遠くにあるからこそ密やかな光ではあるが、それは太陽にも負けない強さで輝いた結果に見える、見えないはずの炎。

 助けなど、いらない。

 自分が、誰の手も借りず、自分の力でどうにかしてみせる。いや、する。

 羽民の声は、表情は、そう言っている。

 強がりなのかもしれない。無理をしているのかもしれない。自暴自棄になって、やけになっているだけなのかもしれない。だが、助けて欲しいとは、一片たりとも思ってない。そう、だからこそ、こう簡単に浩之に相談したりできるのだ。

 それは、単なる話でしかないのだ。羽民にとって、浩之が頼りないとか、そういうものではなく、羽民は言葉に出す前から結論を持っており、それには、例え死んでも変えるつもりがないからこそ、弱さを見せることができる。すでに弱くない部分を人に見せたところで、羽民にとっては痛くも痒くもないのだ。

 まあ、初対面に近い高校生に、本気で相談することはないってのは分かってたけどな。

 その強権、どちらかと言うと狂犬のような気もするが、の発動ができなかったことを、浩之は残念には思わなかったが、まったく頼りにされなかったことを少し残念に思う気持ちぐらいはあった。

 何より、目の前で困っている人がいて、それを自分ではどうにもできないと分かっていても、それ以上に、本気で助けはいらないと思われていることが、浩之を歯がゆい気持ちにさせるのだ。だが、手を出すなと表面だけではなく本心から言われている限り、浩之には手が出せない。

 片鱗であっても、助けて欲しいと思ってくれれば、相手が泣いて叫んで嫌がろうとも、浩之は全力で助けることができるのに。

 羽民は、表面こそ弱っているように見てえ、その実、何も弱ってなどいない。まったく浩之の助けを必要としていないことでも明らかだった。これが浩之ではなく坂下ならば、ないがしろにされることを極端に嫌がるのでもっとのっぴきならない状況になっただろうが、浩之はあくまで、助けることが譲れない部分なので、ないがしろにされる部分は、坂下よりもよほど寛大なのだ。

 自分というものを今ひとつ分かっていないところがある浩之が気付ける訳もないが、それは羽民の原風景なのだろう。一言で言ってしまえば、強さ。誰の手助けも必要ないと、考えもしないいびつなもの。真っ向から天才であり怪物である綾香などとは、また異質なものだ。

 そして、こうなってしまえば、浩之に出来ることと言えば、一言言うだけだ。

「そうか、何か力になれないみたいだけど、頑張れ」

 応援すら、羽民には必要ないだろう。どれだけ弱っていても、その奥には他人の声は届くことがない。

「ええ、ありがとう。まかせておいて、これでも私、タフだからね」

 笑ってぐっと力こぶを作る羽民の姿は、本当に華がある。むしろ覇が感じられると言った方がいいのかもしれない。

 その堅くな? 違う、そうそうあるという強さは堅いだけでどうしようもない脆さとは大きくかけ離れている、なものとは大違いで、羽民には応援の言葉を受け取るだけの余裕、なのか柔軟性と言っていいのか、まあ、これも素直さと言っていいのかもしれない。

「まあ、社会に出るとなかなかままならなかったりするのよ。高校生の君に言うようなことじゃないけどね、世知辛いものよ」

 そうやって、弱さを見せることすら、強さを崩す理由にはならない。

「さて、少しは気分展開にはなったし、またがんばりますか」

「あー、俺もランニング中だったな、そういや」

 まだ料理教室は続いているかもしれないが、自主的なトレーニングを行わない理由にもならない。羽民と話をしたのは、浩之にとってもいい気分転換になっていた。少なくとも、根の詰めすぎで頭が焼き切れるというのはなさそうだ。

 羽民は、少し迷ってから、浩之に話を切り出す。

「……ねえ、藤田君、よければ携帯の番号教えてくれる?」

「あ、俺携帯持ってないんだ。家の電話番号なら教えるけど?」

 これには羽民も予想外だったのだろう、少し慌てる。

「い、今時携帯電話持ってない高校生がいたんだ……」

「いや、全部自分のお小遣いでどうにかしろって言われてさ。さすがにそんな余裕ないからな」

 最近は食費分増やしてもらっているとは言え、トレーニングにも色々とお金はかかってしまう。遊んでいなくとも、お金は余ってはない。アルバイトをするような時間もないし、けっこうかつかつだ。

「ん……まあ、縁がなかったてことか」

 浩之には聞こえないように、羽民はそうつぶやきながら、肩をすくめた。

「ならいいわ。親御さんが取ってどういう知り合いなのか詰問されても困るでしょうし」

「いや、そんな親いないだろ」

 一体いつの話だというか、子供が男ではそういうこともないだろう。というか、そもそも親がいることの方が少ないという特殊な環境なのだ。

「藤田君、いつまでここにいるって言ってたっけ?」

「ああ、合宿は明日で終わりだな」

「そう、私はもう少しここの近くにいるけど、ちょっともう会えることはなさそうね」

 羽民は少し寂しそうに笑ってから、言葉を続ける。

「でも、話せて楽しかったわ。また、縁があったら会いましょう?」

「ん、そう言っているとなかなか油断できない場所でばったり会ったりするもんだぜ?」

「ふふ、それはそれで面白そうね。じゃあ、そう願って、さよなら」

 羽民は軽く手を振って、何の未練もないかのように背を向けた。普通であれば、これで二人が会うことはもうないはずなのだろうが。

 そうは問屋が卸さないのが、人生のままならないことだ、というのを後から羽民が痛感するのは、そう遠くない話だった。

 

続く

 

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