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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(106)

 

「な、なあ、やっぱりやめようぜ」

 風避けのためにだろう植えられたのだろう、散歩道のほとりの林の中で、三人の男達が言い合いをしている。いや、言い合いと言うには、一人に対して、残りの二人は及び腰だ。

「てめえら、このままなめられたままで終わろうってのかよ?」

 一人息巻く男は、明らかに逃げ腰の二人につかみかかりそうな勢いだ。

「つっても、お前だって一撃でやられたじゃんかよ」

「あぁ?! 何か言いやがったか!?」

 ぼそっとつぶやいた逃げ腰の男に、声を荒げる方の男がつかみかかる。

「俺は殴られたんだよ!! やられたんだ、このままで済ませるもんかよ!」

 つかみかかられた方は、それで殴ったりはしないものの、明らかに不機嫌になった。先ほどまではいきまく男の勢いに負けていたような部分もあるが、怒りの方が勝ったのだろう、手荒くはね除けると、しかしどこか怒りに全部まかせられないような声で怒鳴る。

「アホか、俺らだってぶつかられたんだ、腹たたねえわけじゃねえよ! だからって一角にケンカ売るのはバカのすることだろ! 一発殴って気絶させるなんて、俺見たことねえよ、俺はあんなのとは二度と関わり合いたくねえんだよ!!」

「俺もそう思うぜ。ありゃやばいって。あんなの放っておいて、気ぃ取り直してナンパでも行こうぜ」

 気後れしていたもう一人の男の方も、そちらに同意する。というか、もうさっさと忘れたい、という気持ちがありありと出ていた。

「そういうわけだ、行きたいんなら一人で行けよ」

 一応友達なのだろうが、まったく相手の心配をしているようには見えなかった。まあ、人に対する思いやりなど持っているようには見えないので、自分の身の危険と天秤にかけるなど、最初からする気などないのだろう。

 名前のないこの三人のモブらしき男達は、昨日坂下達をナンパして、ついでに幸運にも五体満足で帰途につけたはずの男達だった。実際、かなりの僥倖のはずだ。

「あぁ? 普通にやって勝てねえなら人集めりゃいいだろ。あのくそったれの一角とケンカだけなら誰も来ねえだろうが、一緒にいた女らのレベルはすげかったんだ、誘えば来るやつぐらいいくらでもいるだろ」

「ああ、確かにレベル高かったよな。あれなら人集まるかもなあ」

 まあ、坂下は格好いい系であるし、初鹿も立っている分にはお嬢様だし、サクラは不自然なぐらいに胸が大きい。お近づきになりたいという男はいくらでもいるだろう。もちろん、この男達はそんなお近づきになりたいとか、そんな平和なことを考えている訳ではない。

 一人は、それを思い出して、少し乗り気になったようだった。こういう手合いは、危険だと思っても欲の方が高ければそちらに行くものなのだ。

「な、なあ、やめとけって。あれはほんとにやばいって!」

 しかし、どうも身の危険を優先する人間もいるようだった。欲が勝つか保身が勝つかの違いでしかないのだが、全部が全部同じという訳ではなさそうだ。

「何だよ、えらく恐がってるじゃねえか。一角の強さは噂で聞いてるけどよ、けっこう前の話だろ? 五人で勝てないってんなら十人武器ありゃ余裕だろ」

 ぶるり、と一人は背筋を凍らせる。

「そうじゃねえよ、一角はそりゃ強えだろうけど、十人に武器持たせりゃどうにかなるだろうよ。でも俺が言ってるのはそっちじゃねんだよ、あの女、マジだ」

「あの女?」

「ショートのやつがいただろ、最初声かけたやつだ。ありゃほんとにやばいって!」

「あぁ? 包帯してたやつか? お前何頭にわいてんだ? 怪我人の女なんて、怖くねえだろ」

 誰を指しているのか、言うまでもないが、坂下のことだ。最後に、ちゃんと釘を刺しておいたのだが、それをこの男は覚えていたのだ。さて、片方は気絶していたとは言え、もう片方はどうも忘れているようだが、それはもうバカというか、生物として失敗しているとしか言い様がない。

「お前は気絶してたから知らねえだろうが、逃げるときにガンつけられたんだよ。ありゃ絶対素人じゃねえよ!」

「ああ、何か部活動とか言ってたな。いいじゃねえか、スポーツ少女とかぐっと来ねえか? 汗くさいのは嫌だけどよ」

「そういうんじゃねえよ!」

 僅かの時間だったが、坂下は片方に大きな楔を打ち付けることに成功していたようだった。というか、そこらの女子高生が不良にトラウマを植え付けるとか意味が分からないが、性根の腐ったアリゲーターを完璧に壊すほどの坂下だ、不思議でもないのかもしれない。

「とにかくあれマジやばいって! 家がヤーさんとか、絶対そんなやつだよ。俺は二度と関わりたくねえ!」

「まあ、当たらずも遠からずというところでしょうか?」

 いきなりあがった柔らかい声に、三人は驚いてそちらを振り向く。

「いや、さすがに坂下もやくざと一緒にされるのは嫌がる気がするんだが。いや、正直どっちが怖いって聞かれると、圧倒的に坂下だけどな」

「脅しと本物の牙では、それは怖さも違いますし」

「な、何だ、てめえらは!」

 まあ、隠れる気があったのかなかったのか、人影はないものの、悪巧みをするには声が高かった、ということだろうか。一体どういう目の付け方をされたのか、浩之などには見当もつかないが、初鹿は不穏な男達の動きに気付いて、こうして姿を現したのだ。

「おい、あの女、一角の身内じゃねえか?」

「愚弟も、さすがにその呼ばれ方は恥ずかしいと……思うような常識は期待していませんが」

 初鹿の性格がアレなのは今更だが、それでも初鹿の寺町に対する言葉は、かなり厳しいものだ。まあ、それを姉弟愛と取るか本気で取るかは、二人が二人とも説明などしてくれないので、聞いている方にまかされるのだろう。

「まあ、一応これでも赤目さんからお給金をもらっている身ですし、私としても、楽しく過ごすために、この方達には、少し静かにしておいて欲しいところですね」

 柔らかい笑みをつくる初鹿に、これはもう完全に、浩之は薄ら寒いものしか感じなかった。

 

続く

 

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