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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(108)

 

 ずず〜っ、と浩之はお茶を啜った。まあお茶と言っても単なる麦茶だが。お茶を啜るのは日本人だけなんだろうか、などとどうでもいいことを考える。

 時間はすでに昼、を過ぎて、食事の後の休憩に入っていた。何か中間の時間が抜けているような感覚すら覚える。

 お昼は、お好み焼きと、何故か大根サラダだった。話を聞くと、火を使うのは危険であるという理由(お好み焼きを焼くときの鉄板はいいのかという気持ちになる)と、材料の問題でその程度しかできなかったらしい。というか、そもそも包丁すらまともに使えない部員が多すぎたらしい。

 結局、端の方にちょこんと置かれている小皿を講師役の鉢尾が実演しながら説明しただけらしい。大根とニンジンの酢の物、いわゆるなますであるが、味はなかなかだ。これだけでも、覚えられないほどの料理の基本がつまっているらしいのだが、正直、浩之にもよく分からない。

 あまりにも脱落者が多かったので、予定を変更して大根サラダになったらしい。でも、かかっているドレッシングは自分たちで作ったそうだ。なますと大根のサラダにどれほどの差があるのか浩之には分からなかった。まあ食べる分には野菜嫌いではないので問題とはならない。

 むしろ、主菜の方のお好み焼きをどうにかすべきなんじゃないのかなあ、などと素人考えで考えていたわけだが、その意見は正しそうだ。

 お昼になるまで浩之の時間が吹き飛んでいた訳ではない。ちゃんと、浩之は一人で自主トレ、まあ初鹿の見守り付きのものだが、をしていた。ちなみに、何度か初鹿に助言を請うてみたが、返答はしてくれるものの、正直浩之には理解不能だった。

「まあ、私は異能を目指していますし、最速で最大の攻撃ができますから、浩之さんとはあまり相性がよろしくないかもしれませんね。相性が良くないと言いましたが、戦いは、ですよ?」

 というありがたいんだか役にたたないんだか分からないお言葉をもらった。初鹿の戦い方が参考にならないのは仕方ないだろう。初鹿は素手でも多分浩之よりもよほど強いが、武器を使うことの方がさらに強い。チェーンの一撃は、初鹿の言う通り、最速で最大の攻撃を、遠くの相手に打てるのだ。その有利たるや、素手では対抗できない。

 まあ、そんな対抗できないはずの相手に坂下は勝ってしまっているのだから、どれほど化け物なのだ、とも思うのだが。

 で、意図的に考えないようにしていた三人組の末路だが、浩之としてもあまり考えたくない。あの後、一人を容赦なく過剰に倒した後も、初鹿はまったくもって容赦なく、残りの二人もはり倒した。まあ、最初の一人よりはよほど手加減をしていたみたいだが、あれだけやられれば一緒だ。

 で、その後どこかに電話しているかと思うと、現れたのはスキンヘッドのムキムキの男達。

 意識を取り戻した三人ががくがくと震える中、初鹿とスキンヘッドの男の会話を思い出す。

 

「まあ初鹿ちゃん、呼ばれて来たはいいものの、何この小物?」

 何故お姉言葉? と浩之は思ったが、声には出せない。だって色んな意味で怖いし。

「それが、少しひっかかってしまって。小物だからと言って放っておくのも目につきましたから、皆さんにご足労願った訳です」

 いつも通り柔らかく笑う初鹿は、見た目はこんなにもお嬢様らしいのに、やっていることがヤクザも真っ青なのは、どういう了見なのだろうか?

「うーん、正直、こんな子達じゃあ、私達満足できないわよ?」

 獲物を狙うような目で男達に見られて、三人の男達はがくがくと震えるだけで声も出ない。まあ、そこから動こうとした瞬間に初鹿の鎖が目前をかすめるのを何度かやられれば逃げる気も失せるだろうが、今回は別の意味で怖くなって腰が抜けているようだ。

「本当にすみません。多分、私だけでももう大丈夫だとは思うのですが、こういう手合いはなかなかにしつこい方が多いので」

 ギシッと鎖で音をたてると、三人の男達はビクッと震える。まあ、あれだけ痛めつけられれば、条件反射にもなるだろう。というかほんとに怖い。

「まあ、お給金はもらってるから、お金分ははりきって働くけどね。それに、この青空の中で筋肉を鍛えるってのも、気持ちよいし、悪くはないわよ?」

 一斉にポージングを取るスキンヘッドの集団。それを見て、やっと浩之は思い出した。マスカレイドで何故かナース服でサクラと一緒に現れたスキンヘッドの集団だ。一応治療班らしい、のだが、これを見て治療?と首をかしげたくなるのは浩之だけではないはずだ。というかポージングで思い出すことだけでもどこかと言わずおかしい。

「ちゃーんと、二度と初鹿ちゃん達にまとわりつかないように、教育してあげるからね」

 一人くねくねと腰を振るスキンヘッド。いや、まじ勘弁して欲しい、と一応これから酷い目に遭う当事者でない浩之すら思う。

「な、なあ」

「ん? こっちの格好いいボウヤは確か藤田君だっけ? 何かしら、拷問の方法に指定でもあるの?」

 ヒッと取り囲まれた三人の哀れな男達の小さな悲鳴が聞こえた。

「あ、いや、そりゃこいつらどうしようもないやつらっぽいけどさ、せめて、あんまり酷いことにならないようにできないか?」

 浩之だって、バカ相手に慈悲をかけたい訳ではない。しかし、浩之はかなりのお人好しで、そして自覚のない非常識のかたまりのようであっても、良識はあった。さすがに、ここまでやられる相手を見て、かわいそうになったのだ。

「あら、こんなクソ野郎共にも慈悲をかけてあげるなんて、話に違わぬいい子ねえ。こんないい子、捉まえ損ねたんだって、初鹿ちゃん?」

「相手が来栖川さんでは、私でも少し荷が重すぎますよ」

「またまたぁ、初鹿ちゃんで駄目なら、他の誰ができるってのよ〜」

 浩之にはちょっと理解不能な冗談を言い合う二人。スキンヘッドのこの男と、初鹿はなかなか仲が良さそうだ。仲が良いなあ、などと呑気に思えるような状況ではないが。

「大丈夫よぉ、私達はヤクザじゃないんだから。あくまで、ちょっとしたお話し合いをするだけよぉ。それに、初鹿ちゃんやカリュウちゃんと違って、私らは腕力担当じゃないからねぇ」

 まったくポージングを解かないスキンヘッドの男達を見て腕力担当じゃないと言われても信じられないのだが。それは筋肉だけでは格闘はできないことは知っているが、それとイメージの話はまったく違う。

 と、いきなりその男は素になって低いドスの聞いた声になる。

「まあ聞き分けが悪かったら○○の××が少し酷いことになるけどな」

 青少年の健全な育成の為に、一部不適切な言葉を伏せ字にしております。隠す日本文化まじサイコー。

「そうなるように私も心から願ってるわー」

 それを言うならならないようにじゃないのか? という浩之の疑問もそこそこに、男達は自業自得とはいえ哀れな男達を有無を言わせず連れて行く。ドナドナとか、そういうもの悲しい音楽が……多分生々しすぎて似合わない。

「それじゃ初鹿ちゃん、また何かあったら呼んでね〜」

 浩之達には実にフレンドリーに、スキンヘッドの方々はゴミを掃除して去って行ったのだった。

 

 思い出すだけで、そこは本当に平和な日本の一光景なのでしょうか? と聞きたくなる内容だ。

 そして、何より浩之が驚いているのは、その程度の非日常を、驚きはしたものの、(麦)茶がうまい、と流せるほどには順応している、最近の自分の非常識な生活だった。

 

続く

 

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