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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(110)

 

 空手部の女子は朝の軽め、と言っても一般人がやれば吐くのが確定なほどの練習を終えた後は、何故か料理の練習をしはじめて、練習がなかった訳だが、あくまでそれは女子部員たけだ。

 男子部員の方は、坂下の監視はなかったものの、練習はちゃんとあった。それを指導していたのは空手部で唯一高三で来ている芝崎とさっきKOされていたはずの寺町で、決して楽な練習ではなかった。

 ただ、御木本はその練習にはほとんど加わらなかった。修治にケンカを売って倒され、意識を無くしてランに看病してもらっていたのだ。寺町と同じくKOされた訳だが、正直、打たれ強さを寺町と比べられても困るのだ。

 まあ、意識のなかった御木本は知らないことだが、技としては寺町が受けた一撃の方がよほど突拍子もなかったが、単純な威力という意味では、地面に叩き付けられた御木本の方が酷かったのだ。それを考慮すれば、修治が「見えない一撃」を未完成と呼ぶのも納得できないでもない。

 どちらにしろ、KOされた御木本としては嬉しい話ではない。結局、自分の早とちりだったからいいものの、あれで本気で坂下に害意ある者だったら、結果は最悪のことになっていたかもしれない。寺町でもどうにもならないだろうし、初鹿、正体をばらされた訳ではないがチェーンソーと、サクラが同時にかかれば……さて、どうにかできたかどうかも怪しいのだ。

 でなければ、午前中どころか午後も休んでいいぐらいだ。KOされるのが初めてではないが、なかなかに致命的なダメージを受けている、そう御木本には自覚があった。

 坂下の繰り出す優しいKOとは違う。変な話だが、坂下は相手をKOで戦闘不能にするにしても、それを手加減して行うことができるらしい。でなければ、いくら健介が頑丈であっても、ああ何度もKOされて向かっていくことはできないだろう。修治のそれは、御木本に何の遠慮もなかった。せいぜい、殺さない程度の手加減しかされていなかったのだ。

 だから、正直に言えば、午前中から練習に加わる方が無理があるのだ。御木本は自分の身体の調子をちゃんと分かっていたが、しかし、練習をさぼる気にはならなかった。

 休んでいる暇があるのなら、練習をして、強くならねば。でないと、いつか取り返しのつかないことになるかもしれない。

 腕力で物を解決できることなど、そう多くはない。多くはないが、それはあくまで一般人でのこと。坂下まで到達してしまえば、面倒は腕力に関係することが多くなるのは事実なのだ。そして、坂下がどう思おうと、御木本にとって坂下の問題は自分の問題だった。

 まあ、それでもお昼ぐらいはゆっくり休みたいと思うのは致し方なかろう。どうせ食後すぐではろくな運動などできない。それなら腹いっぱいなどにしなければいいではないか、とも言えるかもしれないが、回復するためには食べるしかないのだ。大量の食事にプロテイン牛乳ジョッキ飲みを極端だとは御木本は思っていない。まあ、しばらくは食事休憩は必要になるが、御木本もまだ若い、すぐに動けるようになるだろう。

 そんな状況での、坂下の言葉はまさに寝耳に水だった。

「あんた、ちょっと藤田と戦ってみないかい?」

 坂下の顔を見る限り、多分それは単なる思いつきだったのだろう。そこに大して深い意味はない。もしかしたら、自分と浩之を天秤にかけるつもりがあるのかもしれない、と御木本は考えたが、坂下にそんな気がないのは、例え心の中を見ていなくとも、表情で分かる。

 まあ、それも好恵がそれすら隠せるほどの巧者だったら知らないがな。

 事実、告白してからと言うもの、御木本は坂下に完全に頭が上がらない。そうは見えないが、坂下はどうも男と女の関係については、綾香よりもよほど強いようだった。というよりも、そこまでいくとかわいげがないとも言う。むしろかわいい、などという表現方法自体間違ってる方が正しいのだろう。

 断った以上、さっさとふってやるのが優しさとも言うが、事実、坂下は御木本を完璧にふっているのだし、それでも近くにいようとがんばっているのは御木本で、坂下が責められるとしてもせいぜい一割程度だ。

「……あのなあ、俺は午前中にきっついKOくらってるんだぜ? まともに動けるわきゃねーだろ」

「大丈夫、藤田のコンディションも同じようなもんだろうし、丁度いいんじゃないかい?」

 その言葉に、御木本が浩之に顔を向ける。なるほど、確かに御木本が見ても浩之は消耗している。というか、昨日も思ったが、一体どういう練習を続けているのだろうか? 御木本だってかなり無茶をしているが、KOされた人間と同じコンディションとか、明らかに身体を壊す以外の選択肢はないように思えた。

「同じようなコンディションなら、何も問題ないだろ?」

「いやおおありだろ、だいたい……」

「その話乗った!!」

 二人の会話を大声で遮ったのは、もちろん空気も読まなければ常識もしったことではない格闘バカ、寺町だった。というか、さっきまで離れていたはずなのに、いつの間に近づいて来たのだろうか。むしろ、どうやって聞いて来たのだろう? バカは本気で理屈ではないのだろうが、超常的な力とか働いているのだろうか? だとしたら、いい迷惑な上に、何の役にも立たない。

「いやー、お二人と連続で戦えるなんて、これは楽しみで仕方ないですな」

「……あー、俺はいいから、お前が藤田と戦ってくれよ。KOされてまともに動けないしな」

 無理をするのは、あくまで坂下のためであり、決して坂下のわがままに付き合いたい訳ではない。まして、これで勝っても負けてもまったく坂下の好感度が上がりそうにないとなれば、寺町は言うに及ばず、浩之と戦う意味など、御木本には見つけられなかった。嫌いな相手を殴ってやりたいという純粋に不純な気持ちはあろうとも、それに対するリスクがこの場合大きすぎる。何より面倒だ。

 坂下は、大きく息を吐くと、寺町の方を向いて、実ににこやかに言った。

「初鹿さん、ちょっとこいつ黙らせてもらえるかい?」

「はい、私も少々、うるさすぎるのではないかと思ったところですから。昇? あまりまわりにご迷惑をかけては駄目だと言ったつもりでしたけれど?」

「うぉ?! こ、こら姉さん。こんな楽しいことにのけ者にされるぐらいならいっそ俺を倒して……いや何ですかその鎖は!?」

 あの寺町がだらだらと冷や汗を流して後ずさる姿というのは、それはそれで、というかかなり見物ではあったが、坂下はさして楽しそうでもなく大きくため息をついて、バカの相手を初鹿にまかせた。今までどんな教育をしたらあのバカが言うことを聞くようになるのか、一度聞いてみたい気もするし、怖くて聞けない気もする。

「い、いや、とにかく、俺は嫌だからな。何が悲しくてこんな身体であんなやつと戦わなけりゃなんねえんだよ」

 御木本も逃げ腰にはなっている。坂下が怪我をしている以上、御木本が走れば確実に逃げられるだろう。しかし、その際に坂下が走って、また身体でも痛めたら……と思うと、御木本は大手切って逃げることも出来ない。

 それを知ってか知らずか、坂下は平然とした顔で続ける。

「ためになると思うけどね、お互いに」

「はっ、藤田なんて俺の敵じゃねえよ」

 声を大きくして言うつもりはないが、御木本は本心からそう言った。マスカレイド三位カリュウは伊達ではない。坂下に負けようとも、あんな素人に負ける可能性などないと断言できた。

「ふーん、だったらやってみりゃいいじゃないの?」

「うっ……そ、その手には乗らないぜ。というか思いつきで俺に苦労させんじゃねえよ。藤田と戦っても得るもんなんてねえんだから、戦う意味なんてねえよ」

 御木本は、戦うことよりも勝つことの方に大きく比重をかけている。当たり前だ、御木本の最終目標は勝つことなのだから、それ以外には脇目もふらない。そういう意味では、無意味に戦うことは御木本にとってプラスではない。

「なるほど、得るものがあればいいってことね」

「……あぁ?」

 御木本は、非常に、もうこれ以上なく物凄い悪い予感がしていた。それこそ、自分の身だけ安全でいいのならば、この場から逃げ出したいぐらいだった。しかし、そんなことができるのならば、修治に向かって行ったりはしない。

 坂下は、御木本のあせりを余所に、まったくいつもと違わない口調で、かなりの爆弾発言を投下した。

「藤田に勝ったら、ほっぺにキスしてやるよ」

 ブッ!! とあまりのことに、横で聞いていたランが吹き出すぐらいの、それは爆弾だった。

 

続く

 

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