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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(112)

 

 女の子のキスをかけての決闘なんて、色々と理不尽なことに身を置いてた来た浩之としても、初めての経験だ。というか、さすがにこんな経験が何度もあったら、色々な意味で命の危険とか考えねばならないだろうが。

 別にこれが初めてだが、もっと他のことも含めれば棺桶に片足ぐらい突っ込んでいそうな浩之は、綾香と葵のサンドイッチキスをもらえると聞いて、喜び勇んで……はいなかった。

 もちろん、浩之とて嫌な訳ではない。それどころかウェルカムだ。綾香だって、まあごにょごにょという感じだが、これに葵が加わるとなれば、がんばらない理由はない。

 しかし、綾香の言い方に、ぴんと来るものがあったのだ。

 まあ、御木本のことを詳しく知っている訳ではないが、浩之の目から見ても、御木本の好きなのが坂下だというのは分かり切っていた。鈍感さで言えば超級の浩之に気付かれて、空手部ではあまり気付かれていない、というのも何か変な話であるが、そこは御木本がうまいのだろう。浩之に知られても、痛くないのは事実だ。

 まあ、坂下が意識を無くしていたときを見ていたので浩之が気付いただけで、そのときは空手部の部員も冷静ではなかったのだから、御木本の過剰なまでの反応に気付けなかったとしても仕方ないだろう。

 まあ、御木本は色々と器用ではある。頂点に関して言えば浩之には遙かに劣るが、単純な汎用性だけで言えば、御木本の方がかなり勝っている。器用貧乏にならないのだから、御木本も十分な天才と呼ばれてもいいのかもしれない。

 そんな御木本を軽く手玉にとっている坂下の本性、本人は隠しているつもりはないのでたまたま見る機会がないだけなのだが、を、さすがに浩之でも気付けないが、御木本が何をかけて戦おうとしているのかは、理解できた。

 多分、坂下なんだろうなあ。キス……てことはないか、さすが……に?

 綾香は突拍子もないことをいきなり言うのは珍しくはないが、こういう内容は少ないのは事実。何かあると思えば、すぐにある予想にたどり着く。

 坂下が、勝ったらキスをしてあげると約束したのではないかと。であれば、綾香の坂下に向けた意地の悪い笑みにも納得がいく。まあ、そんなことがなくとも、いきなり綾香が変なことを言い出したと思う方が筋が通ってそうな気もする。坂下にその気があればいざ知らず、ただ弄ぶためだけに坂下がキスをする、というのは、いかに言っても思いつけない。

 そこまで想像して、浩之はぞっとした。男を、腕力ではなく魅力で手玉に取る坂下。それは、正直やる気を出した綾香と同じぐらいにやっかいで、そんなものが近くにいると思うと、そして綾香と結託したらと思うと、生きた心地がしない。

 暴力的ではあっても、それは単なる体育会系のノリで、天然の入っている葵よりもよほど常識人だと、浩之は坂下を評価しているのだ。少なくとも、正しいことを好む少女であることは間違いないはずだ。

 しかし、それが男を弄ぶのを肯定されれば……末恐ろしいものがある。

 化粧っけがなくて、お洒落にも疎そうな姿でも、かっこいい系の美人なのだ。人望も厚く、男女共にファンも多い。空手の実力も本物で、おそらく、今ならば全国でも有数、もしフルコンタクトでKO制が許されるのならば、全国一位すら取れるのではないかと思えるほどに成長している。

 そんな坂下に逆らえる男などいるだろうか? 浩之だって怪しいものだ。もし、坂下に悪女としての才能があるとしたならば、お願いだから開花しないで欲しいものである。

 坂下がそら恐ろしいというのも浩之のテンションが上がらない理由ではあるが、もう一つテンションが上がらない理由がある。

 真っ正面から御木本と戦って勝てるかどうか怪しいことだ。勝てないとまでは思っていないが、実のところ、可能性で言えば勝てる確率は一割程度だと思っている。確率でそう言うのだから、ほとんど絶望的と見て良い。

 戦ったらキス、ならともかく、勝つとなるとほとんど希望がない。手に入らないご褒美をちらつかされても、余計に萎えるだけだ。

 そもそも、浩之は別にやる気がなかった訳ではないのだ。経験的にも、御木本と戦うのは悪いことではないと思っている。一歩でも先に行くためには、経験というものは何物にも代え難いものだ。漫然と目指している訳ではない以上、浩之は積極的に色々な相手と戦うことが必要なのだ。

 それは、浩之の特技にも関係してくる。相手の技を盗むことが、浩之はかなりうまい。多くの種類の相手と戦うことは、浩之の技の幅を大きく広げてくれるだろう。それを有効打になるほどの熟練と、適切な場面で使える判断力というのはまた別の話ではあるが。

 それを、綾香はむしろやる気を削いでいる。まさか綾香の罠とは思わないが、何せ綾香にとってみれば、浩之の強さなどたかが知れているのだ、そう勘ぐりたくなるほどに間が悪い。

「十五分一本勝負。私が危険だと思うか、相手の行動不能、ギブアップで決着。金的、目つぶし、かみつき、ヒールホールド、足のふみつけ、指取り、後私が駄目だと思った技を使ったら即反則負け。まあ、お互いに無理しない程度にね」

 自分から無茶を言ったはずの坂下にそう言われて、浩之は微妙な気分になったが、御木本はそうではなかったようだ。欲に目がくらんでいるとも言う。まあそれこそ、浩之自身は確証が持てなかったが、実際に坂下の所為なのだが。

 ウレタンナックルをつけた腕を、浩之は軽く振る。最近は練習が厳しくて、いつでも微妙に身体に重しが乗っているようだが、今日はその中でも特別身体が重い。合宿の練習、つまり授業という身体を休める時間のない練習は、かなり身体に負担になっているようだった。

 その点を言えば、御木本だって楽な練習をしている訳ではないし、何より修治に地面に叩き付けられてKOされて時間もそう経ってない。コンディションという意味では非常に悪いだろう。

 坂下の見立て通り、お互いにコンディションは最悪だ。これで試合をやらせようというのだから、坂下は鬼か悪魔か、と言ったところか。

「それじゃ、お互いに構えて」

 坂下に言われて、浩之は構えを取る。自然体の左半身の構え。攻撃にも防御にも悪くない、しかしどっちつかずの、非常に浩之らしいと言えば浩之らしい構えだった。

 反対に御木本の構えは、非常にとがった左半身の構え。拳を身体にかなり近づけている。ボクシング、とまでは言わないでも、空手としては非常に近い位置まで拳を引いていた。つまりそれは攻撃に特化した構えだ。

 まさか、いきなりつっかかって来るつもりなのか?

 御木本のスタイルを良く見ていた訳ではないが、御木本のイメージとは少し離れたその戦術に、浩之は少し違和感を感じたが、深く考えるような時間はなかった。

「始め!」

 坂下の合図と共に、御木本は、思考のまとまらない浩之に向かって大きく踏み込んできた。

 

続く

 

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