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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(113)

 

 御木本がいきなり距離をつめる動きを取ったことで、ほんの一瞬にも満たない時間、浩之は不意を突かれた格好となったが、さすがに開始直後では距離がある。浩之は自分が思う以上に余裕を持って御木本の動きを見ることができた。

 とは言え、楽に対処できる動きではない。浩之の目から見ても御木本は浩之よりも強いし、まっすぐ来ているように見えて、微妙な足裁きの所為だろうか、動きが捉えにくい。

 まあ、油断するような要素なんて、最初からないけどな。

 真っ向から来られても楽とは言えない。方向はまっすぐでも、その次が何なのかがわかるほど、浩之は御木本を分かっていない。動きを逐一理解している、というのはどんな相手に対しても無理だろうが、そもそも御木本とはほとんど一緒に練習したことがないので、タイミングも分からない。分かるのは浩之よりも上のレベルのオールラウンダーだということぐらいか。

 聞き流しそうになるが、浩之の眼力は異常だ。御木本は浩之の前では一度たりとも組み技を見せていない。カリュウの正体を知らない浩之が、空手部員である御木本を自分と同じオールラウンダーと判断すること自体、素で考えればおかしいと思うはずだ。だが、浩之はそれを何の疑問も持たずにそうだと判断した。まさに異常としか言い様があるまい。

 浩之だって、いくら才能があっても素人は素人、といつまでも言っていられないのだ。素人だから手加減してくれる者など、エクストリームの本戦にはいないし、修治や雄三はもちろんそんな甘いことを許さない。自分の身の安全のためにも、そしてエクストリームで勝つためにも、相手の実力を測れるぐらいにはならないとどうしようもないのだ。

 御木本は素早く距離を詰めると同時に、引き付けていた左腕を放った。もし浩之が御木本のタイミングを読めるほどであれば、動きに合わせてローキックで迎撃という手も使えたのだろうが、さすがにそこまでは御木本の動きは読めなかった。

 だが、今までの短いなりの経験が、御木本の次の動きを予測する。左腕を使ったことと、その後の身体の動きから見て、次に左からの攻撃は来ないと判断した。正確には考えるまでもなく身体がそう判断して動いていた。意識するよりも早く身体が動くというのは十分に練習が身体に染み付いているということなのだから、もう素人とは言えないレベルではないだろうか。

 御木本と浩之との距離は、右の蹴りが来るには、いささか距離が近過ぎる。膝という手もあるし、この距離でひざを出されて素早く反応できるか、と言われれば難しい。だが、浩之はそれもないと判断した。上体が前に出過ぎているのだ。ここからひざを当てようとすれば、さすがに動きが大きくなる。それは浩之が十二分に反応できる距離だ。実際、膝を当てるにはもう少し近づかなければならないだろう。ひじに関しても、距離が遠い。

 次に打たれるのは右のストレートだ、というのが浩之の判断だった。左を放った後に時間を置かずにワンツーとして打って来るだろうが、それであれば反対に浩之にとっては反応しやすい攻撃だった。もともとワンツーを想定して左のジャブを手で受けるのだから、反応できない理由がない。ワンツーは素早さではなかなかのコンビネーションだが、軌道という意味では非常に読み易いのだ。

 ここまでを、浩之は御木本の左のジャブを受ける前から判断していた。受けた後に判断しているのでは遅い。浩之の思考がいくら常軌を逸すほど早かろうが、ワンツーの間に思考を入れるというのは不可能だ。

 ならば、というか、必然的に、浩之の反応は決まっていた。

 その左右のワンツーを、打ち落とす。

 相手の攻撃を拳でたたき落とすその技は、最初から浩之の技だった訳ではない、どころか誰かに教えてもらったものですらない。寺町の後輩である中谷の技だったはずのものを、見よう見まねで使い、今ではすっかり自分のものとしていた。素早い動きと相手の技を見切る目の良さは、確かに浩之にはぴったりの技だと言っていい。

 いきなりつっかかって来たとは言え、御木本も最初の一撃で浩之を倒せるとも思っていないだろう。しかし、浩之はそれを狙っていた。正直、まともに戦うには浩之も疲労が酷い。決められるのならば決めてしまいたかった。

 であれば、最初の一撃、正確にはワンツーだが、これを打ち落として出来た隙に打撃を入れ込めば、勝敗は決するかもしれない。何と言っても、御木本はすでに修治に一度KOを受けている。当たれば倒せる、と浩之は踏んでいた。

 不安なのは、タイミングが読めるかどうか、という部分だが、問題ない。相手の打撃を撃ち落とすぐらいには十分読める。複数の攻防の中ではまだ無理でも、最初のいつ攻撃が来るか分かっている初撃であれば、捉えられる。

 そう一瞬で判断した浩之は、ほとんど反射的に、その真っ正面から自分を狙ってくる左腕に、右拳を合わせ、浩之はフックを放った。

 しかし、くせ者の御木本相手に、その判断はあまりにも愚直過ぎた。

 そして、案の定、右のフックは空を切った。

「っ!?」

 突き出されるはずであった御木本の左腕が、浩之の右拳が空を切ったよりもはるか前で止まっていた。

 フェイント……っ!?

 浩之はすでに右も撃ち落とそうとして予備動作に入っている。ここから動きを止めることはできない。つまり、完全に御木本に対して隙を見せることになる。

 ただのフェイントであれば、それはまあ一応危険ではあるけれどこ、そこまで致命傷にはならないであろう。しかし、浩之は相手の攻撃を撃ち落とそうとして、回避するには近い距離まで身体を前に出していた。ただ逃げるだけならば問題ないが、反撃するために距離をつめているときに、このフェイントは効果が高い。

 くっ、止まれ……ないっ

 ならば、と浩之は、もう一度来るであろう御木本の左腕に、自分の左腕の照準を無理矢理合わせる。こちらの攻撃の手段はなくなるが、少なくとも相手の攻撃を妨げなければ、浩之の身が危ない。

 はっきり言ってタイミングも合わせずに打撃を撃ち落とすなど不可能であるし、よしんば出来たとしても、動きを読まれてしまえば同じこと。

 浩之は相手の腕をはじこうとしながらも、フェイントに引っかかった右腕を引きつけて、ガードに回そうとするが、それすらも間に合わない。

 ズバンッ!!

 浩之の左のフックをかいくぐるようにして、御木本の左のストレートが、浩之の顔面を、捉えた。

 

続く

 

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