作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(116)

 

 前に出てくる浩之を見て、ここで来るのか、と御木本は苦々しく思った。

 浩之としては攻めなければ話が進まないのだから前に出るのは当然だが、いくらお互いにダメージを与え合う、いわば相打ちの状況になったとは言え、すぐには攻め難いはずなのだ。まして一矢報いたとは言え、押されていたのはどちらかというと浩之の方であり、余計に攻めるというのは難しい。なのに、浩之は前に出てきた。御木本の目から見ればうかつとも思える速度でだ。

 攻めなければならないのは御木本も同じだ。だが、御木本は躊躇した。勝てると、決めれると思ったところでそうならなかった、という事実が足を鈍らせたのもあるし、そこま急性立てて攻めて、うかつで墓穴を掘るというのも嫌だったからだ。

 下手に攻めて不利になるぐらいならば相手を待ち受けて後の先を取った方が御木本にとってははるかに有利であり、攻める意味はあまりない。

 そういう意味では、浩之が攻めて、御木本が待ち構えるのはお互いに理にかなっている、というかそうなるのは明白なのだが、御木本が驚いたのは、浩之が攻めてくるまでの時間だ。まさか、ダメージも大して抜けていないだろうに、間を置かず来るとは思っていなかった。相手が待ってくれるのだから、せめてダメージが抜けるまでは待つべきなのだ。自分の不利を見て無理に攻めているとしか思えない。

 それなのに御木本がこれをチャンスと見なかったのは、浩之の動きが嫌に落ち着いていたからだ。ダメージを受けて攻めなければ負けるとか、判断力が鈍っている、という状態ではなさそうなことだ。今まで自分の戦い方はほとんど見せていないのだから、浩之としては攻めるのに躊躇もありそうなものだが、そんな様子すらない。

 これが、もっと実力的に御木本とかけ離れていれば、単なる自暴自棄か素人の動きだと思うのだろうが、先ほど浩之の実力を体感した御木本にはそうは考えられない。むしろ先ほどの攻防で浩之が自信を持ったのではないのかとすら思えた。

 気持ちを大きくさせるよりは、萎縮させた方が戦い易い。浩之を調子に乗らせた、というほどではないものの、そういう意味では、御木本は明らかに失敗していた。予想が外れたときのリスクは御木本にだってある。

 しかし、何が来るか分からないマスカレイドでの経験は、普通の高校生の大会に出ていたのとはまったく比較にならないほどの経験を御木本に与えていた。不意を突いた、この場合は御木本の予想を外した、という意味では確かに効果はあったのだろうが、御木本が冷静さを取り戻すには十分な距離と時間があった。

 何が来ても即座に反応できるほどの「構えなさ」は御木本には無理だが、浩之の動きの上限が御木本の予想を遥かに超えるということはなさそうだった。すでに御木本は、浩之を一撃で倒すというのは多少の無理をしても出来ない、と結論を出している。であれば、いつも通り強者を相手する態度で戦えばいいだけだった。

 距離をつめてくる浩之を蹴りで迎撃するか、とも御木本は考えたが、リスクとリターンを考えて止める。大まかなことは日ごろの動きから分かるものの、浩之の組み技の実力はまだ未知数に近い。簡単につかまれるようなローキックを放つつもりもないが、何も不確かで危険なものを選ぶ必要もない。というか、打たれ強さも考えると、あまり賢い選択とも言えないだろう。突っ込んでくる相手をローキックで止めるのは常套手段だが、こちらの足が止まる分、リスクも大きい。相手との相性を見て、リスクが少ないと判断できない場合は選ぶべきではないだろう。

 となると、どうしても浩之に先手を選ばせるしかなかった。後の先を取る場合は、何もこちらか仕掛ける必要はないとはいえ、浩之に選択の優先権を与えるのをあまり快くは思っていなかったが、有利不利で言えば大した差はなく、そんな気分の問題まで気にする余裕もない。

 浩之が仕掛けて来たのは、まずは左ジャブだった。少なくとも打撃自体は素人と思えないほど様になっている。いや、エクストリームで予選を突破できるほどの選手を素人とは言えないだろうが。何せ、寺町の実力で予選二位なのだ。エクストリームのレベルが低いとは考えられない。

 浩之の左ジャブを受けるべく、御木本の腕が動く。と、それを見計らっていたように、伸びかかっていた浩之の左ジャブが動きを止めた。

 先ほどの御木本の動きをトレースするかのようなフェイントだ。先ほど自分にやられたことを、身体が忘れる前に実行する。他人の技を真似るのが得意な浩之ならではの動きだった。もうここまで来るとびっくり人間である。

 しかし、御木本はそれに動揺するわけでもなく、あっさりと対応していた。そのままいけば浩之の左ジャブを払うために使われるはずだった腕は、フェイントを予測していたかのように同じく動きを止めていた。

 御木本は予測していた訳ではない。しかし、予測の範囲内、つまり意識せずともあるだろうと思え、そして自由に動ける状態であれば即座に身体が反応できる範囲内、であったのは事実だ。できるから守れる、という訳でもないので、これは御木本の実力のなせることだろう。

 浩之はそこからまた御木本と同じように左ジャブにつなげるのかと思えば、後ろに下がっていた。御木本にフェイントを読まれると最初から分かっていたかのような動きだった。御木本の動きを真似たとは言っても、そのままとはいくわけもない。

 そこで攻撃を中断していれば、単にフェイントが効かなかった、というだけの話だが、御木本もそんなに簡単に話を終わらせるつもりはなかった。浩之にはまだ動きに余裕があるのだろうが、それはこちらも同じことだ。後ろに下がった浩之にお返しのパンチを放とうとして、しかし、とっさに脚を止める。

 ヒュンッ!

 前のめりになって出ようとしていた御木本の目の前を、浩之のしなるような回し蹴りが通過した。もう少し前に出ていれば、まずいぐらいに回し蹴りの範囲内に入ってしまっていただろう。ガードは間に合っただろうけれど、受けて喜ばしいことはないし、そのまま攻撃を続けるということもできなかっただろうから前に出る意味もない。

 ここで回し蹴りか、味な真似しやがるじゃねえか。

 もちろん、御木本としては楽しくなどない。後ろに下がりながらの回し蹴りであるので、安定性の問題は当然としても、威力も下がりそうなものだが、見たところ十分な威力があった。確かに、横から振り切るようになる回し蹴りは前進や後退の動きのどちらであろうとあまり違いはないとは言え、普通後退しながら打てるものではない。だが打てるとなれば、横に一線引ける分、前進を止めるには有効だろう。

 回し蹴りの軌跡全てで同じ威力があるわけではないので、線と言うのは正確ではないのだが、この場合はそれでも問題ない。相手の御木本にとってみればそれは線の攻撃だし、どうせ打点をずらすように動いては追撃などできない。

 素人……と今更思ってた訳じゃねえが、どうしてどうして、こんな戦い方、こいつどっから覚えてきたんだ? マスカレイドの上位にだって、ここまで瞬間に判断して動ける人間なんてそういないんだがな。

 浩之の実力が高いというのは、御木本にとってはこれっぽっちも嬉しくない。

 とは言え、だ。御木本は、自分が負けるなどとは、一片たりとも心配してなどいなかった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む