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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(118)

 

 浩之先輩が跳ね飛ばされたのを見て、体勢から見て大丈夫だと思いながらも、私は息を呑む。私の見立て通り、浩之先輩は体勢を立て直して距離を取ったのを見て、私はほっと息をついた。

 エクストリーム本戦に出るような選手相手に、今のところ一方的に試合を進めている御木本に、部員達も応援とも感嘆ともつかない声を出している。あちらの空手部の中谷がいい勝負で、寺町に負けたとは言え、十分試合になっていたのは知っていても、実際に目の前で見てみなければ、実力は分からないものだ。

 部員達も、御木本が弱いとは思ってはいないだろうが、それでもエクストリーム本戦に出る選手を手玉に取っている、というのはなかなかショッキングなのだろう。

 私の目から見れば、非常に不本意ながら、浩之先輩よりも御木本の方が強い。時間が経てばこれがどうなるか、何せ浩之先輩は掛け値なしの天才なのだ、わかったものではないけれど、今の時点では、御木本の、カリュウの実力と経験には遠く及ばない、と思う。いや、自分でもそう外れてはいないと思うのだけれど、正直、浩之先輩はもちろんのこと、御木本も私では理解できているとは言い難いのだ。

 それでも、御木本が試合を有利に進めるのは私の予想通りだった。どちらも動きに精彩を欠いているようには見えるけれど、それでもお互いが疲弊している限り結果は変わらない。まあ、精彩を欠いても、私のかなうレベルではないのも確かだ。

 まるで予備動作が見えない動きでするりと距離をつめた浩之先輩も凄かったが、それに素早く反応した御木本も流石だった。タックルを仕掛けようとした浩之先輩の頭に肘を合わせようとして、それが避けられると逃げる浩之先輩に胴薙ぎのミドルキックだ。ガードが間に合っていなければお互い万全ではない状態のこと、それで終わっていたかもしれない。というか、決まったらまだ余力があったとしても、試合を止めるべきだと思う。

 おそらく、試合をすること自体は浩之先輩も御木本も、不本意な部分があると思う。どちらも強い相手と戦うのが楽しいという性格には見えない。あの格闘バカほどではなくとも私もその気があるが、この二人はそういうところが少なそうだった。マスカレイドの生え抜きであるカリュウが戦うのを楽しみにしていない、というのも何か違和感を感じるが、実際、御木本はこの試合、まったく楽しそうにしていない。

 まあ、不本意、という意味で言えば、多分私がこの試合、一番不本意だろう。

 私が応援すべきは浩之先輩。これはもう優先順位的に当たり前だ。しかし、勝って欲しいとは今回に限って言えばまったく思えない。浩之先輩が勝ってしまうと、来栖川綾香と松原さんが先輩にキスしてしまうのだ。こんなもの喜べる訳もない。それを喜ばしい、それは来栖川綾香は文句なしの美人だし松原さんもかなりかわいいのだ、と思う浩之先輩を責めるにはお門違いだとは思うが、見逃すにはあまりにもあまりだ。

 とは言え、だからと言って御木本に勝って欲しいとも思えない。こちらはこちらで、まずもって浩之先輩を負かす、というのが許せない。それを置いておても、ヨシエさんにほっぺにキスをしてもらうなど、例え神様が許しても私が許さない。

 実力的には油断は出来ないものの、まず負ける相手ではないことぐらい、御木本にも自覚があっただろう。にも関わらず、御木本の余裕のなさ。正直、私もそうだが、御木本も賭け事は弱いだろう。余裕のない人間が、賭け事に勝てる訳もない。

 気持ちは、分からないでもないのだ。私だって勝って浩之先輩にキスしてもらえると思えば、何が何でも勝ちに行くだろう。許されるのならば、どんな手を使ってもだ。

 御木本だって、ヨシエさんの目が光っていなければ、どれだけ卑怯な手を使っても勝ちに行っただろう。いや、御木本ならば、ヨシエさんの目を盗んで様々な手を使えたかもしれない。それができないのは、やはり意地があるのか、それとも、そんなことを想像できないほどにせっぱ詰まっているのか。

 一方、浩之先輩は、御木本との実力差を分かっているようで、それでいて余裕がない、という様子もない。私から見れば、精神的にはいい状態にあるように見えた。美少女二人のキスがかかっているというのに、まったくあせる様子もない。

 いや、浩之先輩にとってはその程度のこと、大したことないのかもしれない。そう思うと、お腹の辺りが重くなる。女性に対してがっつかないというのは、それだけの経験があるからだと思うと、気持ちが沈む。御木本が必死なのは、ヨシエさんのことが本気で好きだからというのもあると考えれば、浩之先輩がキスをしてくれる二人にそこまで執着していないとも取れるが、そんないい様には私は想像できなかったし、そもそも、それをいい様、と言っていいものかすら怪しかった。

 まあ、来栖川綾香はいい。あの怪物は、調子の良いところがあるし、スキンシップで浩之先輩にキスをしていても驚かないぐらいの奔放さがある。死んでしまえ。

 ああ、違う、違わないけれど、今回はそこは置いておく。

 本当に、ヨシエさんは、何を考えてこんなことを言い出したのだろうか?

 特定の彼氏もいない、少なくとも部員の話を聞く限りでは今までもいなかったようなのに、まるで百戦錬磨の悪女のように、御木本を振り回しているようにしか見えない。

 御木本にしてみれば必死だ。好きな女がほっぺとは言えキスをしてくれるというのだ。御木本がどれだけ軽薄な格好をしたところで、本心が一途であるのは私も認めるのはやぶさかではない。言ってはなんだが、痛々しいほどだ。

 そんな御木本を、まるで弄ぶかのようなヨシエさんの態度。言っては何だが、悪趣味だ。

 いや、ヨシエさんのことだから、何か奥で深いことを考えているのかもしれない。そう思うのは、私がヨシエさんを尊敬しているから、良いフィルターをかけてみようとしているだけなのか。そう疑問を感じてしまうほどに、ヨシエさんがそうした意味が私には分からなかった。

 少なくとも、あの提案で私が得るものはない。いや、いちいち私の心の中にまで気を遣う必要はヨシエさんにはない。どちらかと言うと、それは私のわがままになるだろう。

 それでも、思うのだ。不本意だと。その不本意を少しでも解消したいからこそ、私がヨシエさんの心意を得たいと思うのは、それもわがままなのだろうか?

 私の視線に、気付いていない訳がないのに、ヨシエさんはまったく表情を変えることもなく、非常に楽しそうに二人の試合を見ている。悪意はない、ヨシエさんから悪意を感じたことなどない。竹を割ったというには色々と難解な人だが、それでも性格的には気持ちのいい人ではあるのだ。

 多分、疑問を思う私の方にどこか問題があるのだろう。ヨシエさんと私がいれば、それは私の方が間違っているのは自明だ。それでも、私が急に賢くはなったりできないのだから、教えて欲しい、と私は切に願った。

 しかし、残念ながら、この後も、私がヨシエさんから説明を受けることは、なかった。これも、聞かなかった自分が悪いと言われると、返す言葉もないことだった。

 

続く

 

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