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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(119)

 

 いやー、一応、こっちからタックル仕掛けるのは少しは意表を突いたと思ったんだけどなあ。

 攻撃が不発に終わり、それどころかあわや反撃を食らうという攻防を終えた後だというのに、浩之に悲壮感はなかった。まあ、負けても問題のない試合であるというのも大きいのかもしれない。

 いや、勝ったときのご褒美はもちろん浩之だって欲しい。しかし、素直にもらってもいいものかどうかも考え物なのだ。そりゃ綾香と葵のキスをほっぺにもらえると思えば、何が何でも勝ちにいかなくてはならない場面ではあるのだが。

 ……何か、勝ってもろくでもないことになりそうだしなあ。

 予感というよりも、見なくとも分かる未来、という感じだろうか。モチベーションを落とすにはご褒美が大きいが、モチベーションを上げるにはいささか不安が残る。

 結果、浩之は非常に良い感じで力が抜けていた。これに比べると、御木本は身体にも心にも力が入りすぎている。まあ、それで動きが鈍る訳でもない御木本は流石ではあるが。

 ただ、状態は完全に浩之の方が良い。体調はどっちもどっちだが、身体から無駄な力が抜け、どんな状態になっても意識がマイナスになることはないだろう。気楽にやっている、というのが一番正しいのだが、浩之の能力が十全で発揮されれば、それはもうそれだけで脅威なのだ。

 まあ、実力的にはまだまだ御木本の方が上だと浩之も思ってはいるが、手がちぢ込まないのは単純にいいことだ。それに、浩之だって漫然と日々を過ごして来た訳ではない。ちゃんと成長をしている……はずなのだ。

 先ほどの足を合わせる歩法もそうだし、これから使おうとしている技も、教えてもらって日も経っていない技だ。しかし、豊富な技で攻める、というよりは、覚えた技を使ってみて、感触を確かめるという意味合いの方が大きい。そういう意味では、浩之は勝敗を二の次に置いている。

 まあ、俺が使えるかどうかは置いておいて、修治や師匠が使えない技を教えるわけも……あー、あんまり信用ならないなあ。

 結構冗談のような技も色々と教えてもらっているので、無駄がないとはとても言えない。どころか、武原流はなのか、それとも修治や雄三がそうなだけなのか、正直洗練されている感じがしない。どんな技でも平気で使うそれは、ごった煮と言った感じだ。まあ、それを使いこなしてしまうあたりが、修治や雄三の強さな訳だが。

 浩之は無駄に技を増やしたい訳ではない。使いこなせない技など何の意味もないことを感覚でも経験でも理解しているし、そのときに適切な技を使えないのでは百の技も無駄でしかない。

 だが、技を覚える早さ、とっさに最適と思われる技を使うことのできるセンス、そして、何よりもその天性の才能でもって、浩之は少しずつ武原流を、というよりも、修治や雄三の戦い方を吸収し、自分のものにへと変貌させていっている。

 修治が聞かれればこう答えるだろう。浩之の才能だったら、俺と一緒にはならないだろう、と。

 そんなことは想像していない浩之は、技を教えてもらったときの修治の言葉を思い出しながら、構えを取る。御木本との距離は遠く、お互いに詰めるには大した時間を必要とはしないものの、相手が反応できるだけの距離が開いた状態で、浩之は奇妙な構えを取った。

 腰を落とし、腕を交差、そして、脚も交差させた不可思議な構え。ステップどころかすり足すら難しそうな構えだ。ここから何をするのか、想像がつかない。

 

「まず、はっきりしとくぜ。実力の高い相手とやるときは、下手に近づくな」

 修治の言葉に、浩之は多少なりとも疑問を持った。綾香と遠距離で戦っていては話にならない。距離が広ければ広いほど、技の勝負、つまり実力の賞美になる。綾香と試合をしていたとき、浩之は距離を詰めることを選択したし、それは間違ってないと思っていた。

「いや、近づくなって言いたい訳じゃねえよ。実力で劣るときに、距離をつめて、言わば「ごっちゃ」にしてチャンスを作るってのを止めろって言ってんだよ」

 それも一つの手では、と思った。当然だ。技を封じるのには技が関係なくなるぐらいに物事を複雑にするのがいい、それには近づくのが一番手っ取り早いのだ。

「まぐれはねえ、って言ってんだ。たまたまうまくいく、なんてことを思って怪物共に勝てる訳ねえだろ。まぐれは全部怪物共に有利に働くと思え。だからこその怪物だろ」

 そう言われると、浩之も返す言葉はなかった。確かに、怪物達は空間とか曲げてそうだし。

 しかし、だったらどうするんだという話になるのだが。

「まあ絶望な訳だが、まあそういうときの技だってある。ようは、下手な攻防はなしでいくってことだ。何度もやってりゃチャンスが生まれるなんて怪物相手には無理だからな」

 遠い間合いから、修治が構える。

「目標は、一交必殺だ」

 

 御木本は、その構えに怪訝な顔をしたが、次の瞬間には後ろに飛んでいた。恐ろしく察しがいい。怪物とは言わないまでも、十二分な実力を持った相手だ。

 間に合うか?

 しかし、間に合う間に合わないなどと悠長に考えている暇などない。通じる通じないはやってみなければ分からない。そして、思い切りだけは今の浩之には余るほどあった。後ろに下がろうとしている御木本に向かって、浩之は躊躇なく発射した。

 通常、打撃は打てば引くものである。その方が威力が上がるし、次の攻撃にしても防御にしてもその方が後に続け易いからである。だが、それはようするに一交差の間に攻防を多くしてしまう結果にもなる。それ自体は悪くない。だが、その間に起こるマギレが自分に有利に働かないとはっきりと確信していれば、そんな攻防はなければないほどいい。

 それが戦略として正しいかどうかはまた別だ。しかし、良きにしろ悪きにしろ、試してみてもいい、と思うほどに、浩之はこの技が有効だと感じていた。

 近づくのではない、飛ぶのだ。近づいて攻撃するのではない、飛ぶ動きがすでに攻撃。

 距離をつめるのではなく、一足飛びで浩之の身体が飛んだ。拳を打ち出してから引き戻すのではない。身体を目一杯に伸ばして、一足飛びの突進の力をその拳に込め、浩之は御木本に一撃を繰り出した。

 浩之の全体重と突進の力の乗った拳が、遙か遠い間合いからまるでそれが射程範囲とばかりに、打ち出された。

 攻防をこちらの一撃のみで終わらせ、攻撃と距離をつめる動きを一度に行い、その不可思議な構えはフェイントの効果すら発揮する。

 武原流、「槍弓」。

 

続く

 

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