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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(121)

 

 後ろに逃げながら倒れるように跳ね上げた蹴りを避けられた御木本は、そのまま斜めにバク転しならが器用に床に手をついてくるりと回転して着地した。綾香もかくやという華麗な立ち回りに、部員達からもおおっ、と感嘆の声が上がる。

 ぎりぎりで御木本のけり上げを避けた浩之も、ととんっ、と軽やかに横に跳ねてバランスを取り戻していた。お互いがお互いに追撃には遠い距離だし、お互い結局一撃も入らなかった以上、また仕切り直しになってしまった。

 捉えることはできなかったが、浩之は先ほどの攻防に十分な手応えを感じていた。まだそう長い時間練習した訳ではない技でも、攻防の中で十分使えると分かったのは大きかった。それに、言葉は悪いが、御木本は技の実験台には丁度良かった。実力もさることながら、技に対するずば抜けた反応は、自分の技がどれほど通じて、そしてどんな弱点があるのか教えてくれる。

 とは言え、いきなり武原流「槍弓」を仕掛ける前から反応されるとは思わなかった。不可思議な構えはそれだけで警戒されるとは言え、フェイントの効果もある技であるのに、一体どうやって御木本が予測したのか、浩之にも理解不能だ。

 御木本は、中学のころから何が出てくるのか分からないマスカレイドでカリュウとして戦ってきた、生え抜きなのだ。経験という意味では浩之どころか、葵だって足下にも及ばないだろう。坂下だってそこまで多彩な相手とは戦ってきていない。だからこそ、御木本は未知の技に対する反応がずば抜けており、それこそが選手の移り変わりの早いマスカレイドでのカリュウの強さの要因とも言える。

 まあ、一回目ならともかく、二回目からは警戒されて逃げられる可能性は高いってのは分かったし、それなりに収穫はあったか?

 言ってしまえば、単なる突進技である。素人ならばそれでもどうとでもなるだろうし、乱戦ならば知らないが、エクストリームの本戦に出てくるような選手ならば、反応してカウンターぐらい仕掛けて来てもおかしくない。少なくとも、寺町ならば平然と打ち下ろしの正拳で真っ向から打ち抜いて来るだろう。そう考えると思うよりも使えない技である。それでも攻防の中に入れば一概に役立たずとも言えまい。その射程距離と威力は十分に戦術として考えることが出来るだろう。

 それよりも、自分の身体を通しての打撃は汎用性という意味ではかなり高いことが分かった。御木本も完全有利な位置取りを捨ててまで逃げるしかできなかったのだ。というかそれを察して逃げることができる御木本が凄いと思うのだ。普通ならば、あんな至近距離で、しかも強い攻撃がほとんど来ないと分かっている体勢であれば、逃げるなど選択肢に入らないはずだ。

 至近距離からの攻防は難しいが、浩之がやられたら嫌なように、相手も至近距離の攻防は難しいのだ。使える技、しかも十分な威力のある打撃技が増えるのはかなり助かる。

 何より良いのは、至近距離を相手が警戒するというのが良い。別にどんな体勢でも使える訳ではないが、相手が至近距離は危険だと思ってくれればしめたものだ。

 御木本もそう考えているのだろう、浩之を睨むようにしているが、仕掛けては来ない。先ほどまでの試合でも分かるように、御木本の実力は本物だが、さすがに浩之が至近距離での打撃を完璧にマスターしていたら戦い難いと、実際はまだまだ自由には使いこなせないのだが、考えるのは当然だ。

 浩之は流石だ、短い練習で、難解な技を習得し、それを攻防の中で使えるまでにする。どんな格闘家から見ても天才と評価されるだろう。

 だが、まだまだ経験という意味では、御木本の方が何倍も上手だった。

 先ほどまでは殺さんばかりに浩之を睨んでいた御木本が、ふと表情を緩めた。どちらか、というよりも極端に入れ込んでいた御木本が、意識的に力を抜こうとした、とも取れるだろう。しかし、実際はそうではなかった。

 にやりと人を食ったように御木本は笑うと、浩之に話しかけた。話しかけられた方の浩之は、正直びっくりしていた。坂下と綾香のことがあった所為か、御木本には嫌われている、どころか恨まれているとすら思っていたのだ。それが、どちらかと言うと親しげに話しかけられるとは思っていなかった。

「なかなかやるなあ。でも、いいのか?」

「は? いきなり何の話だ?」

 浩之は、御木本の言いたいことが分からずに、というかそもそもどんな話題を振られているのかすら理解できずに、ただ尋ねることしかできなかった。

「エクストリームじゃ肘は禁止なんだろ? 接近戦で使い慣れてると、とっさにつかっちまうと思うんだけどな」

「……あー」

 言われてみればそうだ。技というのは頭で考えるものではなく、浩之はある程度考えながら動くことが出来るがそれはあくまで付け焼き刃だ、身体に覚え込ませるものだ。よって、反則だと頭で分かっていても、日頃使っていた技を出してしまう可能性は高い。

 浩之は一応エクストリーム用のルールを想定して練習してるが、先ほどはとっさに肘を使った。修治や雄三は関係なく肘を使う技も教えてくるので、そういう意味では中途半端に使えてしまう。

 だが、修治ではないが、肘を使えば一発で反則負けになる可能性もある以上、日頃の練習でも使わないべきなのだ。少なくとも、試合形式では使わないように心がけなくてはいけない。

「そうだな、気をつけないとな。アドバイスありがとうな」

 浩之は素直に御木本の忠告に感謝した。

「なーに、気にするな。俺の方は当分試合はないだろうしな。さあ、続きやろうぜ」

 へらへら笑いながら、御木本はそう答える。

 浩之は非常に素直に感謝したが、御木本は浩之の為に言ったのではない。浩之の動きを封じる為の技だった。

 肘を使うのと使わないのとでは至近距離での攻防の幅に大きな差が出る。使わない方がいいと言われた浩之は、肘を使わないか、使うとしてもとっさに止めようとするかもしれない。

 攻防は、何も純粋な格闘によるものだけではない。こうやって言葉で相手を惑わせるのだってれっきとした技の一つだ。もっとも、実際の試合でこんなことをすれば注意されるだろうし、それでは済まない可能性すらあるのだが。

 葵はともかく、坂下も綾香も御木本の思惑など分かっているだろうに、両方とも何も言わない。それを攻防の一つとして考えたのか、それとも何かしらの思惑があるのか。

 一つ分かっていることは、有利になったと思った浩之の思惑は、あっさりと意味をなさなくなったということだ。

 

続く

 

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