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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(124)

 

 御木本の掌打が、浩之に入った。

 今まで何とか受け流していた浩之だが、とうとうヒットを許してしまったのだ。二人の状況を考えると、今までクリーンヒットがなかったことの方が驚きなのだが。

 御木本のガードをはじく掌打には、さすがに浩之は対応しきれなかった。ガードを綺麗にはじくことも確かに凄いが、そこまでの布石がなければこうはいかなかっただろう。

 浩之は頭部に鈍い衝撃を感じた。思った以上に、掌打が重い。痛みがないと言えば嘘になる。空手の試合であれば一本が入ってもおかしくないぐらいのクリーンヒットではあったが、それでも一度腕をはじくために腕を半分伸ばした状態からではそんなに強い打撃は打てない。まあ、坂下ならば、両腕を中途半端な位置に構えた構えからでも、綾香でなければ十分に倒せるだけの威力を出せたのだろうが、戦っているのはあくまで浩之と御木本だ。

 浩之の大して長くない試合経験からも、この程度の打撃など何度でも受けているし、それが致命打にならないことも分かっている。これを何発も入れられるのならばともかく、一撃ぐらいではまだまだ浩之には余力がある。経験からそう言い切れる。

 そして、御木本にはさすがにあの距離から一撃必殺のような打撃を打つ能力はないということが分かったのは大きい。浩之だって打てはしないが、それでも場合によっては手段がある。だが、御木本には、少なくともあの体勢からはその手段がないことが分かった。

 心配なのは、何度もガードを剥がされて軽くともヒットを許すことだが、ガードをはじかれたのも、あくまで御木本が普通とは反対の回転で腕を曲げていたからやられただけだ。あんなもの、ちゃんと確認しておけばそうそうやられるものではない。

 一発もらったのは浩之の不利だが、十分に挽回の出来る範囲でのことだ。一発もらったぐらいで崩れるような呑気な練習を浩之はつんできた訳ではないし、ついでにそんな呑気なことを教えてくれる人間は許してくれなかったことがいいことかどうかは置いておく。

 後手後手にはまわされているが、浩之だって自分が御木本となかなか戦えていることを薄々感じていた。実力差はもっと大きいかとも思っていたが、何はともあれ浩之の今の実力でも、そう簡単には負けたりしないだろう。まあ、勝てるかどうかはまた別の話だが。

 御木本が下がろうとするのに、浩之は攻撃を受けたにもかかわらず追おうとしていた。御木本が下がろうとしているのは、これでは決めきれないことを御木本が分かっているということだし、何はともあれ、浩之は前に出ることにしたのだ。守っていたのでは後手に回るのは十分理解した。

 近づいて何をするか、までは考えていない。というよりも、考えていたら御木本の動きに遅れると浩之は考えていた。そこらへんのさじ加減は格闘スタイルもあるが、センスの問題もあるだろう。まずは守りから入るタイプの多い日本人のスタイルとは大きく違う。まあ、それで惨敗しては目も当てられないのだが。

 今回浩之が前に出ると判断したのは、浩之のセンスがどうこうではなく、御木本の方がいささかうまかった、そういうことだ。

 がくっ、といきなり浩之の膝から力が抜けた。

 なっ?!

 何が起きたのか分からない浩之は、理解するとかしないとかは関係なく、前に出ようとした体勢で御木本の前で止まることになる。それは御木本相手では大きすぎる隙だ。

 スピードではなく体重を乗せ、衝撃を伝えやすい掌打で、さらに言えば相手のガードを発射台にすることで少しでも威力を上げた。だから御木本の掌打は思う以上に重かった。それでも、確かに、今までの経験から言えば、浩之は御木本の掌打に耐えれていただろう。

 しかし、浩之は忘れている。今の自分のコンディションを。いや、忘れてはいないだろうが、どれほどの状態か、というのを分かっていない。御木本が微妙な距離を保ってやっていたのは、隙を作り上げたり浩之を縦の動きに慣らせて次のフック系につなぐ為、ではない。言っておくが、御木本の技量を持ってしても、浩之相手に一定の距離を保つというのは神経をすり減らせる作業なのだ。

 そうやって万全とはまったく言えない御木本が、さらに疲弊して行っていたのは、浩之の疲労の蓄積なのだ。KOを受けた御木本と同じぐらいのコンディションを考えるだけでも分かりそうなものだが、浩之は疲労の極地だ。そんな状態で、底力など残っている訳がない。だから、御木本は疲労を狙ったのだ。

 疲労が大きければ、同じダメージであっても受ける結果はおのずと違ってくる。御木本が目くらましのパンチなど当てるつもりもなく、芯に残るダメージを入れる掌打を狙ったのは、浩之が芯まで疲弊していると判断したからなのだ。

 今の浩之は揺らされただけでも所々が崩れてしまうほどの状態なのだ。試合を始める前からもかなりのものだったが、打撃によるダメージはなくとも、ただ対峙しているだけでも疲弊していくような試合で長く保っていられるだけでも凄いのだ。ここにさらに横から衝撃を与えられたのではたまったものではない。

 それでも、これはもう根性と言っていいだろう、浩之はまだ倒れはしない。スタミナ、ダメージを考えれば駄目でも、まだ浩之は立っているのだから、根性だってなかなかバカに出来ないものなのだ。しかし、それでも脚は止まった。

 御木本は、それを狙っていた。掌打の後に引いたのも、逃げたのではない、誘ったのだ。

 浩之を相手にこんな試合をしている御木本だって、十二分に疲弊している。スタミナは限界だ。もとより、長い間こんな試合を続けるつもりは御木本にはなかったし、長くやれるとは思ってすらいなかった。

 だから、浩之を仕留めることができるだけの打撃を狙っていたのだ。そのための布石は巻き、罠のある場所にのこのこと入ってきた浩之が、完全に罠にはまったことを確信した御木本は、大きく振りかぶりながら、浩之に向かって一歩踏み込みながら、大きく振りかぶっていた。

 脚を殺した。次に回復するとしても、この一撃は逃げられる心配がない。であれば、回避はできでも防御ができない技を入れるだけだった。本当ならば膝を入れたいところだが、残念ながら体勢から言ってもチャンスの時間から言っても身体を大きく動かすことによる疲労から言ってもその選択肢はなかった。が、手はまだあった。

 御木本が大きく振りかぶっていたのは、浩之の方は口によって封じた、肘。空手でも試合では禁止されているそれを、御木本はまったく躊躇なく、浩之に向かって振り上げていた。

 

続く

 

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