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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(128)

 

 空手部はあくまで空手、打撃技を練習する部なので、組み技についてはそう詳しくない。坂下ほどになればこちらからかけるのはともかく、技を返す為にある程度精通しているし、格闘マニアな人間もおり、まったく知らないということはないが、あまり詳しくない部員がほとんどだ。

 だから、浩之と御木本が脚の取り合いをしているのを見ても、一体試合がどう動いているのか分からない。技がかかってしまえば分かるのだろうが、細かい攻防の機微など分かろうはずもない。

 しかし、分かる者がいれば一目瞭然だった。浩之が、押していた。それは現状だけ見れば、別におかしいと感じる部分はないことだ。エクストリームの本戦に出るような選手と空手家、どちらが組み技がうまいのかは考えるまでもないことだ。

 だが、実際のところは違う。浩之はエクストリームに出てはいるが、組み技よりは打撃を練習することの方が多いし、そちらの方を得意としている。

 片や、御木本はマスカレイドでカリュウとして、総合格闘技に近い戦いをずっとして来た。打撃ももちろん得意ではあるが、組み技だけでも誰とでも戦えるだけの実力を持っている。

 なのに、御木本の方が押されている。お互いのコンディションや御木本が受けたダメージなど、要素は色々あるとは言え、二人の実際を知る人間からしてみれば、予想とは真反対の状態なのだ。

 御木本とて遊んでいる訳ではない。少しずつ脚に力が戻って来ているのも合わせて、何とか主導権を取ろうとしているのだが、浩之の守りがなかなかにうまい。守りだけではない、攻めについても、少しでも気を抜くと持っていかれそうだった。

 お互いにまだ技はかかっていないし、お互いがお互いに無理をして動いて失敗するのを心配して派手な動きをしてないのもあるが、このまま行けば、浩之の方が押し切りそうだった。

「え、あれ、何か、センパイ、押してませんか?」

 葵は、こそっと綾香に聞いてみた。葵自身は組み技をまず使いはしないが、対策の為に練習はしている。やれるのならば見る目も上がっていく。攻防的には、浩之が押しているのが分かったのだ。

「あら、葵。浩之が空手家に組み技で遅れを取ると思ってたの?」

「え、いえ、空手部員の方ですけど、どう見ても組み技の素人には見えないんですが……」

 葵の目から見て分かるほどの技量が、御木本にはあった。なのに、葵には浩之が押しているように見えた。浩之は綾香や葵、そして浩之自身の為に組み技を練習しているとは言っても、まだ練習を始めて日も浅い。というのに、すでにエクストリームで見る選手と同じぐらいの技量に見える。

「まあ、相手もなかなかみたいだけど、浩之なら十分戦えるでしょ」

「いえ、センパイが強いのは私も知ってますけど、さすがにあんなに組み技使えましたか?」

「そりゃあ……」

 葵の疑問に、綾香はそっけなく答えた。

「成長したんでしょ」

「……そうですね、センパイならそれもありですね」

 僅かな時間で成長するのは浩之の専売特許のようなものだ。が、まさか組み技すらこんな短期間で成長するとは。いや、綾香や葵だからこそ納得できただけで、普通の人が聞けば納得などできようはずもない。戦っている御木本にすればなおさらの話だ。

 だが、御木本だってただやられているだけではなかった。いくら浩之が才能と環境で驚異的な成長を遂げているとしても、地力ではまだ御木本に分がある。

 御木本の、脚の感覚が戻って来ていた。と合わせて、体力の方はお互いに限界に近い。二人とも、息が上がってしまい、動きも鈍くなっていっている。お互いに動きが遅くなっているので、決着が着くには十分な技が出せるというのが幸運なのか不幸なのかは置いておこう。

 が、ここに至っても、まだ浩之は攻めていた。御木本が力を抜けば、一瞬で脚関節を取られるという体勢にまで持っていかれている。脚が動かない間に浩之側に傾いた天秤を、御木本がこちらに引き寄せることが出来ないのだ。

 グラウンドでの攻防は、一度態勢が決まると、そこから覆すのは難しくなる。一瞬の隙を突いて攻防が入れ替わることはもちろんあるが、だいたいは何とか凌ぎきるか、そのまま決まってしまうかのどちらかだ。そして組み技が打撃と違う部分は、攻めている方より守っている方が確実に疲労するということだ。技が決まらずとも、攻めているだけでも有効なのがグラウンドなのだ。

 御木本としては、まずは浩之に攻められている状況から抜け出さなくてはならない。しかし、攻められているだけに、それは難しい。下手に動けば、墓穴を掘る可能性は高い。

 少なくとも、浩之には同じ状況になってこの場を覆すだけの技術はない。浩之になくて御木本にあっても不思議ではないが、浩之も御木本が動きあぐねているのを感じていた。

 しかし、このまま攻めたものかどうか、浩之は判断がつけられなかった。今押しているのは間違いなさそうだし、このまま動いて決めるだけの技術は、一応浩之の手にある。しかし、この状況から動くということは隙を作るということであり、一気に形勢逆転もあり得るということだ。

 動かないと攻め続けることは出来るが、勝負を決めることはできない。そこまでは確信しているのだが、浩之の少ない経験では、動いた方がいいのか、このまま粘っていた方がいいのかが判断つかない。試合運びは、やはり試合をしてみなくては分からないのだ。

 実際、このまま引き分けでもいいという話もあるのだ。エクストリームであっても、3ラウンドある訳だから、相手の消耗を狙ってこのまま攻め続けるという手を使うのは悪くない。

 いや、エクストリームの本戦ならそれはありだが、今の浩之は少しでも経験を積むべきで、それならば失敗するとしても動いた方がいい、という考え方もある。

 膠着状態になったのはそう長い時間ではない。ただ、先に動いたのは御木本の方だった。

 御木本は、掴まれていない方の脚を大きく動かす。脚でふりをつけて動くのか、一瞬浩之はそう思ったが、そうではなかった。いや、そう見えるように御木本が脚を動かしたのだ。

 完全に浩之は無警戒だった。そもそも、浩之から見れば警戒するとかではなく、頭にはない行動だったのだ。

 御木本は自由な方の脚を引きつけると、浩之の肩口を、蹴り上げた。

 

続く

 

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