作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(130)

 

 格闘技が強くなっても、そのままケンカに強くなる訳ではない。ちゃんと打撃を練習した人間のパンチは素人と比べるまでもないし、組み技を練習した人間ならば、まったく関節技を知らない素人を関節に切って取るなど容易だ。それでも、やはり格闘技が強いだけではケンカでは勝てないことがある。

 それがルールだ。あくまで、現代の格闘技はルールに従って、その中で有効な技を磨いているのだ。拳で戦うよりも武器を、もっと言えば戦車や戦闘機や、果てはミサイルなど持って来られたのでそちらの方が強いに決まっている。だから、格闘技は現代では、あくまでルールありのスポーツとなる。

 だから、ケンカで金的や目つぶし、ナイフや場合によっては拳銃などで不覚を取るのはおかしいことではない。そういうものを想定して練習して来ていないのだ。

 しかし、カリュウは違う。マスカレイドで、ナイフや拳銃はないものの、武器を持った相手と、えげつない技の応酬をしなくてはいけないのだ。いくらルールがあろうとも、頭に血が上れば簡単に反則をする選手も多い。それを倒して来たからこそ、カリュウはマスカレイドで三位まで上り詰めることが出来たのだ。

 首に対する打撃も、その中の一つ。目つぶしは金的はあまりにもあからさま過ぎて、浩之ならばもしかすれば防御の練習ぐらいはしている可能性があったし、何よりそれはさすがに御木本でも選択肢に入れなかった。

 しかし、見た目が地味であるならば、別にこの男を殺してしまってもいいと思っているのも事実だった。いや、実際、殺すつもりで放った打撃だった。

 首への抜き手だ。指を真っ直ぐ立てた状態で相手を突いたところで、指が痛いだろうと思われるかもしれないが、鍛えている指はそれだけですでに凶器だし、別に素人でもそこそこ力のある人間ならば、柔らかい首を突くぐらい平気で出来る。

 首の怖いところは、防御力の薄さだ。鳩尾はそれでも筋肉である程度隠せるし、頭に当たったってがっちりした首で脳が揺れさえしなければそう簡単には致命傷にならない。

 目つぶしや金的が危険とされるのは、当たれば絶対にダメージが入ることなのだ。どんなに打たれ強い人間でも半分もかすれば試合が決まってしまうような打撃を許す訳にはいかない。何より、人体にとってそこを打たれるのは危険過ぎる。

 首も、忘れがちだがその部位の一つだ。抜き手が入れば咳き込んで戦いどころではなくなるし、もっと鍛えて十分な威力を持った打撃がクリーンヒットすれば、喉がつぶれるかもしれない。

 ただ、まあ当然ながらそこを突くのは反則になることが多い。それに、打撃の格闘技では普通あごを引いているので、ウレタンナックルだろうがグローブだろうが、そのあごをかいくぐって打撃を入れるというのは現実的ではない方法だし、だったらあごをなぐれということになる。

 というよりも、普通、抜き手が禁止される。拳よりも簡単に異常な打撃精度となる抜き手は危険過ぎるからだ。至近距離で耳に指でも入れられては、回避も何もあったものではない。

 御木本の狙ったのは、あごよりもさらに下、浩之の胸を滑らせるように抜き手を放っていた。至近距離から、あごと身体が死角を作る下からの抜き手、回避するのは不可能だ。

 これで、終わりだっ!!

 異種格闘技戦とも言えない、単なるケンカ、悪くすれば殺し合いの場のように、御木本は容赦なく抜き手を浩之の首を貫くつもりで、放った。

 その、反則負けになってでも勝とうとした御木本の抜き手に、浩之の手の平が横から当たり、抜き手の軌道がそれる。

 シュバッ!!

 ほとんど密着した、しかも膝で立っている、打撃を放つ体勢ではないところから、風を切るほどの打撃を放つ御木本のボディバランスは驚異的なものがあっただろう。だが、それでも突きである以上、横からの力には弱い。二人がいかに普通でない体勢であろうとも、普通に相対峙して打撃と受けの応酬を行うのと同じように、軌道は簡単に変わる。そして、御木本の抜き手は首を傾けた浩之の顔の横をすり抜けていた。

 完璧に抜き手を打ち抜いた御木本の脇が開く。普通の打撃とは違うので引き手など考えない、完全に殺すつもりで放ったのが、逆に仇となった。いや、そもそも、これを避けられたときどうする、などという余裕が御木本にはなかったのだ。決まらなかったときどうするなどと考えては手も出せないではないか。迷っているほどの体力は、すでに御木本にはない。ギリギリだったのだ。

 そして、決められなかった。浩之も受けとしてもそうだし体力的な話であってもギリギリではあったが、御木本の必殺の抜き手を、手で受けて軌道をそらしたのだ。

 必殺の不可視の技が受けられた、何が甘かったかその理由を考えるのならば、御木本の見通しが甘かったとしか言えない。浩之は確かにエクストリームを目指して、その為に練習をしているが、雄三や修治はその為に練習をしているとは限らないのだ。

 まして、首への抜き手は致命傷になる。武原流で、それを練習しない理由はない。修治が寸止めしなければ、今頃浩之はしゃべることが出来なくなっていたかもしれない。

 それでも、御木本の動きを読み、対応したのは浩之の実力がそこまで到達していたから出来たことだ。抜き手自体は見えずとも、御木本の肩や腕、そして重心やこちらの対応の仕方から、何が来るかを予測し、どこに来るかを分かることは出来る。

 例え打撃自身が見えずとも、受けはかなう。それは、まるで坂下を見るようなものだった。いや、さすがの浩之だって、坂下のそれを見て覚えた訳ではない。あくまで、浩之の地力がそれをさせたのだ。

 脇が空いた、つまり隙が出来た御木本を、浩之は見逃さなかった。やられたらやり返せとばかりに、隙だらけの首に、浩之は手を伸ばしていた。もちろん、浩之はエクストリームを目指している。首への打撃など考えの中にすらなかった。

 空手着と首の間に、浩之の手が差し込まれる。その動きと同時に、浩之は御木本の横に回り込んでいた。

 浩之は、そのまま御木本の襟首を掴んだ腕を自分の身体に巻き付けるようにして、御木本を床に押しつける。巻き込まれる形で浩之の体重が全てかかったのでは、今の御木本にあがなう術はなく、御木本はされるがままに床に押しつけられる。いや、浩之の動きが速すぎて、御木本が体勢を整える暇などなかったから、抵抗らしい抵抗もできなかったのだ。

 御木本の頭を床にすりつけるような体勢で、技は決まった。本邦初公開、完璧な、絞め技だった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む