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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(133)

 

「凄いですセンパイ、相手の先輩も、かなり強そうだったんですけどまさか勝つなんて!」

 葵は素直にそう喜んだが、それは褒めているのかけなしているのか微妙なセリフだった。まあ、天然入っている葵のことだから悪意があるとは浩之だって思っていないので、苦笑しただけだった。

「いや、俺も勝てるとは正直思ってなかったんだが」

 葵は当然としても、浩之も御木本の強さは見ただけでも十分に理解できていた。というか戦ったのだから、御木本がどれだけ強かったのか肌身で理解している。

 確かに、修治にKOされてコンディションは最悪だったのだろうが、最悪なのにあそこまで強いのだ。もし体調が万全の状態であれば、浩之が勝てたとはとても思えない。

 浩之だって疲労はしているが、あくまで練習の疲労だ。KOするようなダメージと一緒ではないだろう。

 その状態で、最初に立ち技の攻防があったのも浩之に味方したと思っている。どちらも疲労が大きかったところで、最初に疲労が溜まるような攻防があったのだ。御木本も浩之の疲労を狙っていたようだが、さすがにダメージを負った状態でスタミナ勝負をした結果は、浩之に軍配があがった。いや、そのままいけばスタミナ勝負でも浩之が負けたかもしれない。

 決めては、綾香のラビットパンチだった。正確にはトレースできていたとは思わないが、それでもその技を初めて受ける御木本には十分な効果があった。二度目はないと思うし、むしろ一度目だって御木本に最初からダメージがなければ効かなかっただろう。

 最後の組み技は、浩之もまあ自分でもうまくいったとは思うが、それはあくまでおまけのようなものだ。そこまでのダメージや浩之があったからこその結果だった。

 ただ、浩之はもちろん忘れていない。その技は、本当は綾香の為に使うはずであった技であることと。もう一つかなり確信していることなんだが。

「おめでとう、浩之。ちょっと面白い技使ってたわねえ」

 綾香が、妖艶な笑みを浮かべて、浩之を睨んでいた。単純に喜びの笑顔である葵と違って、笑いに凄みがある。というか怖い。明らかに喜んでいる風ではない。それが綾香風の喜び方だとすれば、喜びの意味を変えるべきだろう。

 そりゃ、自分の技使われたら、綾香も怒るよなあ。

 浩之が綾香を倒す為にその技を研究していたとはさすがに綾香も思わないだろうが、自分の技を使われて楽しいとは思わないだろう。

 それを考えると、浩之と戦った相手というのは皆あまりいい気持ちを感じてはいないかもしれない、と浩之は今更ながら思った。

 そう、自分が小器用だとは浩之も自覚はある。いや、小器用とかで片づけられるものではないのだが、浩之は自分の色々について自覚がないのでそこはあきらめよう。

 自分の技を相手に使われる不快さを、浩之は体験したことがない。自分の技は全て他人の技だからだ。自分がうまく扱えるようになるには時間がかかりはするが、技自体は全て他人の模倣だ。

 技自体は誰だって模倣でしかないのかもしれない。本当のオリジナルの技などもうないだろうし、何よりそれに意味があるとも思わない。それでも、技を自分のものにしたという感覚はあるだろう。

 だが、浩之のそれは本当に模倣だ。自分の手足と思えるほどに練り上げたとしても、おそらくは模倣の域を抜けたりはしないだろう。少なくとも浩之はそう感じている。浩之は、それ自体は納得している。だからこそ、自分が技を真似るのが得意なのだろう、と考えていた。

 つまり、見ている者からすれば、自分の技が使われているとしか思えないだろう。綾香が不快になるのももっともな話だ。使い勝手の良さからよく使っている打撃の撃ち落としに限っては、もともと使っていた中谷が良く切れないものだとも言える。まあ中谷は寺町の相手をしているので、多少のことでは腹をたてないのだろう。

「あ、やっぱりあれはラビットパンチだったんですね! 引き手で打つなんて、なかなか出来ることじゃないですよ」

 葵はあくまで脳天気に喜んでいるが、浩之としてはまさに苦笑ものだった。ちょっと苦笑がさらに引きつっているかもしれない。だって怖いし。

「まあ私の目から見ると全然技になってないというか全然真似れてないように見えるんだけどそこんところ浩之、どう思う?」

「いやほんとまだまだだよな。やっぱり猿まねじゃなかなかうまくいかないって」

 笑顔は張り付いているものの、明らかに機嫌の悪い綾香を前に、はははは、と浩之は乾いた笑いを浮かべる。

「そんなことないですよ。私だって綾香さんのラビットパンチはちょっと試してみようと思ったこともあるんですよ? 使えたらあれほど効果の高い技もありませんから。でも、全然使えませんでした。それを思うと、こんな短期間であそこまでできるなんて、さすがセンパイです! これなら、エクストリームの本戦で使えるぐらいになれるんじゃないですか?」

 葵も葵でけっこう興奮していた。葵が自分から言ったように、葵は自分には使いこなせないと判断したのだ。ラビットパンチ自体の原理はとても簡単だが、ダッキングを多用するようなボクシングならともかく、組み技も使うエクストリームではラビットパンチを使う場面にもっていくのが難しい。ついでに腕を相手の後ろにある状態を隙と言わずして何を隙と言おうか、そんな隙だらけの状態を相手にさらす危険もあるし、何より、綾香の強烈な威力を発揮するラビットパンチを見てしまうと、なでるような技では何ともみすぼらしい。

 技一つだって、それには時間がかかる。葵は綾香に憧れているが、自分がその技を使いこなせるほどまでに練習することに意味があるか、と思ったとき、選択肢から外すこととなったのだ。

 まあ、世知辛い話で、葵のリーチがもう少しあれば、より修練しても良かったのかもしれない。こればっかりはどうにもならない話だ。

 自分ができなかったことが浩之にできる、と思って喜んでいるのだ。その点で言えば、まったく嫉妬とかを考えなかったのだから良い子だ。ただ、空気を読む術には、あんまり長けていないというだけなのだ。葵はそういう子なのだから、これも致し方ない。

 お願いだから混ぜっ返さないで、というさっさとこの話題を終わらせてくれと思っている浩之の気持ちは、これっぽちも葵には伝わっていない。まあ浩之は自分も鈍感なのだから自業自得だ。

「葵はいい子ねえ。それに比べて、浩之には誠意が足りないと思うんだけど」

 何でそういう話になるのかよくわからない、というか何が起きているのかまったく理解していない葵はかわいい仕草で首をかしげるが、残念ながら浩之にはかわいい葵を視姦する余裕はない。むしろ最初から視姦なんてするな。

 さてどうやって話題をそらすか逃走するか、いや、と言ってももう俺もけっこう身体は限界なんだけどと、浩之が半分ダメージと疲労で動かなくなった頭をフル回転させて逃げる算段をつけていた、そのときだった。

「ちょっと待った、俺の目の黒いうちは葵の姉さんに手は出させない……て、あら?」

 どうしてこの面子の会話に入ってくるのか分からない人間、健介が、三人の会話に割り込んでいた。浩之としては思わぬところから来た助け船だったが、割り込んで入ってきた健介は、自分で割り込んだ割には頭に疑問マークを浮かべていた。

「健介、どうかしたんですか?」

 何故か健介には非常に態度がでかい葵、まあ健介が姉さん呼ばわりするような態度を取っているからなのだろうが、色々と男をあげているはずの健介は、葵の前ではどっからどう見てもギャグキャラだった。

「あ、いや、こいつが調子に乗って葵の姉さんに手ぇ出そうとするのを止めようと……」

「センパイにそういう態度は許さないと前言いましたよね?」

「す、すみませんっ!」

 肩を上げて怒る葵の姿も可愛いのだが、実際のところ暴力に物を言わせて来たときは、手加減のやり方を覚えていない葵の方が色々と危険であったりする。他の暴力に物を言わせる女性の面々が危険でない訳ではないのは言わずもがなだが。

 というか、皆何故健介が会話に割り込んできたのか分かっていなかった。健介がいらないこと、まあ実は大事なことだったのかもしれないが、言うまでは。

「え、さっき、そこの化け物が言ってましたよね、こいつが勝ったら葵の姉さんがほっぺにキスするって」

 あっ、と当事者達は初めて、それを思い出した。

 

続く

 

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