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最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(136)

 

「くそっ、いいだろ、確認に行くぐらい。勉強なんて後からすりゃいいじゃねえか」

 相変わらず強制的に座らされて勉強をさせられている健介は、坂下がまったく聞く耳持たないのにも関わらず、ずっと粘っていた。

「あきらめな、健介。全部勉強が終わったら解放してあげるよ」

「そんなの普通にやったって今日に終わる訳ねえじゃねえか。俺の頭の悪さを考えなくても無理だぜ。なあ、中で絶対風紀悪いことやってるって。止めなくていいのかよ?」

「いいから黙ってやりな」

 坂下に強く言われても、健介もなかなかあきらめる気配がない。それだけではない、練習をしている部員達もちらちらと浩之が休んでいる宿泊所の方を見ている。練習に集中していないこと甚だしい。

 坂下は、大きくため息をついた。それに反応して、部員達はびくっと震えて練習に集中したようにも見えたが、またしばらく経つとそわそわと宿泊所の方に目がいっている。

 皆、坂下は怖い。しかし、気になるものは気になるのだ。

 まあ、それも仕方ないか、とも坂下も思うのだ。綾香があんなことを大声で言うから、部員達も興味津々なのだ。人に聞かせるようなことではないと坂下は思っていた。まあ、それを言ってしまうと、坂下は人に聞かせるつもりはなくとも、平気で口にしたので同じようなものではある。聞いてしまったランなどは、微妙な気持ちになったのだから坂下が悪いと言ってもいいだろう。

 御木本が勝ったらほっぺにキスをしてやると言ったのは、坂下にしても単なる思いつきだ。まあ、実際に勝てたのならばほっぺぐらいはいいかと思っていたのも事実だ。約束を違えるつもりはなかった。その点だけで言えば、御木本にとっては嬉しい話だったのだろうが、勝てなかったのでは意味がない。

 ちなみに、御木本はさすがに病院に行かせたのだ。修治だけでもけっこう問題があったとは思うのだが、最後の健介の飛び蹴りはやりすぎだった。それについては、ちゃんとこうやって罰として健介に勉強をやらせている訳だ。別にそのことがなくとも、勉強はやらせるつもりだったが。

「いいのかよ、部長なんだろ? 風紀乱すようなこと野放しにして」

 健介がなおも食い下がろうとするので、坂下はそっけなく言い返した。

「部員の前でやられるよりはよっぽどいいと思うけどね」

「いやお前なら実力で止められるだろ」

 怪我があるとは言え、綾香にどうこう言えるのは坂下ぐらいであり、確かに坂下が強く言えば綾香ならしぶしぶと止めていたかもしれない。一応、部活の合宿であるので、その点を言っても頭の良い綾香は理解を示したかもしれない。

 頭が良いと言えば、健介はバカキャラになっているようだが、決して頭は悪くないように坂下は感じていた。いくら若いだけの力自慢のような者が多いと言っても、マスカレイドも上位になれば普通のスポーツと一緒で、本当のバカでは結果を出せない。まして、マスカレイドでは誰かが助言をしてくれる訳でもなく、自分一人で強くならなければならないのだ。練習の方法一つ、作戦の一つ考えられないような低脳では結果など残せるものではない。

 まあ、学がないのは認めるけどね。

 高校には何とか入学出来たようだが、ケンカだけに時間を注いでいた健介には、圧倒的に勉強をした時間が足りない。運動と一緒で、効率どうこうはあっても圧倒的に短い練習時間では成果など出るものではない。ぶっちゃけ健介の思考能力であれば、基本さえ押さえることができれば赤点ぐらいは簡単に回避できると思うのだが。まあ、根本のところは田辺にでもがんばってもらわなければならないだろう。

 少し話がそれた。健介が気にしているのは、つまりは浩之が美少女二人をはべらしていちゃいちゃしているのではないかということだが……

「まあ、心配ないような気がするんだけどねえ?」

「はぁ? あの野郎が紳士に見えるのかよ? 俺には性欲の塊にしか見えねえぜ」

 健介は吐き捨てるように言うが、まあ男というものはだいたいそうであるのでこれは否定する要素はない。

 とは言え、だ。実際のところ、坂下はそんなに心配していなかった。まあ、風紀の乱れというものを言うほど坂下は最初から気にしていない部分もあるのだが。

「そりゃ藤田はエロそうではあるけど、ヘタレだし、大丈夫だと思うけど」

「あー、まあ、確かにヘタレっぽいな」

 坂下の酷い言葉に、思わず健介すら納得してしまうほどだった。

 一見やる気なさげで怖いと見られる浩之だが、あれでかなりもてるのだ。浩之の顔の良さは坂下でも認めているところだ。性格も悪くなく、女性の扱いも何故かうまいので、女の子を手玉に取るぐらい出来てもいいものだが、そこが出来ないからこその浩之なのだろう。

 まあ、ほっぺにキスぐらいはしているかもしれないが、坂下はあえてそれを口にしようとは思わなかった。

「それにたきつけた方がとっさに攻撃するんじゃ、藤田じゃあ一生かかったって風紀を乱すのは無理だと思うけどねえ」

「……いや、あれに関して言えば、俺も初めてあの野郎に同情した。てかよくあれで死ななかったと思うぐらいなんだが……むしろ死んでくれた方が俺としては良かったんだけどな」

 と言いながらも、あの場面を思い出したのだろう、ぶるっと健介は身震いをする。

 格闘技で人を殺すなら首を絞めるのが一番早い、と言われているが、綾香の投げは、まさに人を殺すつもりで繰り出された技だった。

 マスカレッドとの戦いでも投げを多用して危機を乗り越えている綾香だが、投げに対しての防御もない相手に綾香が本気で投げを仕掛ければ、殺すなど簡単に出来るだろう。というか、何発も投げられたのはマスカレッドだからこそで、普通なら一発で沈むのだ。

 とっさにあんな投げをかけられて、疲弊した身体でとっさに受け身を取った浩之を褒めるべきなのだろう。まあ、でなければ死んでいるだろうから、浩之も浩之なりに必死だったのだろうが。

 危ない投げではあったが、坂下はこうも思っていた。

「藤田殺すのは、私でも手間取りそうだけどねえ」

「ちっ、葵の姉さんの目がなければ俺が止めを刺してやるものなんだが」

 健介が悪態をつくのを、やれやれと坂下は心の中でため息をついた。

 しかし、実際浩之を殺すのは骨が折れそうだ。坂下の拳は殺すものではなく倒すものではある、まあ本気を出せば牙は人を殺すだろうが、基本的には倒す側の拳だ。その拳を持ってしても、殺すことはもちろん、倒すことが出来るかどうかも怪しい。

「……なあ、坂下……先輩、教えてくれよ」

 呼び捨てにしようとした健介を人睨みで修正させた坂下は、健介が一応真面目に聞いているようだったので、聞く体勢に入った。

「何で御木本と藤田の野郎を戦わせたんだ? 言っちゃなんだが、御木本の方が遙かに強いだろ」

「御木本の方が強い、ねえ。結局藤田が勝ったみたいだけどね」

「う……そりゃ勝負は時の運もあるだろうし、御木本の野郎は体調最悪だったからな。負けたのはふがいないとしか言い様がねえがな」

 いや、実のところ、健介は御木本が負けるとはまったく思っていなかったのだ。浩之の実力を隅々まで知っている訳ではないが、御木本であればけっこう余裕を持って倒せるぐらいと思っていたのだが、蓋を開けてみれば結果は接戦の上に浩之の勝ちだ。

 浩之の実力を見誤っていたと言えばそれまでだが、にしても、浩之が強すぎるとも感じていた。

「まあ、単なる興味本位だったんだけどねえ」

 興味本位で戦わされた御木本にはいい迷惑ではある。まあ勝てばご褒美があるのだから御木本が一方的に損している訳ではない。言ってしまえば負けた御木本が悪いのだ。

「実際、そんなに深く考えた訳じゃないよ。ただ、御木本と藤田が戦えば、両方にとって利益になると思ったんだよ」

 実力伯仲の相手と戦うというのは、それだけでも良い経験になる。まして、浩之にとってみれば値千金の経験になるだろう。いや、それだけではない、御木本にとっても、浩之と戦うのは意味があったはずだ。浩之は、いつの間にかそれだけの格闘家となっている。

 まあ、その辺りに健介は違和感を感じているのだろう。

「だから、実力差が大きい……」

 坂下は首を横に振った。

「健介、覚えときな。悔しい話だけど、天才ってのはいるんだよ」

「はぁ? 何だよ、やぶからぼうに」

 首をかしげる健介に、坂下は苦々しく笑うと、坂下が昔絶望を感じた事実を、今は思ったよりも軽く口にする。

「健介、あんたが見たときよりも、藤田は成長してるんだよ。バカみたいな早さでね」

 それこそ、御木本と勝負が出来るぐらいにだ。健介が浩之を見たときよりも、すでに一回り以上強くなっている。御木本と戦わせたのは、その確認の意味もあった。

 坂下は、別に独占欲の強い人間ではない。ないがしろにされるのは極端に嫌うが、そこそこ気にしている程度の扱いでも、別にかまいはしない。

 何も一番である必要はないと考えている。だから、例え綾香が他の誰かに負けたところで関係ない。坂下は坂下で打倒綾香を目指すだけだ。気にはなるが、それに危機感を感じてはいない。

 ただ、気にはなるのだ。同じ場所を目指す者として。

 異常な成長。それを行える浩之の才能は凄いが、そもそもそんな成長が必要なのは、目指す場所が遙か高みにあるからだ。ちんたらやっていたのではそこに手を伸ばすことすら不可能なのだから。

 藤田のやつ、やっぱり本気で目指してるようだね、とただそう思うだけだった。

 

続く

 

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