作品選択に戻る

最強格闘王女伝説綾香

 

六章・休題(138)

 

「いや、そう構えるなよ。俺だって自分で不機嫌なのが外に出てるのは分かってるし、別にお前に八つ当たりしようなんて少ししか考えてないからな?」

 人がまばらになった岩場の方に移動すると、修治が苦笑しながら言って来た。浩之が修治の不機嫌具合に警戒していたのがよほど顔に出ていたのだろう。しかし、何かさっき不穏な内容、具体的に言うと少ししかという部分だが、が言葉の中に混じったような気もするし、修治に表情を読まれるというのは致命的に近い。修治はまだいいだろうけれど、いつも浩之が相手にしなくてはいけないのは、もっと敏感にこっちの気配を察知してくる綾香なのだから、隠しきれないというのは実に命に関わる。

 色々と反省点は多い。が、今はそんなことばかり考えている訳にもいかない。反省は今日寝る前、それまでいきていれたらというのもあるし、ダメージや疲労や気疲れで布団に入ったら速攻で意識を失う自覚もあるが、まずは目の前の脅威、もとい災害、まあ言葉を代えようがどうやっても友好的には表現できない修治を相手せねばなるまい。

 まあ、修治はまだ言葉が通じるからまし、なのかなあ?

 女性関係で修治を意図せずへこましてしまったのは悪いと思うし、もともと会話して修治を怒らせてしまったことはない、と浩之は思っている。修治が浩之をいじめるのは、純粋に弟弟子を思ってのこと、とはさすがに言えないが、あくまで修治の機嫌とは関係ないところだ。機嫌が悪くても酷い目に遭う訳だから、浩之的にはどうなのだろうか?

 そう、修治は機嫌が悪いからと言って八つ当たりするようなタイプではない、と思う。御木本がやられたように、ピンポイントで怒らせるツボはあるようだが、それをまわりにまき散らすようなタイプではない。

 浩之にわざわざそんなことを言ったのは多分、このまま家族連れがいるような場所に置いておくのはやばい、と浩之が思ったのは心外だったのだろう。八つ当たりを少ししか考えていない、というのはひねくれた修治の冗談、だと思いたい。

 まあ、俺だってそう思われたら心外だしな。修治の言いたいことも分からないでもないか。

 何より、そこを猛省すべきなのだろうが、いかんせん、浩之がいつも相手しているのは綾香なので、どうしても綾香の基準で考えてしまうのだ。綾香だって不機嫌だからって一般人にいきなり手を出すことは絶対にないだろうが、もっと騒動が大きくなる可能性は否定できない。綾香なら例えば不機嫌なときにナンパに声をかけられら、次の瞬間に相手を殴り倒すぐらいはする。綾香ならきっとする。絶対の自信があるのが迷惑極まりない。

「そうだよな、修治と綾香を一緒にしたら色々と悪いよな」

 多分、お互いがお互いに嫌だというだろう。この場合、ケンカするほど仲がいいという訳ではなく、言葉通り二人とも同じように本気で嫌がるに決まっている。ツンデレとか現実にはありませんから!

「おいおい、温厚な俺でもあれと一緒にされるのは本気で怒るぜ?」

 物凄い嫌な顔をする修治が失礼なのか、同じことを言うだろう綾香が失礼なのか、二人を一緒に考えた浩之が失礼なのか、もっと奥の部分から根本が間違っているのか、浩之は思考を放棄した。分かっているのは、こんなの綾香に聞かれれば、確実に浩之が殴り倒されるということぐらいだろうか?

 まあ、軽口が叩けるぐらいには修治は冷静なようなので、浩之としては一安心だ。いつもの過酷なしごきは、まだ浩之のためになるし、練習でないときには基本的に修治は口ではどう言え、手を出してくることはない。もしかすると、そこらへんは修治なりの基準があるのかもしれない。

「しかし、ほんと不機嫌が顔に出てるぜ? 別にまわりに被害がなくても移動させたって。家族連れがいるような場所で、人を恐がらせてどうなるんだよ?」

「うおっ、そこまで顔に出てたか? 人に避けられるのはまあよくある話なんで気にしてなかったんだが、浩之に言われるとかなりショックだな」

 ……どうも、自覚の方も完全ではなかったようだ。というか、人に避けられるとかが普通に起こること自体驚きだ。修治ならありえると思ってしまう辺り、修治が悪いのか世間が悪いのか。むしろ全部世間の所為にするなと言いたい。さすがにこれは声を大にして言いたい。

 まあ、それにしたって修治の不機嫌さは酷いものだ。一体何があったのか、浩之としても興味のあるところだ。好奇心猫を殺すという言葉がちらっと頭をよぎったりはしたが、こういうときのいらない勇気に浩之は溢れていた。

「いやまあ、彩子さんだっけ、修治は苦手みたいだが、別に不機嫌になるようなこともないんじゃないのか? 何かもててたみたいだし、修治としては万々歳だろ?」

 不機嫌の理由は、まあそうなのだろう。修治があそこまで一方的にやられているのは、雄三相手でもないことだ。よほど修治にとってはトラウマの相手なのか、修治にそうさせるだけ彩子が強いのか。修治には悪いが、出来ることならば前者であって欲しいのだが、後者でも何も不思議ではないのが怖い。

 しかし、それにしたって、浩之はうかつ過ぎた。修治に話が通じると思って、いつも通りの会話をしてしまったのだ。冗談を言うこと自体は今の機嫌でも問題なかったのだろうし、気分を紛らわせるのならばむしろ成功なのだろうが、今回に限って言えば、内容がまずかった。

「おい浩之。お前にはあれがうらやましいと思えたか?」

「……いや、悪かった」

 自分に非があったことを浩之は素直に認めた。修治が泣きそうなぐらい切実に言ってきたのもあるが、浩之だってあんな状況はまったく嬉しいとは思えない。かわいい女の子に取り合いされると聞けば男なら誰だってうらやましいと思うのかもしれない。少なくとも、取り合いをしている二人はサクラは巨乳の美人、由香も童顔系のかわいい女の子だ。何を嫌がる理由があるかとも言える。

 ただし、浩之は絶対御免被る。サクラはそう良く知っている訳ではないが、会話の端々から分かるように決して一筋縄で行く相手ではないし、由香は性格的には言うまでもなく浩之にとっては天敵のような相手だ。あんなのに囲まれたら胃がきりきりしてくるのは間違いない。

「ま、まあ、性格はともかく……好意を受けてるのをそう返すのもどうかと思うんだが」

 好意を見せて来たのを悪く言うのもさすがに気が引けた浩之はそうは言ったが、性格がともかくと自分で言った後に、いや性格を考えない訳にはいかないだろうと考えて少し間が空いたのだから世話はない。ちゃんと真面目な顔をして言えば評価もされるのだろうが、自分でも思っていないことを言うのは誠意に欠けるだろう。

「……いや、あれを好意だとはとても思えないんだが。どう見ても技の詳細知りたいんだろ」

 どんよりと顔を曇らせた修治は、死にそうなほど低い声で言う。まあ、言いたいことも分からないでもない。

 修治の隠し技を見せた後にサクラは寄って来たのだから、修治がそう勘ぐるのも分からないでもないのだ。というか、技に関してはケチどころかまったく頓着せずに教えてくれる修治の隠し技というのは、非常に気になる。坂下は見ていたようだから、今度ちゃんと詳しく聞こうと思うし、修治が教えてくれるのならば教えてほしいところだ。ぶっちゃけ修治の今の機嫌よりもそっちの方が浩之には重要だ。まあ、今聞いてはいくら修治でも教えてはくれないだろうが。

「サクラさんはマスカレイドの関係の人だからなあ。でも、修治が強いから興味持った、てのはあるんじゃないのか。」

 マスカレイドに関わるぐらいだから、格闘技が強いことはサクラの印象には良いだろう。ただ、サクラの男の趣味が強い男だとは、正直持っていない。思ってもいない癖に、浩之は、そんな心にもないことを言うのだった。

 

続く

 

前のページに戻る

次のページに進む